「正直宮川くん 嘘つき安倍くん」。これは保守派の論客で漫画家の小林よしのりさんが5月23日に書いたブログだ。私は小林さんの右派的な考えには賛同できないところが多々あるが、このブログには100%賛同する。小林さんはこう綴る。
『日本大学の宮川選手は責められない。あのように痛切に反省し、誤魔化しのない謝罪をしたことは評価できる。やったことは取り返しがつかないが、あの謝罪は彼の人生を歪ませずに済む。もともと正直な性格だったのだろう。たまたま指導者が悪質過ぎた。これが子供の頃から平然と嘘つくような人間は、大人になり、年季を重ねてくると、あまりにも平然と嘘をつく人格になる。日大の指導者たちはもちろんその種の嘘つきだが、一国の首相にも「平然嘘つき」がいる。安倍晋三くんは子供の頃に「宿題やったか」と聞かれて、まったく手をつけてないにも関わらず、「うん、済んだ」と平然と答える性格だったらしい。ウソがバレて、学校側から1週間でさらに別の宿題を罰として出されても、本人がやらず、安倍の養育係だった女性が代わりにやってあげていたという。いやはや実に伸び伸びと嘘つきに成長してしまったのだ。道徳の教科書に載せたらどうだろう?「正直宮川くんと嘘つき安倍くん」という題で』
宮川泰介君の昨日の記者会見をテレビで拝見しているうちに、私の目に熱いものがこみ上げてきた。「「僕がアメリカンフットボールを続けていく権利はないと思ってますし、この先、アメリカンフットボールをやるつもりはありません。今のところ、何をしていくべきかもわからない」。率直に自分が犯した、取り返しがつかない行為を認めた。内田元監督、安倍首相、柳瀬唯夫・元首相秘書官らが決してできないことを、この20歳の若者がやってのけた。責任の取り方を大人に示したのだ。封建時代の武士が切腹したのと同じであり、現在的に言えば、好きだったアメフトを辞める決意をして責任をとったことになる。
それにしても内田正人前監督ら日大首脳部は20歳になったばかりの青年を矢面に立たせて彼の後に隠れ、既得権を守ることに汲々としている。内田氏の自己保身は明らかだ。
「潰してこい」という言葉に監督、コーチと宮川君の間に乖離があった、とこの時に至っても日大と日大アメフト部は主張する。宮川君の会見後、日大はいったんは今までの見解を否定しながら、4時間後に元の路線を踏襲し、いぜんとして「乖離」があると言い続けている。
宮川君によれば、井上コーチから、「相手のクォーターバックとは知り合いなのか」「関学との定期戦がなくなってもいいだろう」「相手のクォーターバックがケガをして、秋の試合に出られなかったら、こっちの得だろう。これは本当にやらなくてはいけないぞ」と念をおされたという。
内田監督は「宮川なんかはやる気があるのかないのかわからないので、そういうヤツは試合に出さない。辞めていい」と言い放ち、井上コーチからは「お前が変わらない限り、練習にも試合にも出さない」と話したという。
宮川君の話は詳細でありかつ具体的だった。そして監督やコーチの責任にせず、理不尽な命令を跳ね返せるだけの強じんな気持ちがなかったと反省し、自分が悪いと話す。「監督、コーチからの指示に自分で判断できなかった。自分の弱さだと思っています」
私はこの若者に、日本人がすでに遠い昔に失ってしまった武士道を感じ、抱きしめたい衝動に駆られた。20世紀の偉大な宰相ウィンストン・チャーチルは「すべての人間は自分が試される重大な時局に立ち至ったとき、どう行動するかで評価が決まる。そんなとき、勇気を振り絞るのだ。勇気こそ人間の資質の中で最初に挙げられる素晴らしい価値だ。なぜ?それは、いままで言われてきたことだが、ほかの資質すべてを担保するからだ」と明確に述べている。
宮川君はチャーチル精神を見事に体現した。立派だった。彼のした危険きわまりない、スポーツのルールを逸脱した行為は決して許されない。宮川君が批判されて当然だ。しかし彼はそれを十分自覚し「アメフトをする資格がないし、するつもりもない」と責任をとった。そしてけがをした関西学院の選手とご両親に、神戸まで足を運び謝罪した。
