Jerry Emma Laura Piano

Mina, Dalida, Barbara, Laura, Lara....美人大好き! あっ、Mihoが一番好き

ステレオ読本を発見

2015年05月30日 | 毎日の話

本棚の片隅に、ボロボロではないが「ステレオ読本」という本があった。初版が昭和41年、昭和46年発行の本である。発行人はパイオニア株式会社営業部で¥480円のA5版。

この本の前文が実に興味深い。今では「ステレオ」という言葉は当然すぎてあまり聞くことはないが、当時、ステレオの普及に向けて一生懸命だったことがうかがえるし、こんな本を買って読んでいたことにも驚かされる。

前文は「趣味の世界で育ったステレオが、幼児の音感教育や学校教育の場で、なくてはならないものとなり、一部の人々の占有物ではなくなりました。どこの家庭、どこの学校、幼稚園にもステレオは必需品となったのです」から始まる。

第1章は、音について、ステレオとモノ、ステレオ装置、ステレオの聞き方が記載されていて、第2章になると、ステレオ装置、ステレオアンプ、スピーカー、テープレコーダー、第3章はカタログの見方、第4章は、今でいうQ&Aである。誰にでもわかるように、音を周波数から解説している。今ではHzで皆分かるが、c/sといった懐かしい単位表現も併用し、図表をふんだんに使っているから、今読んでも面白かった。

特に、第2章のステレオ装置の部分では、ステレオ・レコードを見事に説明している。大体のことはわかっていると思っていたが、改めて読んでみると、そうだったのかということが書かれていた。

高校生の頃に、自分の部屋にS-90/ISのセパレートスステレオを置いて、壁にはナタリードロンのポスターをパネルにして飾ってあった。部屋の1/4ほどがこのステレオで占有され、残りのスペースでよく遊びに来た仲間たちと音楽を楽しんだ。レコード盤を持ち寄り、ダビングしてコレクションを増やしていった。

Mihoちゃんが所属していたブラバンの録音もよく聞いたが、このテープは今でも残っている。一冊の本で色々思い出される。そういう意味でも、電子モノより書籍のほうが価値があるように思う。

 


昨晩は、出向職員の歓送迎会

2015年05月30日 | 毎日の話

昨日の夕方は雨が降り、とても蒸し暑かった。そんな日に各部署で出向社員の歓送迎会が開かれた。我々の研究部も例に漏れず、型どおりの歓送迎会を開催したが、羽目をはずす社員もいなく、静かといえば静かな歓送迎会だったように思う。

昔は、送別会というと、一週間前くらいから、頻繁にいろいろな箇所で、知人や関係会社、職場といったように数回開催され、連日のように飲み会が実施されていた。ところが、今では、執務机の整理もギリギリになっても終わらず、参加者も時間を守らないで参加する始末で、全くケジメなんてものはない。時代が変わったと言ってしまえば仕方ないが、⭕️人的な職場では、「五分前精神」なんて応用動作さえ受け入れられないのかもしれない。

職場での飲み会は疲れる。どうしても仕事の話しになってしまって、広くいろいろな話しをすることができない。だから、源太郎は他業種の方々と飲む。その機会のほうが同じお金を払っても楽しい。またそうしないと、新しい発想はうまれない。

ここ数日は、OB会だの、なんとかの研究報告会などなど、そっち方面のピラミット組織の方々の飲み会が開かれているが、源太郎は関係なく、当然参加する必要もない。よくもまぁ同じ系列の方々と飲んで楽しいのかと、冷ややかに思っている。

昔から、たまに訪れる小さな焼き鳥屋さんでは、源太郎と同じような感覚の人たちが、カウンターテーブルに並び、専門的なことを聞いたり、異文化の話しで盛り上がっている。分野は、工学、金融、出版、音楽家、俳優の卵、不動産、サーファー、ミュージシャン、看護師、薬剤師、学生、、一度話題が成立すると、どんどんいろんな人と出会える。焼き鳥数本とお酒で、ほとんどのジャンルの情報が入る。

空港近くでないのでパイロットやCAとは出会わないが、昔松山市内の居酒屋で、A⭕️Aのパイロットと一緒に飲んだことがあった(残念ながらCAはいなかった)。彼らは、飲む時間までしっかり管理して、翌日のフライトのために厳格に自己管理している。その時は、ジェットエンジンの高パイパス比の話しで盛り上がった。同じ職場での飲み会とはわけが違う。専門用語が飛び交うが、彼らは専門家。素人にわかるように説明する。それが実に気持ち良い。

また、あるところでは釣りの話しでもりあがったが、「何の魚を釣るの」と聞くと、リールの設計をやっている人だった。海水がリール軸に入らないようにするにはどうしたらいいと思う。なんて質問に、「船のスクリュー軸の防水や水力発電の水車の軸受けの機構では」とかみ合わない素人の提案に、苦笑いしながら、頷いてくれた。

専門職になればなるほど、視野が狭くなるのだと思われているが、プロフェッショナルほど、相当な知識とブレーンを持たなければすぐに限界が見えてくる。⭕️人なら、ルールを覚え、様式を覚え、慣例・前例さえ知っていればその地位を向上・維持できるが、我々凡人が生きていくには、プロフェッショナルの人脈を持たないと、乗り切れない。

一つの事例をあげると、スマホである。スマホは急激に普及し、源太郎も初期のスマホから愛用していて、ガラ携は逆に操作がわからない。職場もスマホが普及してきているが、昨日の火山爆発の情報を職場でいち早くキャッチしたのは、源太郎だった。それは、ある火山学者の紹介してくれたアプリのお陰だし、鮮明な映像はツイッターでいち早く入手できたお陰だ。この前紹介したチリの噴火にも活躍してくれた。LINEやTwitterは知っていても、駆使しないと本当の利用価値はない。お陰でこの年に似合わず、この利用度は若者より高い。

しかし、上には上の方がいて、その方はライフワークで世界中のある情報を整理して、毎日メールしてくれる。しかもリンク先がすべて貼ってある。「すごいですね」と聞くと「今や意地だけでやっている」と答えが返ってきた。ジョークだろうが、すごい人もいる。

富士山通信を発信して久しいが、世界中でほぼ毎日撮影の富士山の姿を喜んでくれたり、リツイートしてくれたり。これも「意地」なのかもしれない。昭和新山生成日記で知られる「ミマツダイアグラム」の定点観測とは雲泥の差はあるが、富士山通信も意地で続けると、噴火した後、元の綺麗な富士山の四季はこんな形だったと語り継がれるかもしれない。その記録が出版され、印税でMihoちゃんが楽することになるので、当面版権は譲らないようにしようと思う。