原子力機構 大丈夫なの? 作業員被爆事故でも「常陽」再稼働申請(2017年6月23日中日新聞)

2017-06-23 08:19:51 | 桜ヶ丘9条の会
原子力機構、大丈夫なの? 作業員被ばく事故でも「常陽」再稼働申請 

2017/6/23 中日新聞

 作業員被ばく事故が今月発生した日本原子力研究開発機構(原子力機構)の「大洗研究開発センター」(茨城県大洗町)は、事故後の説明が二転三転するなどずさんな対応にも問題があるが、そもそもプルトニウムの保管体制がなっていなかった。そんな原子力機構が、このセンターにある高速実験炉「常陽」を再び運転させることを計画している。事故を起こさないと約束できるのか。

 作業員五人のプルトニウム238と239、アメリシウム241による内部被ばくが十九日に公表された。それらの排出を促す治療をするため、五人は量子科学技術研究開発機構の放射線医学総合研究所(放医研)に再入院した。

 放射性物質であるプルトニウム239の半減期(量が半分に減るまでの期間)は二万四千年。放射されるアルファ線は透過力が弱く、服を着ていれば、体外から浴びる外部被ばくはあまり問題にならないが、放射性物質が体内に入る内部被ばくは状況が異なる。アルファ線が細胞に当たり続け、量がわずかでもがん発症などのリスクが高まる。

 ちなみに、プルトニウム238の半減期は約八十八年、アメリシウム241の半減期は四百三十二年。ともにアルファ線を出す。

 事故は六日朝に起きた。作業員が点検のためステンレス容器を開けると、中のビニール袋が破裂し、プルトニウム粉末などが飛び散った。原子力機構は当初、「検査で、五十代の作業員の肺から二万二〇〇〇ベクレルのプルトニウム239が検出された」と発表した。

 人体への影響を示すシーベルトに換算すると、年間一・二シーベルトを浴びる計算になる。通常、空間放射線量の測定値で使う「マイクロ」の単位で換算すると、一二〇万マイクロシーベルトにもなる。

■不完全だった除染

 原子力機構によると、事故後、作業員らはシャワーで体を洗った。その後、専門職員が五十代の作業員の鼻から二四ベクレルを測定した。そのため、原子力機構の核燃料サイクル工学研究所(同県東海村)で、さらに検査をした。

 プルトニウム239は、アルファ線のほか、透過力の強い別の放射線も出す。体外からその数値を測定し、アルファ線を推計する「肺モニタ測定」をしたところ、二万ベクレル超を検出した。

 この検査に問題があったようだ。原子力機構報道課の担当者は「作業員一人は別の職員が背中を流したが、ほかは一人でシャワーを使った。洗い方が十分でなく、体表面に放射性物質が残り、肺モニタ測定の数値につながったのかもしれない」と説明する。

 だが、翌七日、放医研に移って検査をしたら、肺からの検出はなかった。どうやら、最初のシャワーによる「除染」が不完全だったようだ。

 内部被ばくに詳しい矢ケ崎克馬・琉球大名誉教授は「機構は、プルトニウムの容器を無防備に等しい状況で作業員に開封させ、十分な除染も施さなかった。放射性物質を取り扱う規範意識に欠け、人命軽視も甚だしい」と話している。

 今回の事故が起きた燃料研究棟は、もともと高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の新型燃料の研究開発をしていた。プルトニウムなどの入ったステンレス容器が大量に保管されていて、それらの容器が保管庫に入りきらないため、密閉された作業場の「グローブボックス」にも百一点が置かれていた。

 昨年十一月、原子力規制委員会は、このずさんな保管状況の改善を求めた。原子力機構は、中身をまとめて保管庫に納めることを決め、二月から容器を開けて内容量を確認していた。

 今回、中の袋が破裂した容器は二十六年間、一度も開けたことがなかった。容器内の物質が放射線で分解されてガスが発生し、袋が破裂した可能性が大きい。

 実は、原子力機構は二〇〇四年に別の施設で、同様の容器内のビニール袋の膨張を確認している。この情報は現場レベルでは共有されていなかったのか。内部被ばくをした作業員は作業前の点検で、「爆発・破裂・飛散のおそれはあるか」の項目に「該当しない」と印を付けていた。

 作業員に全面マスクを着けさせていれば、被害を小さくできたが、着用していたのは半面マスク。これについて担当者は「作業要領に従った」とマニュアル通りを強調した。

■過去の教訓どこへ

 事故の原因は、二週間たっても「調査中」ばかり。二十一日に立ち入り検査をした原子力規制委の田中俊一委員長は記者会見で「機構は原子力利用の模範生であるべきなのに、逆になっている」と指摘した。