記者が今回の事件でどんな教訓を得たかとの質問に「正しくないことを拒絶する強い気持ちを持たなければならないと思いました」と語った。
宮川君は記者会見で、60歳をすぎている日大常務理事の内田氏(前監督)と一国の宰相、安倍晋三氏に教えている。本来は彼らが教えなければならないのに。本末転倒だ。内田氏は自己保身に走り、安倍首相は、愛媛県から新資料で出てきても、なお友人の加計学園理事長に2015年2月に会わなかったと言い張る。初めて会ったのは2017年冬だと主張する。根拠が崩れているのに。そして柳瀬唯夫・元首相秘書官は宮川君が持っている勇気がないため真実を話すこともなく、ただただ首相をかばうばかりだ。要するに大の大人3人は真実に向き合おうとする勇気がないのだ。
宮川君の会見は日本の若者の良心がいまだ健在なのを示している。チャーチルはこう話す。「歴史はまたたくランプのように過去の痕跡を照らし、過ぎ去った人々の心の拠り所を明かしています。人間にとって最も価値あるものは何でしょうか。それは良心だけです。(過去を振り返り自分を正当化できる)唯一の追憶の盾は自分の行動に対する正直さと誠実さです。この盾を持たずに人生を歩むことほど軽率なことはない」
宮川君はこの盾をしっかりと抱いて人生を進んでいる。宮川君が今から半世紀して老齢を迎え、過去を振り返ったとき、この記者会見は追憶の盾を持っていた証となるだろう。この盾を持ち続け、名誉の隊列を進んでほしい。「この盾を持つ以外に選択肢はないのです」と話した20世紀の大宰相チャーチルは、生きていれば、宮川君に「あっぱれ」と賞賛するだろう。
追伸:あす日大アメフト部は再度関西学院アメフト部に回答する。今までと同じ内容に思えるが、もし内田氏を守るために、今回は井上コーチに責任をかぶせないことを願う。もし私の杞憂が現実となるのなら、これは言語道断の行為であり、日大No2の内田氏は永遠に浮かばれないだろう。
『日本大学の宮川選手は責められない。あのように痛切に反省し、誤魔化しのない謝罪をしたことは評価できる。やったことは取り返しがつかないが、あの謝罪は彼の人生を歪ませずに済む。もともと正直な性格だったのだろう。たまたま指導者が悪質過ぎた。これが子供の頃から平然と嘘つくような人間は、大人になり、年季を重ねてくると、あまりにも平然と嘘をつく人格になる。日大の指導者たちはもちろんその種の嘘つきだが、一国の首相にも「平然嘘つき」がいる。安倍晋三くんは子供の頃に「宿題やったか」と聞かれて、まったく手をつけてないにも関わらず、「うん、済んだ」と平然と答える性格だったらしい。ウソがバレて、学校側から1週間でさらに別の宿題を罰として出されても、本人がやらず、安倍の養育係だった女性が代わりにやってあげていたという。いやはや実に伸び伸びと嘘つきに成長してしまったのだ。道徳の教科書に載せたらどうだろう?「正直宮川くんと嘘つき安倍くん」という題で』
宮川泰介君の昨日の記者会見をテレビで拝見しているうちに、私の目に熱いものがこみ上げてきた。「「僕がアメリカンフットボールを続けていく権利はないと思ってますし、この先、アメリカンフットボールをやるつもりはありません。今のところ、何をしていくべきかもわからない」。率直に自分が犯した、取り返しがつかない行為を認めた。内田元監督、安倍首相、柳瀬唯夫・元首相秘書官らが決してできないことを、この20歳の若者がやってのけた。責任の取り方を大人に示したのだ。封建時代の武士が切腹したのと同じであり、現在的に言えば、好きだったアメフトを辞める決意をして責任をとったことになる。
それにしても内田正人前監督ら日大首脳部は20歳になったばかりの青年を矢面に立たせて彼の後に隠れ、既得権を守ることに汲々としている。内田氏の自己保身は明らかだ。
