散歩日記X

札幌を中心に活動しています。食べ歩き・飲み歩き・ギャラリー巡り・読書の記録など

道みんの日(6)

2017年07月17日 23時47分54秒 | 旅日記
後はもう、札幌に向けて帰るばかりだ。駅のホームで名寄行きの列車を発見。今持っている切符で、名寄まで行けるのだ(帰ってこれないけど…)。



何ていう妄想をしながら、岩見沢行きの列車を待つ(写真は違う車両)。



岩見沢行きに乗り込み、何を間違えたのか駅で購入した缶チューハイを飲み、締めに食べたくなったジュンドッグ(エビフライ)を食べる私であった。



何とか眠り込まずに、岩見沢で手稲行きに乗り換え、札幌駅を経由して無事、琴似の駅に降り立ったのは23時過ぎ。いや、さすがに疲れるよ、この行程は。まともに乗れば7,930円の運賃がかかるところが、3,000円だったので、大幅に元は取れたと言えるだろう。

20170717最近読んだ本

2017年07月17日 23時33分06秒 | 読書
■「大阪名物」井上理津子、団田芳子

■「札幌へアートの旅 札幌国際芸術祭2017公式ガイドブック」
相変わらず老眼の人には大変読みにくい作りである。狸小路商店街は1~7丁目まで紹介しているが、8丁目以降もあるだろうよ。まあ、あそこで商店街組合が違っているという話もあるからな。ギャラリー紹介は現代美術より。

■「創作の極意と掟」筒井康隆

■「ビブリオバトル」谷口忠大

■「正解するマド」乙野四方字

■「レッドスーツ」ジョン・スコルジー
航宙艦に乗り込んでいるレッドスーツのメンバー、スタートレック以来の伝統でやたらに死者がでるのだが、これは単に不運なのか。それとも何か裏の力が働いているのか。レッドスーツの面々が命を懸けて立ち上がるのだが、もちろんパロディ仕立てのため、ユーモラスさが先に立つ作品。

以下、図書館の2冊。
■「凍土の密約」今野敏

■「アクティブメジャーズ」今野敏

道みんの日(5)

2017年07月17日 20時18分56秒 | 飲み歩き・北海道内
さて、旭川における本日の1軒目は焼鳥の「Y」から。非常に魅力のある飲み屋街、ふらりーとに行くと、祝日のせいか開いていない店もありそうだった。そこで、営業中として真っ先に目に飛び込んできたのがここだったのだ。

店内に入ると、座敷はまだ余裕があるが、カウンターは予約も含めて、ほぼ満席に近い。何とか間の一席に座ることができ、ビールと通しの漬物でスタート。隣の客の新子焼を見ると、相当ボリュームがありそうで(実際、残していた)、私はかしわを注文。



少し待つとかしわがやってきた。この店はタレ味が基本らしい。早速食べると、少しパサついてもしょうがないような部分に見えるのだが、口当たりソフトで鶏の味が逃げていない。タレもあっさり目の加減がよろしい。



途中からコショウを使ったりしながら、あっという間に食べる。これはそれほどのボリュームではなかったが、1人前おおむね4本というのは、一人客には難しいところか。

次は何にしようと思ったら、メニュー表に「すずめ焼き」というのがある。ほお、生まれて初めてすずめを食べて見るかと「すずめ焼き、ありますか?」と聞くと、店の大将が「うん、これドジョウのことね」との説明。「それ、下さい」と頼んでしまった。

言われてみると、どじょうは「チーチー」鳴き声を上げるので、すずめと呼ばれることがあると何かで読んだような気もするなあ~。これはしっかり焼くのに時間がかかるらしく、燗酒を注文し、待つことしばし。



ふーむ、これがどじょうね。そのまま食べてみると、しっかり焼いてあるせいか、生臭さは全くなく、香ばしくパリパリした感じ。どじょうには、と出してくれた山椒を多めにかけてみるのもピッタリだ。



