「もうええわ」
母はそう言って
特別な装飾をしなくなった
「もうええわ」
傘を閉じた。雨はまだ少し降っていたけど、構わないのだ。風呂に入ればいいのだから。じゃが芋を入れる手を止めてしまった。頂上までは行かず、適当なところで引き返した。群衆を見ただけでどこか満腹になる。何度も足を運び試みた説得をやめた。塗り残しがあったけれど、もう4月号がきたから。
「もうええわ」
ローソクは立たなくなった
プレゼントは届かなくなった
おはよう おやすみ おはよう おやすみ おはよう……
色が変わり始めたところで炒めるのをやめてしまう。少し芯のあるとこで煮込むことをやめた。レシピを呑み込む前にピアノの鍵盤の方に惹かれ始める。何度も同じところで間違えた。電話が鳴って音階が変わる。練習はそれっきり。7時のニュースです。食べかけのおかき、半分だけかじってティッシュの上。落ち葉掃除。ああ、降ってきた。
「もうええわ」(どうせなかった話よ)
サンタクロースはこなくなった
お祭りごとはなくなった
餅はつかれなくなった
伝統的形式に蓋をする。底から湧き出てくるような蟻の大群。リーダー格の蟻に説得を試みる。お前が悪い。人が悪い。押し問答では埒があかない。胴体だけでかくて頭なし。だるまは捨てて雪合戦。手袋一つが行方不明。いつからないの? なくした瞬間なんて覚えてない。寒い寒い。窓が半分閉まらない。大丈夫。大丈夫じゃない。凍っているんだ。シュガーはどこだ。ないならないで飲めなくもない。温かければそれでよい。炬燵の線がずっと抜けてるじゃないか。寒い? 寒くない。
「もうええわ」(いつかの思い出があるから)
おやすみ おはよう おやすみ おはよう おやすみ……
余計なことはしなくていい
ただシンプルに繰り返すのだ
「もうええわ」
母はそう言って
みかんを閉じた
おはよう おやすみ おはよう おやすみ
さよなら……
・
しずかに年が明けていた
もうずっと前だろう
サトウの切り餅を手に取って
僕は昔話を思い出している