「潰してこい」という言葉に監督、コーチと宮川君の間に乖離があった、とこの時に至っても日大と日大アメフト部は主張する。宮川君の会見後、日大はいったんは今までの見解を否定しながら、4時間後に元の路線を踏襲し、いぜんとして「乖離」があると言い続けている。
宮川君によれば、井上コーチから、「相手のクォーターバックとは知り合いなのか」「関学との定期戦がなくなってもいいだろう」「相手のクォーターバックがケガをして、秋の試合に出られなかったら、こっちの得だろう。これは本当にやらなくてはいけないぞ」と念をおされたという。
内田監督は「宮川なんかはやる気があるのかないのかわからないので、そういうヤツは試合に出さない。辞めていい」と言い放ち、井上コーチからは「お前が変わらない限り、練習にも試合にも出さない」と話したという。
宮川君の話は詳細でありかつ具体的だった。そして監督やコーチの責任にせず、理不尽な命令を跳ね返せるだけの強じんな気持ちがなかったと反省し、自分が悪いと話す。「監督、コーチからの指示に自分で判断できなかった。自分の弱さだと思っています」
私はこの若者に、日本人がすでに遠い昔に失ってしまった武士道を感じ、抱きしめたい衝動に駆られた。20世紀の偉大な宰相ウィンストン・チャーチルは「すべての人間は自分が試される重大な時局に立ち至ったとき、どう行動するかで評価が決まる。そんなとき、勇気を振り絞るのだ。勇気こそ人間の資質の中で最初に挙げられる素晴らしい価値だ。なぜ?それは、いままで言われてきたことだが、ほかの資質すべてを担保するからだ」と明確に述べている。
宮川君はチャーチル精神を見事に体現した。立派だった。彼のした危険きわまりない、スポーツのルールを逸脱した行為は決して許されない。宮川君が批判されて当然だ。しかし彼はそれを十分自覚し「アメフトをする資格がないし、するつもりもない」と責任をとった。そしてけがをした関西学院の選手とご両親に、神戸まで足を運び謝罪した。
記者が今回の事件でどんな教訓を得たかとの質問に「正しくないことを拒絶する強い気持ちを持たなければならないと思いました」と語った。
宮川君は記者会見で、60歳をすぎている日大常務理事の内田氏(前監督)と一国の宰相、安倍晋三氏に教えている。本来は彼らが教えなければならないのに。本末転倒だ。内田氏は自己保身に走り、安倍首相は、愛媛県から新資料で出てきても、なお友人の加計学園理事長に2015年2月に会わなかったと言い張る。初めて会ったのは2017年冬だと主張する。根拠が崩れているのに。そして柳瀬唯夫・元首相秘書官は宮川君が持っている勇気がないため真実を話すこともなく、ただただ首相をかばうばかりだ。要するに大の大人3人は真実に向き合おうとする勇気がないのだ。
宮川君の会見は日本の若者の良心がいまだ健在なのを示している。チャーチルはこう話す。「歴史はまたたくランプのように過去の痕跡を照らし、過ぎ去った人々の心の拠り所を明かしています。人間にとって最も価値あるものは何でしょうか。それは良心だけです。(過去を振り返り自分を正当化できる)唯一の追憶の盾は自分の行動に対する正直さと誠実さです。この盾を持たずに人生を歩むことほど軽率なことはない」
宮川君はこの盾をしっかりと抱いて人生を進んでいる。宮川君が今から半世紀して老齢を迎え、過去を振り返ったとき、この記者会見は追憶の盾を持っていた証となるだろう。この盾を持ち続け、名誉の隊列を進んでほしい。「この盾を持つ以外に選択肢はないのです」と話した20世紀の大宰相チャーチルは、生きていれば、宮川君に「あっぱれ」と賞賛するだろう。
追伸:あす日大アメフト部は再度関西学院アメフト部に回答する。今までと同じ内容に思えるが、もし内田氏を守るために、今回は井上コーチに責任をかぶせないことを願う。もし私の杞憂が現実となるのなら、これは言語道断の行為であり、日大No2の内田氏は永遠に浮かばれないだろう。