「随分な遠回りだったな」
「得意の形でした」
「だが、ゴールには至っていない」
「シュートは打てました。紙一重でした」
「ポストを叩くことは闇に消えるよりはゴールに近い」
「はい。それは指針になりますからね」
「相手にとっての脅威、自分にとっての指針になる。だがね」
「何か不満げですね。とても」
「その必要が、本当にあったのだろうか?」
「いったい何がです? 必要とは?」
「遠回りだよ。君は遠回りしただろう」
「ドリブルのコースが良くないというのですか?」
「随分とゴールから遠回りしたように見えたな」
「最短距離は最も突破が困難だったからです」
「そうだったろうか」
「急がば回れと言うじゃないですか」
「とても急いでいるようには見えなかった」
「どう見えたと言うんですか?」
「楽しんでいるように見えたな。遠回りを」
「楽しくないということはないです」
「やはりな」
「でも、何が近道で何が回り道かなんて、どうしてわかるんです」
「自分で選んだ回り道を楽しんでいたんだな」
「それがエゴだと言うんですか。もっとはっきり言ってください」
「では、はっきり言おう。君は中に切れ込んでシュートを打ちたかったのではないのか?」
「それが何ですか?」
「そのために、他のあらゆる攻撃手段を切り捨ててしまったのではないか?」
「僕は選んだだけです」
「敵の警戒を言い訳にして、自分の好むプレーを選択したのだ」
「他にどうしろと?」
「その場でターンできたはずだ。中を向くことができれば、味方を使うこともできただろう」
「そこに味方はいたでしょうか? 間に合っていなかったのでは?」
「ちょうど走り込んで来る選手がいた。君の背中には映らなかっただろうがね」
「確かにターンはあったかもしれません。そこからシュートも打てたかもしれません。でも、僕は手数をかけるために、戻ったというわけでもありません。少なくとも自分にそのような意識はありませんでした」
「意識以上のことを、時に体はやってのけるものだ」
「考えている暇はありません」
「そうだ。だからこそ、正しい動きを身につけることが重要なのだ」
「体が覚えたものは忘れませんからね」
「そのために必要なことは何だと思う?」
「勿論、練習です」
「それは日々の積み重ねだよ」
「ああ。そうですか」
「朝起きて、君は最初にどうするのかね?」
「まずは顔を洗います」
「なぜ、そうするのかね?」
「目を覚ますためでしょう。強いて言うならばですが」
「それほど自分の顔が大事だと言うのかね?」
「はあ」
「その前に雑巾掛けをしようとはしないのかね?」
「雑巾掛けを? 突然ですか?」
「突然とは何だね? 君は突然顔を洗うのだろう」
「目覚めてすぐにそんな体力はありません」
「そんな言い訳が通用するとでも? 君は本当にアスリートなのかね?」
「何時間も眠っていたんですよ。誰だってそうですよ」
「果たしてそれが理由かな?」
「他にどうだと言うんですか?」
「君は部屋という全体よりも、顔という個人的なスペースを優先したのではないか?」
「普通じゃないですか。まさか、それがエゴだとでも言うんですか」
「まあ、君が言うならそれはエゴの一つに違いあるまい」
「とてもそれが悪いことだとは思えません」
「まあ順番はいい。君はいつ雑巾掛けをするんだね?」
「……」
「部屋の掃除をしているのかと言っているんだ」
「まあ、たまにしています」
「だから駄目なんだ! 大事なのは日々だと言っただろう」
「そんなに掃除が大事なんですか? 他にもすることが色々と」
「また言い訳か。それではいつになったらゴールが決まることか」
「ゴールとどんな関係があるんですか?」
「何を言うか。私がゴールと関係のない話をしたことがあるのかね?」
「本気で言っているんですか」
「雑巾掛けをするには、何よりも根気が必要だ」
「それはそうでしょうけど」
「何よりも継続性が重要だ」
「それもそうでしょうよ」
「それはとても良い行いだ」
「はい。それでどうなるんです?」
「部屋の中がきれいになる」
「それはそうですよ。それが掃除です」
「だが、他にもきれいになるものがあるぞ」
「他にも? いったい何が……」
「それは心だ」
「はあ。そうですか」
「良い行いを続けていると、知らず知らずの内に心の中までがきれいになっていく」
「それでゴールが決まるんですか?」
「まあ、そう先を急ぎすぎるな。急がば回れだ」
「さっきは遠回りを非難したくせに」
「手をかけて磨くことで、やがて浄化は空間を越えていく」
「そういうものですかね」
「大切なのは、正しい行動を習慣づけることだ。運動が学習を手助けする。それが自然にできるようになれば余計なものも消えていくだろう」
「余計なものですか」
「正しいことだけに集中するのだ。やがて邪念は消え、自身も消える。少しはゴールが見えてきたかね?」
「よくわかりません」
