よしなごと徒然草: まつしたヒロのブログ 

自転車XアウトドアX健康法Xなど綴る雑談メモ by 松下博宣

第28講:首相官邸前の大規模デモとソーシャルメディア

2012年07月08日 | よもやま話、雑談

日経BP社の日経ITProで私が連載しているコラム記事「第28講:首相官邸前の大規模デモとソーシャルメディア」(2012年7月3日発表)をコピペしておきます。順次、連載コラムも30回近くたまってきたので、いずれどこかにまとめておくようにします。 

<以下貼り付け>

第28講:首相官邸前の大規模デモとソーシャルメディア

東京農工大学大学院産業技術専攻 教授
松下博宣

 毎週金曜日、多くの人々が首相官邸を取り囲んで、「再稼働反対!」と叫んでいる。50年前の「60年安保闘争」では、組合、学生運動などの党派とともに市民がデモに参加して大運動に発展した。それに対し、今回のデモは、組合、党派ではなく市民中心の運動だ。実に半世紀ぶりの市民による公共圏の危機への大規模な意思表示という意味では、特筆に値する社会現象である。

 このコラムでは2011年5月時点の「第22講:原発過酷事故、その『失敗の本質』を問う」で、原発シンジゲートの組織間関係に注目して原発問題の本質の一端を洗い出してみた。そして、「第24講:体制変革運動『Occupy Wall Street』とソーシャルメディア」では、チュニジア、エジプトから大西洋をまたいで、米国でもソーシャルメディアが体制変革運動を伝搬、創発させてきた姿を描写した。

 そして日本。今年3月29日以降、首相官邸前で市民が原発の再稼働反対を訴えるデモを繰り返し実施しており、その勢力を拡大している。6月29日のデモは14回目を数えた。そこで今回は、この1カ月間で急速に大規模化している首相官邸前デモを取り上げてみたい。

 結論から言うと、アラブの春、ウォール街占拠運動(Occupy Wall Street運動)、そして現在進行中の官邸前デモに通底するものは、「市民による反抗の意思表示の大規模な運動」であるということだ。そして、そこにはソーシャルメディアを活用する市民の姿がある。

稚拙すぎる合意形成プロセス

 ちなみに、本件について筆者の立場を明らかにしておいたい。筆者が重視するのは合意形成である。合意とは、人々がコミュニケーションを媒介にして命題を相互承認している状態である。合意形成とは、その状態に至るまでのコミュケーションのプロセスである。

 今回の一件にあてはめて言えば、「関西電力大飯原子力発電所の再稼働」という命題に対して、安全の規準、リスクマネジメントの規準について相互承認が不十分な状態のまま、初めに結論ありきの稚拙なコミュニケーションが先行し、「再稼働する」という決定がなされてしまった。結果として市民を含めた利害関係者の相互承認が欠落する状態になってしまったのだ。

 これは問題である。

 本稿は、その合意形成プロセスの稚拙さに異を唱えるものである。合意形成プロセスは、民主主義の根幹を成すものなので、賛成・反対の価値判断にも勝って重要なものなのである。まずこの点を押さえておきたい。

 6月29日、金曜日の夕刻、「再稼働反対!」と叫んで大飯原子力発電所の再稼働に反対する人々が首相官邸を取り囲んで口々にシュプレヒコールを叫んだ。

 当日デモに参加した人々の人数については諸説ある。20万人(主催者発表)、20万人(TBS)、15万~18万人(朝日新聞)、15万人(東洋経済オンライン)、2万人弱(産経新聞)、前回を超えた人数(NHK)、推定10万人以上(ウォール・ストリート・ジャーナル日本語版)、数万人(ニューヨークタイムズ英語版)。ちなみに警視庁は人数を発表していない。

 いずれにせよ、これほど多くの人々が首都の中枢、首相官邸を取り囲んだことは、60年安保闘争以来なかった一大社会的事象である。60年安保以来、今日に至るまで、デモと言えば労働組合、学生の新左翼運動、それらの脈絡を継ぐ人達が中心で、広範な市民の参加は見られていない。

 政治学者、思想史家の丸山眞男は、デモは直接民主主義を体現する行動とみなした。しかし、デモを熱心に推進してきた二つの社会的勢力、つまり労働組合と新左翼系学生活動グループは凋落しており、長らく、市民が大規模なデモの表舞台に出ることはなかった。したがって、丸山の見方に立てば、今回の一連の官邸前デモは、「市民による直接民主主義的行動」となる。

怒る「市民」が先頭に立つ大規模なデモ

 60年安保では市民がデモに参加した。そして50年後、上記の紆余曲折を経ながらも、再び市民がデモの先頭に立っている。以下は6月29日のデモの現場を取材して気がついたことである。

(1)「再稼働反対」というシングルメッセージ
 反対する対象が絞り込まれている。それは「再稼働反対」だ。それ以外のメッセージは極めて少数である。

(2)幅広い年齢層
 過激な運動家風情はいない。いろいろな年齢層の老若男女が普段着で参加している。仕事帰りのサラリーマンも散見される。

(3)子連れの若い母親
 乳幼児を連れた若い母親が多く見られたのは、他のデモではほとんど見られない光景だ。

(4)相互扶助
 自主的に、子供や老人を守るファミリーエリアが作られ、運営されている。運動に参加する人同士のケアする姿勢、相互扶助が見られる。

(5)実況中継
 ネットを通して、デモの内側、外側から、その場の光景がつぶさにテキストや動画で共有・拡散されている。その場にいなくても、臨場感溢れる情報を得ることができる。

(6)動員図式なし
 動員する主体が不明確。先に述べたように、労働組合、新左翼セクトのような動員を管理、コントロールする管理主体が判然としない。むしろ自己組織的だ。