この店、どじょうは夏の名物らしく、結構な数の柳川鍋が出ているようだった。ちょっとそちらにも興味があったが、まずはこのくらいにしておこう。



店の外に出ると、やはり休んでいる店もあるが、開店している店が多くなってきた。いつ来てもこの通りは良い雰囲気だ。



さて、2軒目はふらりーとの小路からすぐ折れたところにある、またも焼鳥の「R」へ。先客の年配女子が一杯やっている中、カウンターに座り、ハイボールとかしらを注文。旭川では「G」という店で感激していらい、つい、かしらを頼んでしまう。

やってきたかしらは、間に玉ねぎを挟んだスタイル。肉の仕上がりはあくまでもソフト、タレも割とあっさり、食べ飽きない味だ。



さて、名物新子焼はちょっと無理だったが、それに近いメニューということで、手羽先を注文。おお、美味そうに仕上がって来たぞ。1本はそのまま食べ、残りを食べる際に、コショウを投入する。



うむ、やはり手羽先には皮の美味さと骨ぎわを食べる楽しみがあるね。先客女子と店のママに札幌-苫小牧―旭川と普通列車で移動し、今日、札幌まで帰るという馬鹿な話を聞いてもらう。さらには、店のママも楽しみだという「上村松園・松篁・淳之展」はぜひ行くべしという話をして、2軒目も終了。私のメートルもそこそこ上がってきた。



そして3軒目は最近恒例のバー「M」を訪問。いつも来るのは早い時間とあって、本日も先客なし。やっぱりちょっと緊張するのだよね。

1杯目はモスコミュール。どことなく香と味の切れの良さを感じる。2杯目はシャンゼリゼ。結構なハードシェイクであるため、飲みやすくはあるのだが、それでいてシャルトリューズジョーヌの香りも際立っている。

最後の3杯目は久々にマティーニを飲んでみることにした。「最近はドライな方向ですよ」というマスターに、いつものごとく「あまりドライではない方が好きなので」と注文。「ま、最初に教わったころは、どちらかというとドライじゃなかったですからね」とマスター。

しっかりと強いマティーニを飲み、これでそろそろ引き上げることにしよう。



やっと空も暗くなりかけてきた。



帰り道のホテルで彫刻らしきものを見て(作品名、作者名なし)、駅前のイオンモールで自分土産を買って、駅へと向かう。


道みんの日(4)

2017年07月17日 16時58分00秒 | ART
旭川市民ギャラリーは以前、西武デパートにあったのだが、その後、旭川市民文化会館展示室に移動し、さらに旭川市彫刻美術館ステーションギャラリーを暫定的に利用して開設されているらしい。行き場がないのは分かるが、旭川市彫刻美術館が休館中である中、ステーションギャラリーがあるから何とかなっていたものを、どうしてこうしてしまったかなあ…。市民の発表の場であれば、他にもあるだろうにと思うのである。

ということで、そちらで開催されていた「切り絵展」を素早く見て(決して悪い展覧会ではないのだ)、旭川美術館へと急ぐ。かなり涼しいが、急ぎ足で美術館に向かうと、さすがに汗が出てきた。



■北海道立旭川美術館「上村松園・松篁・淳之展」。
上村松篁「金魚」:おや、さすがになかなか上手いではないか。
上村松篁「丹頂」:丹頂鶴が二羽向かい合い、その間が上手く表現されている作品。
上村松篁「椿」:素描作品だが、明らかに洋の影響を受けていることが分かる。

上村松園「花見」:松篁の作品を見た後だと、意外と描かれているものがゴチャゴチャしている感があり、使われている色彩も多い。
上村松園「人形つかい」:あまり余白が目立たない松園作品だったが、これは襖で余白を作り出している。
上村松園「花がたみ」:いやー、この作品を見ると、女性には関わらないようにしたいと思ったりして。