「自身が消えて、ディフェンスの目からも見えなくなるだろう」
「本当にそうなりますかね」
「疑うくらいならまずは試みてみることだ。君は邪念が多すぎる。テレビを見てごらんよ」
「どうしてテレビなんですか?」
「テレビでは悪いのかね?」
「そういうわけでは」
「人々はみんなクイズに夢中だ。どうしてだと思う?」
「正解が知りたいからじゃないですか?」
「考えることは楽だからだ」
「問題が簡単だったら、まあ楽でしょうね」
「難解さは重要ではない」
「そうでしょうか。難しければ……」
「考えられることは、考えられないことよりも遙かに楽だ。楽しいと言ってもいい」
「はあ。そういうものでしょうかね」
「答えがある場合は更に楽だ」
「確かにクイズには必ず正解がありますね」
「クイズのことを考えている間は、それ以外のことを考えることができない」
「時間切れになってしまいます」
「考えなくていいというのは、それもやはり楽だ」
「今度は考えないことが楽なんですか?」
「そうだ」
「監督。大丈夫ですか? 何か矛盾しているようですが」
「人々は考えているようで考えていない。考えないことによって考えているのだ」
「何が何やら」
「それが集中するということだよ。そして、その結果どうなると思う?」
「正解を答えるんですか?」
「何が消えると思う?」
「邪念と自身ですね」
「その通りだ。だからこそ雑巾をかけねばならない」
「クイズの話はもう終わったんですか?」
「終わったと思うかね」
「正直、わかりませんね」
「油断しないことだ。すべてのことは同時に進行しているのだから。攻撃は守備であり、守備もまた攻撃なのだ。今が試合の真っ直中にあるということを忘れないように」
「勿論です」
「床を綺麗に保つためには、常に怠ることなく磨き続けなければならない」
「はい」
「床をもっと前に押し進めるためには、もっともっと磨き続けなければならない」
「床を前に? どういうことでしょうか?」
「運動が学習を後押しするということだよ。わかるかね」
「わかりません」
「その先に敷かれるものは何だ?」
「?」
「油断するなと言ったはずだ」
「抽象的な問題は苦手です。僕はストライカーだから」
「しあわせにつながる道だよ」
「床から道へとつながっているんですね」
「そうだ。運動が絶えず続いていくためには、その先のビジョンが大事なのだ」
「なるほど。そういうものですか」
「その道がどこへつながっていると思う?」
「まだ続くんですか?」
「続くのが道だからな」
「海でしょうか」
「ゴールだよ」
「ゴールか……。惜しかったな」
「いつか道はゴールへとつながるのだ。それが休まず続けていくことの理由だ」
「はい」
「さあ、君はどうする? 今、君はこんなに大勢の敵に囲まれているじゃないか」
(ボール、ボール、ボール、ボール♪)
「みんなボールだけを求めて寄って来ます」
「そうだ。君は狙われているぞ」
「本当にしつこい奴らだな」
「君がボールを持っているからな」
(ボール、ボール、ボール、ボール♪)
「ボールの亡者たちめ。ボールのことばかり考えている奴らに誰が渡すもんか」
「そうだ。渡してはならない。体を張って、君はボールを守らなければならない」
「みんなボールに食いついて来ます。こいつら、ボールばかり欲しがりやがって」
「この場所においてそれは普通だ。ここはそういう場所なのだ」
(ボール、ボール、ボール、ボール♪)
「ボールがすべてなんておかしくはないですか? 本当にそれで正解なんですか?」
「ボールがすべてである時、ボールはいくつあると思う?」
「勿論、ボールは一つです」
「ボールがすべてである時、ボールはボールであるというだけでなく、他のあらゆるものでもあるということだ」
「あらゆる?」
「よって、正解は一つではない」
「そんな、まさか……」
「ボールは石だ。ボールは星、ボールはキャンディー。ボールは炎、心、そして、猫だ」
「ボールが猫だなんて」
「どうする。君は猫を手放すか?」
(ボール、ボール、ボール、ボール♪)
「嫌だ。絶対に渡さない。これは僕のボール。僕だけのボールなんだ!」
「ボールだけのボールと思っていては守れないぞ!」
「僕のドリブルで、僕は僕のボールを守ります!」
「そうだ。ここではボールがすべてだ!」
(ボール、ボール、ボール、ボール♪)
「渡さない! 誰にも渡さない!」
「もう、ドリブルのためのドリブルだけはするな」
「大切なものを守るためのドリブルです」
「そうだ。もっと先へ進むためのドリブルだ」
「なんだか体がとても軽く感じられます。みんなの動きが止まっているように見えます」
「そうだ。それでいい。ドリブルを楽しめ。踊りのように」
「踊りのように」
「踊る人は楽しい。楽しい人は踊るのだ」
(ボール、ボール、ボール、ボール♪)
「僕は踊ります。ゴールへ向けて踊ります」
「私もここで踊ろう。ゴールのための前祝いだ」