(7)デモにありがちな警察とのいざこざがほとんどない
 人の流れが集中する一角では緊迫したムードが漂っているが、要所に立つ警察官とデモの流れは、どことなく調和的。

(8)一部の祭り的な雰囲気
 緊張感はありながらも、鳴り物、楽器の調べもあり、反対運動といっても、なかばお祭りのように「集まること」を楽しんでいる人達もいる。

勃起する巨大なエネルギー

 このデモの正体は、社会的な問題に対して、合意形成プロセスを経ずに誘導的に決定してしまったことに対する反抗のエネルギーが勃起状態で残存・拡大し、カオスの縁を形作っていると見立てられる。

 メディアが未発達で浸透していない社会で反対運動が起こる場合、人が直接的にメディアになり、口コミで情報が伝搬してゆく。マスメディアが発達している社会では、マス(群衆)は、マスメディアの操作的な介入、つまり報道する事象の選択、解釈、伝え方によって影響を受けることになる。

 しかし、現在においては、相互承認が得られない、合意形成がなされないまま、社会的にインパクトを及ぼす重要な意思決定がなされた場合、一方の当事者はソーシャルメディアを通して言説を流通させることができる。

 この違いは決定的だ。

 首都圏反原発連合は、「首都圏でデモなどを主催しているグループや個人が力を合わせようと、2011 年9 月に立ち上がったネットワーク(連絡網)」とされる。

とはいえ、中央統制的な管理型のリーダーがこの運動を統制、コントロールしているわけではない。運動自体がゆるく、自生的で、自己組織的である。

 有志がデモの企画や情報交換を行い、コミュニケーションはTwitter、Facebook、そしてデモに参加した人々が自主的にYouTubeなどに映像をアップして記録をとる。このようなソーシャルメディアをフル活用するスタイルは、中東の春、Occupy Wall Street(OWS)運動と共通する。

 首相官邸前の抗議デモは、Twitterでは6月21日から暫定的に「#紫陽花革命」と呼ばれている。悠長な名前のようにもみえるが、このネーミングの背景は次のようなものだ。

 3月から毎週金曜日を中心にして次第に人々が集まり始め、6月に入って急増した。その季節が、紫陽花の咲く頃だというのである。ほかにも、情緒的な意味づけもなくはない。紫陽花の花は、彩りは鮮やかながら一つひとつはとても小さい。だが、それらが集まれば力強く大きな大輪の花の形になるのだという。

高くて固い壁と卵

 村上春樹は、「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」と言った。為政者=権力が持つ「高くて、固い壁」が「システム」ならば、それに対抗・反抗する「卵」は、ぶつかって壊れるだけの圧倒的な弱者だ。

 その圧倒的な弱者であるはずの「卵」が、対抗・抵抗する手段としてのシステム、つまりソーシャルネットワーク・システムを手に入れたのである。「高くて、固い壁」のシステムと、「ぶつかって壊れる卵」同士を結びつけるシステムとのせめぎ合いという構図が現れたのだ。

 つまり「システム vs. 非システム」という構図から、「システム vs. システム」という構図へと変化した。

 意思決定能力を持つ市民は、ソーシャルネットワーク・システムを得て、ソーシャルな主張を共創し、関係性を共創することが容易にできるようになった。先述したカオスの縁のエネルギーが大きいほど、個人同士の関係性を拡大し維持させるコストがソーシャルメディアの活用により格段に低下しているので、大きなデモに発展する可能性が生まれるわけだ。

数万~十数万人を動員したソーシャルマーケティング

 ソーシャルマーケティングという視点で今回の運動を見てみると、3つの特異な特徴が浮き彫りになる。

 第1の特徴は前述したように、この運動が、そもそも合意形成、相互承認がないまま、意思決定に至ったということを背景に勃起したエネルギーを内包しているという点である。

 第2の特徴は、その絞り込まれたメッセージ、つまり「再稼働反対」にある。大飯原子力発電所の再稼働という事象にターゲットを絞って反対するメッセージを発し続けている。

 さまざまな考え方、感じ方、立場、信条、心情、価値観を持つ多様な個人に対して、Yes/Noの二者択一で態度を示すことのできるメッセージは、シンプルで力強いのである。もちろん、単純な二項対立の図式で、ひたすら一方を主張する時に現れやすい一時的な昂揚感覚とあいまって、対立する一方の言説を否定するという危うさには十分な注意が必要だ。

 第3の特徴は、今のところ、メッセージを投入する対象を首相官邸に絞っていることだ。繁華街で行われるデモは、道行く人々に訴求し、社会全般の共感、共鳴を得ようとする。今回の運動は今のところ、首相官邸を取り囲み、為政者に向けて直接メッセージを発しているということだ。ソーシャルメディアによって、直接デモに参加していない人々もつぶさに情報と接することができる。デモは繁華街を通して訴えるのではなく、ソーシャルメディアを通して訴えるのである。

 米国のOccupy Wall Street(OWS)運動は、多種多様な反対メッセージのごちゃまぜにし、並立共存してきた。OWS運動と比べれば、首相官邸前のデモは執着気質の心象を内に留めている。メッセージをぶつける対象も、執着質的にセグメント化し、ターゲティングしているからだ。
 
 規準を持たない日本人の関係志向、同調圧力に寄り添うという行動様式にとって、空気(ニューマ)が決定的に重要な影響因子となる。この空気が乱れ、流れが変節する特異点は、政局、選挙などにも甚大な影響を及ぼすことだろう。

 梅雨が明けて人が集まりやすくなる7月には、さらにこの運動が大規模化すると見立てられる。偶発的な暴力行為(挑発も含めて)を契機にして一気に運動自体が暴力化する可能性もある。注視が必要だ。

<以上貼り付け>


最新の画像もっと見る

コメントを投稿