上村松園「新蛍」:蛍を間に母娘を描いた、家族の関係性が表現されている作品。
上村松園「春」:ピンクの色彩に黒を配し、ほんのりしつつも締めるところは締めた作品。
上村松園「鼓の音」:華やかにして清楚さを同時に漂わせる女性を描いている。

上村松園「焔」:下絵が展示されていたが、これで十分に作品の恐ろしさは伝わってくる。
上村淳之「春沼」:これはもう完全に現代の日本画である。昭和33年の作品だから、当たり前と言えば当たり前だが。

日本画でよく言う「間」というものは松篁・淳之の方がはっきりしていたように思う。しかし、上村三代の作品をしばらく見ていると、その「間」がどうにも散漫というか、凝縮力のないように感じられてしまう。その反面、一見もっさりしている松園の作品から、ところどころ「ここにあったのか」という「間」が感じられてくる。もちろん、画を見るセンスにかける私なので、名前にごまかされているのだろうという気がするが、そんな感想が浮かんできたのである。



続いて、第2展示室「イメージの森―木から生まれる」を滑り込みで見る。

保井田智之「南に動く―descend」:巡礼を表現した作品だろうか。頭から後方の地面にまで伸びている木は何を表したものか。気になる。
大平實「起源」:巨大リンゴとでもいうべき、木製の作品。存在感がある。

旭川の滞在時間が長ければ、いくつかギャラリー巡りをしようかと思っていたが、ほぼ17時、これくらいにしておこう。

道みんの日(3)

2017年07月17日 15時34分59秒 | 旅日記
苫小牧の雨は酷かった。傘は持っていたものの、ズボンは相当な濡れ具合となった。幸いにして靴と靴下は大丈夫であっったが、後はリュックがかなり濡れたので、中にしみ込まないかどうか確認する。

苫小牧駅で一休みしてからホームに出るも、ホームの中心部に立っていても雨のしぶきが飛んでくる。このまま降り続けると、列車が出発できないのではと不安になったが(過去に苫小牧で足止めされた経験あり)、何とか無事に出発である。

苫小牧を離れるに従い雨は収まりはじめ、白石に降り立った時には雨はあがっていた。しかし、かなり気温が下がり、涼しくなってきた。

そういえば新しい白石駅に降り立つのは初めてなので、彫刻などを求めて駅の周囲を散策するが、特に無いようだ。しかし、駅舎内に幾春別・幌内から白石、そして手宮までの路線を表す展示物があった。これは石炭を移出するために、ここに鉄路が引かれたことを表しているのだろう。

 

白石から岩見沢へ移動し、さらに旭川行きの列車に乗り換える。ここでやっとクロスシート式の車両になり、混雑もほぼなくなり落ち着いて移動ができるようになった。



朝早く出発したので、ずっと軽い眠気と戦いながら、旭川に到着。

 

すでに15時半過ぎだ。

道みんの日(2)

2017年07月17日 10時54分46秒 | 食べ歩き
苫小牧市美術博物館から苫小牧駅へと向かう。雨が気になりながらも、途中の「K」で昼食。この後、数時間、列車に乗りっぱなしになるためやむを得ないのだ。

店に入ってメニューを見る。うーん、前回来た時のお得な朝食セット(11時まで)は無くなったのか…。やむを得ず、通常メニューからロースかつ定食を注文。まだ時間も早いし、ボリューム少な目の朝食で良かったのだが…



ということで、ロースかつに豚汁(かなり脂分多し)というヘヴィなメニューを何とか食べきった。

しかも具合の悪いことに、雨が本降りになって来たではないか。

 

しかもかなり大きな雷の音が聞こえる。

道みんの日(1)

2017年07月17日 10時31分15秒 | ART
7月17日は道みんの日なのだそうだ。何となく人を小馬鹿にした感じの名称だが、正式には「北海道みんなの日」というらしい。これまた、子供だましの名称に思えるが、まあ、それはどうでもいい。

