眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

冬のカブトムシ

2012-06-28 01:45:39 | 夢追い
 猫がカブトムシをいたぶっていた。凶暴な猫は何度も何度も繰り返し攻撃を加えて、少し離れて様子を見てはまた新しい攻撃に入る。カブトムシはもう十月にはいなくなっていたのに、猫はそんなことにはおかまいなしで、希望を失った角の先に冬の風を送り込んでいるのだった。カブトムシの席が空いてから、猫は僕の方を睨んでいる。まさかいくら凶暴な猫でも人間に向かってはこないだろう。猫はゆっくりと小道を歩いてくる。ついに威嚇の屈伸の後に、飛び上がると僕の左手首に噛みついた。いったい何の恨みがあるというのか。疑念の中で痛みに耐えた。
 ようやくのこと振りほどいて、飼い主に訴えた。

「ほら、この爪あとを見てください」

 手首には猫のつけた印がしっかりと残っていた。次に小道を歩いてきたのはまだ子供のライオンだった。また同じ道をたどる不安は、その眼を見ている内に確信に変わり、僕は襲われる前に歩み寄ってライオンを抱きしめた。ライオンは大人しく僕の腕の中に納まっていた。広場の真ん中で、僕は街の喧騒とライオンの寝息を聞いていた。心地よい風の中で、僕はライオンを抱きしめて自分を守り、ライオンを守り、人々を守っている。生き物を抱いているという安堵感の中で、僕は世界と切り離されて生きることもできるような気がしていた。

「縄梯子なんてね」
 硝子の廊下を女子高生が渡ってくる。人が多すぎるせいで彼女たちは今にも呑み込まれてしまいそうだ。階段が足りなくなって、代わりに縄が用意されたという。
「どうしてそんなことになるのだろう?」
 飼い主の目からは涙が零れ始めていた。まさか、そんなことになるとは思わなかった。触れてはいけない過去に唐突に触れてしまったから。

 男は突然僕の後頭部に銃を突きつけて、もう一方の銃で二人、三人、次は僕が撃たれてしまう。強い不安が体を硬くしていくのがわかった。こんなところで消えてしまうのか……。そう思うと何も見られなくなった。幕の下りた顔の上に思わぬ微笑が浮かび広がってゆくように思われた。男は、黒板に向かって文字を書き始めた。
「カブトムシになりたい人は?」
 男はみんなを同じ方向に誘導しようとしていた。水鉄砲じゃないか! 僕は目を開けて会議室を見渡した。誰も戦う者はいないようだ。どうしてだ! 僕は男に近づいて黒板をひっくり返した。するともう男は動けなくなった。セミナーが突然終わり、みんな帰っていくけれど、誰も死んではいない。家の中は、水浸しで玩具のカエルや船や梅干などが浮かんでいた。母が留守にしている台所で、おじさんが家事をしている。何度言っても、勝手にやってきては勝手に家事をする。耳が遠いせいで、助けには来なかったのだ。

 顔を真っ白にして男は追いかけてきた。110番を押しながら、武器の準備をした。押し終えた時には、もう男は目の前にいて僕に殴りかかっていた。棒と棒とで殴り合った。棒を交える内に、男のそれはとても弱々しくまるで小枝のようであることに気がついた。振り上げながらも男は笑っている。もはや、それは戦いではなく戯れと呼ぶにふさわしかった。警察は到着することはないだろう。伝えることは何もなく、王様は猫だった。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« うどん屋の奇跡 | トップ | good morning »

コメントを投稿