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 「Hoshino Parsons Project」のブログ

ホタルの里の「月夜野百八燈」

2017年07月03日 | 「月夜野百景」月に照らされてよみがえる里

 

歩いてこそ感じる里の景観

 

2017年、矢瀬親水公園脇から月夜野歴史郷土資料館前にかけての歩道フェンスに「月夜野百八燈か」の行灯を設置させていただく許可を頂きました。

この「月夜野百八燈」の展示は、道路沿いだからといって、そこを通行する車に見せることが第一の目的ではありません。


月やホタルを思いながら、ほのかな明かりのもとを少しでも多くの人に歩いてもらうのが一番の目的です。

おばあちゃんが孫の手を引きながら、ホタルの鑑賞地まではまだずっと先なんだよと、ぽっくらぽっくらとゆっくり、行灯の仄かな明かりを楽しみながら歩いている風景を想像して作りました。

 

本来は、ホタルの生息域だけではなく、そこに至る田んぼ道に、ホタルやその他たくさんの生き物たちが棲息していました。

そうした豊かな自然を少しずつ取り戻していくための自然環境のバロメーターとして、ホタルは大事な役割を果たしています。

でも残念ながら現実は、完全無農薬の田園風景を取り戻して、直ちにたくさんの生きものたちを呼び戻すことができるわけではありません。ホタルを守る地道な活動の積み重ねと周辺の自然環境を取り戻すことは密接な関係にありますが、だからといってこのふたつは自動的につながるものでもありません。

私たちは、身の回りの景観のなかにある生命ひとつひとつに目を向け、同じ地域に暮らす住民としての気づきを私たちが感じられないと、何かひとつの行政施策で単純に解決できる問題ではないと考えています。

車こそが王様とも言えるような社会構造の中で、少しでも歩くことを大切にする環境を取り戻すことで、そうした景観を取り戻していく契機の一歩にこの「月夜野百八燈」がなれたらと思います。

そのために以下のような三つの視点で、私たちは「月夜野百八燈」の運動を積み重ねていく予定です。

 

 

 

 

 「こころの月百景」をかたちにする活動

  

 行灯には、月とホタルにまつわる古今の有名な短歌、俳句、川柳、都々逸などが書かれています。 

万葉集、古今集、百人一首などに始まり、俳句は芭蕉や一茶など比較的馴染み深いものから、2016年に第1回目として百選を選んでみました。
 

 

 百選の中から一部を抜き出してみます。

 

92、親一人、子一人蛍光りけり     久保田万太郎                        

93、物思へば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる魂かとぞみる
                             和泉式部  

94、声はせで身をのみこがす蛍こそいふよりまさる思ひなるらめ
                              源氏物語 

95、軒しろき月の光に山かげの闇をしたひて行く蛍かな    
                          後鳥羽院宮内卿      

 

99、その子等に捕えられむと母が魂(たま)
      蛍となりて夜(よ)を来(きた)るらし    窪田空穂    

100、蛍火の今宵の闇の美しき   高浜虚子 
 

 

 「月夜のこころ百選」 http://tsukiyono.blog.jp/archives/1060128701.html

  

ホタルの季節に、春や秋の月の歌が入っていることにもなりますが、その辺はご愛嬌ということでご容赦ください。 

どのジャンルでも月やホタルにまつわるものはたくさんあるので、毎年情報を収集しながら少しずつ練りこんでいく予定です。

 

よく言われることですが、これまでは経済の時代でしたが、これからは哲学、心理学、倫理学の時代になると言われます。

確かにその通りに違いありませんが、私たちの住む月夜野では◯◯学と言っているうちは、人に伝わるものではないと考え、「物語のいでき始めのおや」と題してこの土地の物語を少しずつ育てながら書き始めているところです。

それは「哲学」や「心理学」、「倫理学」と並ぶような「文学」ではなくて、そこに暮らす人びとの日常の「ものがたり」として語られることを目指したものです。
 

「物語りのいでき始めのおや」 私たちの「物語り」び三つの顔
http://blog.goo.ne.jp/hosinoue/e/bebcf3ddf9609cdbc6b8c9f1219096c5 

 

 

    学問は尻からぬけるほたる哉      蕪村

  

「月夜のこころ百景」のリーフレットに書いたことですが、私たちの暮らす月夜野にとって、観光も産業振興もたしかに大事ですが、何よりも大切なのは、そこに暮らす人びとの胸のうちに灯る仄かな明かりです。「月夜野百八燈」は、この地にそうした小さな幸せの明かりを一つひとつ灯していくことを目指しています。

