眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

500マイル

2011-12-12 19:58:17 | 12月の列車
 歯を磨く。包帯を巻く。本を読む。眠る。目覚める。
 新しい家の壁は真っ白で、天井の電気の中には虫1つ住んでいなかった。緩やかな階段を下りると、タコはまだキッチンで片づけをしていた。
「ボリュームをちょっと上げて」
 僕は2つほど上げてもう1つ上げた。途中で楽器が加わって 曲が大きく盛り上がった。
 リモコンは袋に入れたままだった。タコがパンをあたためてくれた。僕はキッチンでペンを見つけ、広告の裏に白を見つけた。
「カナさんのところから500メートルのところ」
 チェックのパジャマのバアバが横でしゃべり始めた。
「遺跡から16世紀の盤が見つかったの」
 ボリュームを1つ下げる。
 小田さんの話とバアバの話を同時に聞いた。
「初めて松たか子をみた、最近」
 話は自由にどこへでも飛んだ。タコがしょうが湯を作ってくれた。



 トンネルが12月を呑み込んで月日を真っ黒に染めてしまった。けれども、時が経つにつれて列車が進んでいるのは柔らかい雲の中でもあることがわかった。僕は巾着袋に入れたから揚げを背中に背負って、光ある方向へ向けて歩いていた。「あたたかい」歩くたびに、から揚げが背を打ってあたたかかった。灰色の雲を切り裂くようにして自転車が入ってくる。「一番向こう側に行きたいの」父親は後ろに娘を乗せて、顔を見ることなく、答えた。「どこかでみんなあきらめないとな」
「どうしてさ」
 代わりに僕が答えようとすると、自転車は8月のホームを逆走していた。あの親子に何があろうと、あきらめること、あきらめないこと、選択の対象が何であっても、それはまた別のお話、僕には縁のない物語だった。戻らなければ……。闇雲に答えを追いかけると夏の中に捕らえられて戻れなくなってしまうかもしれない。11月のホームを通過する列車を追って、僕は雲をつなぎ合わせた。

「切符を拝見いたします」
 トンネルを抜けると帽子の中で車掌の声がした。僕はまだあたたかいから揚げを1つ差し出した。


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