眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

闇のおくすり(少々の殺気)

2020-02-18 04:13:00 | ナノノベル
 殺したい奴がいた。お金さえ払えば請負先は幾つもあった。だが、他人任せにするには積年の恨みが強すぎた。どうせなら、自分の手で決着をつけたかった。死は一度切りだ。憎悪はそれでは足りないくらいにあるというのに。一度の狂気で僕は何を手放すことになるだろう。考えればそれも恐ろしく馬鹿げたことのようでもある。

「いらっしゃいませ。今日はどうされました?」
「はあ、少し」
「ああ、殺気があるんですね。最近多いんですよ」
「そうなんですか」
 あまり多くを話す必要もなかった。白衣の男はすべてを見透かしたように、やさしい目を僕に向ける。
「それでは犯行前に計画的に服用してください」
「罪が軽くなりますか?」
「人間性の喪失に比例して軽くなっていきますよ」
 効き目には個人差があるらしい。

「完全になくなることは?」
「それは人間性の消え具合によりますね」
 消えるほどにいいということか……。
「副作用は?」
「もう戻れなくなります」
 即答だった。そこには主語がなかった。
「他には?」
「いえ、特に……」
 戻れないのは元々じゃないか。
 殺気がさっと引いていくのがわかった。


「いらっしゃいませ」
 店の明かりも店員の声も明るかった。
 僕は缶チューハイを一つ取ってレジに行った。おでんはみんな売り切れになっている。
「肉まんを一つ」
「ありがとうございます」
 正しくお金を使うと清々しい気持ちだった。
 この夜の向こうに殺したい奴はいない。
(もう遠い未来に来てしまった)


コメント
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