それは、ひとつの表現との出会いであり、一人の人との出会いの積み重ねです。

 

 

 

夜は生命のゆりかご

ほのかな明かりが暮らしをつくる、まちをかえる

 

 

この場所でも午前零時をまわる頃には、ホタルがす〜と飛んでいたりします。

零時をまわると、まわりの駐車場の明かりなども消え、車の通りもほとんどありません。

そんな夜の闇は、先の東京オリンピックのころまでは当たり前のようにあった世界です。
 

これまで私たちは、戦後一貫して、夜はただひたすらより明るくすることでこそ、「豊かさ」と「安全」が保障されるものと信じて、より「明るい」社会を実現してきました。

ところが宇宙から夜の地球の映像を見ると、異常なほどに夜の明かりが大地を照らしていることに気づかされます。

暗闇に明かりを灯すことは必要ですが、あまりにも昼間に近づけることばかりを求めすぎてはいないでしょうか。

本来夜は、暗いことでこそ生命(いのち)のゆりかごとしての役割を果たすものです。
 

「夜は生命(いのち)のゆりかご」
http://blog.goo.ne.jp/hosinoue/e/3f8431f02a7fd6c0d3488f8ce2e85b7a?fm=entry_awc


月夜野の誇る「ホタル」や「月」の仄かな明かりは、そんな大切なことを私たちに気付かせてくれる大切な存在です。

ホタルの季節と秋の中秋の名月の前後の年2回、そんなことを考え味わう機会として、「月夜野百八燈」の設置を試みてみました。



 

      すっと来て袖に入たる蛍哉
                     杉風

 
 

普通の家のなかにまで、す〜とホタルが入ってくるまちを取り戻すこと、

それは決して夢物語ではありません。

 

 

 

 

 

みなかみ町の
観光振興や暮らしの復権のための
「本丸」=景観づくり
に近づくための第一歩
 

 

みなかみ町は観光を柱として栄えている町です。

ところが、どんなに魅力的な山々や渓谷の自然、たくさんの温泉やリゾート設備があっても、そこへいたる周辺の環境が、コンクリートの電信柱や送電線が乱立していたり、白ペンキのガードレールが続いていたり、道路脇の草刈りが徹底していなかったりしたら、いつまでたっても世界の観光地水準には追いつけません。

かといって電柱の地中化など、どれを取っても莫大な予算をかけて何十年もかかることなので、今すぐにそういった提案をしたところでなかなか取り合ってもらえるものでもありません。

しかし、観光のためだけではなくそうした本来あるべき暮らしの美しい景観を取り戻すことは、30年もしないうちに間違いなく当たり前のこととなります。今から可能なことから着手して、少しでも実現の時期を早めなければなりません。

かつては考えることもできなかったことですが、電柱の地中化よりも先にエネルギーの地産地消や自家発電の普及、マイクロ波などの技術革新などにより、電柱地下埋設費用の云々よりも、そもそも電柱が必要とされない社会の方が先に来てしまいそうな変化がすでに始まっています。

私たちは、そうした少しでも実現すべき景観の意義を考える入り口として、この行灯がつくる景観や車よりも歩くことを優先した環境づくりに近づくため、この「月夜野百八燈」を活用して問題提起をしていきたいと考えます。

 

 
「するとジョルジがぼそぼそといった。
 
もちろんさ、人間の生涯で何が最後に残るとおもう、
 
風景の記憶、それだけさ、
 
物の所有なんてぜんぜん問題にならない、
 
それに人間が他人と何を共有できるとおもう、
 
あるひとつの風景をあるときいっしょに見たという記憶、
 
それ以外には何もない、何も残らない。」
 
           菅啓次郎『狼が連れだって走る月』河出文庫より

  

 

 

「試行錯誤で練り上げる行灯の仕様」
http://tsukiyono.blog.jp/archives/1066760722.html

 

 

こうした野暮な長い能書きを要するようでは広い理解をともなった普段をすることができないので、まずは行灯そのもののデザインで、ただのイルミネーション演出のひとつではないことが伝えられなければなりませんが、なんとか簡潔にこの趣旨が伝わるよう以下のようなポスターを作っています。 

日常に「月夜野百八燈」を置いて、こうした趣旨を伝えてくださる店舗や施設もさらに増やしていきたいと考えています。 

この行灯は、みなかみ〈月〉の会の企画で、みなかみ町まちづくり協議会月夜野支部の支援により製作したものです。

 
 
まだまだ改良点もあり、たくさんの方々に協力もお願いしていかなければなりませんが、こうした、これから先の長い道のりの第一歩が踏み出せたことに心から感謝しております。 
 
 

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