この日を記念して、JR北海道が「道みんの日・日帰り周遊パス」を発売したのである。これは3000円でJR北海道と道南いさりび鉄道の普通列車(快速含む)普通車自由席が乗り放題になるというものだ。この切符は乗車可能な当日購入はできず、前売りに限る仕組みになっている。私はワクワクしながらこれを購入し、さてどこに行こうかと考えた。

しかし、しかしなのである。「行ったきりなら幸せになるがいい~」じゃなくて、行くだけならばかなりのところまで行けそうなのだが、札幌に戻ってくる前提だとすると、函館、釧路、北見、稚内などすべて無理なのである。それはおろか、バス代行になっているため帯広の往復すらできないのだ。いや、それは嘘だった。今調べると帯広に1時間17分滞在で、行って帰ってくることができる。しかし、それが何になるだろう。

ということで、少なくとも一日散歩きっぷの圏外には行ってみようということで、旭川に行くことにした。さすがに旭川に行くと、かなりの時間を有効に使うことができる。いや、こうなると、あそこにも行けるな…

ということで、早朝、恒例の琴似駅からスタート。



まず最初に到着したのは苫小牧駅である。



そう、今日は企画展「NITTAN ART FILE2:クロスオーバー」展の最終日だったのである。



■苫小牧市美術博物館「NITTAN ART FILE2:クロスオーバー」。
千代明「Work no.20 2016」:平面作品なのだが、奥行きの感じられる驚きの作品。ペイントの流れが龍にも見える。
佐竹真紀「Pivot」:王子製紙の煙突を中心に360度全方位から撮影した写真をビデオ作品にしたもの。横の小さめの煙突が回転して見えることから、いろいろな方向から撮影していることが分かる。また「≪Pivot≫制作のための撮影ポイント」という資料展示もあるので、こちらを見ても、ぐるっと周囲から撮影したことが分かる。苫小牧の街のシンボルが王子製紙の煙突ということを端的に表しているように思える。

中坪淳彦「都市の記憶」:映像資料「昭和40年代の苫小牧」を編集し、静かな音楽をつけた作品。不思議なリリカルさを感じながら見ることができるのだが、決してあの時代は美しいだけの時代ではなかった(と、昭和40年生まれの私は思う)。自動車の前後を無造作に人間が横断しているあたりが、昨今とは違った感覚を表現している。
加藤広貴「トマコマイ」:飛行機から見たような苫小牧の上空からの眺めを画にした作品。青い海がまぶしい。
加藤広貴「バべリング」:周囲はどことなく懐かしさを感じるような低層の都市なのだが、中央に細く高く伸びるビル。これがバベルの塔を暗示させるモチーフなのだろう。どこまでも高く伸びるのか、いや最初から限界があるのは分かっているのだ。

加藤広貴「10本足の舟」:これも舟の形に、余りにも細く崩壊を予感させる足がついた乗り物。滅びへの感覚だと思う。
松井紫朗「手に取る宇宙-アチラトコチラin苫小牧」:宇宙空間をイメージさせるオブジェの中に入り、また逆側の入口から入ってオブジェを外側から見ることができる作品。クラインの壺というか、世界の内と外を感じさせる作品だ。

最後に、前回来訪時も見た松井紫朗「Channel」。中庭にある3方向に向かった伝声管という感じの作品だが、ちょうどカラスがその上を歩いていた。もちろんの事、管を伝わって「カツカツ」というカラスの足音も聞こえる。当初の作品イメージを超えた一瞬であった。



現代美術の展覧会でありながらも、苫小牧で開催するということの意義をきちんと持っている展覧会だったと思う。

それにしても、私の前に入って、撮影禁止の展示室内でフラッシュをつけてバンバン撮影していた子供の親は即座にこの世から消滅してほしいと思った(子供は単純に無知なだけだから仕方がないと思う)。私の願いがかなったせいか、そいつらはあっという間に展示室からいなくなっていたのが救いだと言えるだろう。

さて、見終わって外に出ると、雨が降ってきた。傘は持っているものの、駅へ急ごう。