 原子力機構の前身の一つ、動力炉・核燃料開発事業団は一九九五年、もんじゅがナトリウム漏れを引き起こした上、事故隠しが問題となった。九七年には、東海再処理施設(茨城県東海村)で火災、爆発が発生し、約三十人が被ばくした。二〇〇五年に原子力機構に再編されて以降も、もんじゅの点検漏れや、加速器実験施設「J-PARC」(同)で約三十人の内部被ばく事故を起こした。

 事故のたびに、安全意識の欠如を認め、改革に向けた決意を表明してきたが、一向に改まらない。今年三月、大洗研究開発センターにある高速実験炉「常陽」の再稼働を申請したが、原子力規制委が適合性審査を保留したのも当然だろう。

 原子力資料情報室の伴英幸共同代表は「放射性廃棄物をきちんと管理しようという姿勢がまったく感じられない」と批判する。「何度も事故を起こしながら改善しないのは、構造的に組織疲労を起こしている証拠だ。こんな組織が常陽を再稼働させれば、また事故が起きる。もはや解体した方がいい」

 (池田悌一、三沢典丈)

太田元知事を偲んで 沖縄あす慰霊の日(2017年6月22日中日新聞)

2017-06-22 08:31:41 | 桜ヶ丘9条の会
大田元知事を偲んで 沖縄あす慰霊の日 

2017/6/22 中日新聞
 沖縄県の大田昌秀元知事が亡くなりました。鉄血勤皇隊として激烈な沖縄戦を体験し、戦後は一貫して平和を希求した生涯でした。沖縄はあす慰霊の日。

 人懐っこい笑顔の中に、不屈の闘志を感じさせる生涯でした。

 今月十二日、九十二歳の誕生日当日に亡くなった大田さん。琉球大学教授を経て一九九〇年から沖縄県知事を八年間、二〇〇一年から参院議員を六年間務めました。

 ジャーナリズム研究の学者として沖縄戦の実相究明に取り組み、知事時代には「絶対に二度と同じ悲劇を繰り返させてはならない」との決意から、平和行政を県政運営の柱に位置付けます。

「平和の使徒」として

 敵味方や国籍を問わず戦没者の名前を刻んだ「平和の礎(いしじ)」を建立し、沖縄県に集中する在日米軍基地の撤去も訴えました。

 「全ての人々に、戦争の愚かさや平和の尊さを認識させるために生涯を送った『平和の使徒』だった」。長年親交のあった比嘉幹郎元県副知事は告別式の弔辞で、大田さんの生涯を振り返りました。

 大田さんはなぜ、学者として、そして政治家として一貫して平和の大切さを訴えたのでしょうか。

 その原点は、大田さんが「鉄血勤皇隊」として、凄惨(せいさん)な沖縄戦を体験したことにあります。

 太平洋戦争末期、沖縄県は日本国内で唯一、住民を巻き込んだ大規模な地上戦の舞台と化します。当時、四十万県民の三分の一が亡くなったとされる激烈な戦闘でした。

 鉄血勤皇隊は、兵力不足を補うために沖縄県内の師範学校や中学校から駆り出された男子学徒らで編成された学徒隊です。

 旧日本軍部隊に学校ごとに配属され、通信、情報伝達などの業務のほか、戦闘も命じられました。女子学徒も看護要員として動員され、学校別に「ひめゆり学徒隊」などと呼ばれます。

醜さの極致の戦場で

 沖縄県の資料によると、生徒と教師の男女合わせて千九百八十七人が動員され、千十八人が亡くなりました。動員された半数以上が犠牲を強いられたのです。

 沖縄師範学校二年に在学していた大田さんも鉄血勤皇隊の一員として動員され、沖縄守備軍の情報宣伝部隊に配属されました。大本営発表や戦況を地下壕(ごう)に潜む兵士や住民に知らせる役割です。

 当初は首里が拠点でしたが、後に「鉄の暴風」と呼ばれる米軍の激しい空襲や艦砲射撃による戦況の悪化とともに本島南部へと追い詰められます。そこで見たのは凄惨な戦場の光景でした。

 最後の編著となった「鉄血勤皇隊」(高文研)にこう記します。

 「いくつもの地獄を同時に一個所に集めたかのような、悲惨極まる沖縄戦」で「無数の学友たちが人生の蕾(つぼみ)のままあたら尊い命を無残に戦野で奪い去られてしまう姿を目撃した」と。

 多くの住民が戦場をさまよい、追い詰められ、命を落とす。味方であるべき日本兵が、住民を壕から追い出し、食料を奪う。

 「沖縄戦は、戦争の醜さの極致だ」。大田さんが自著の中で繰り返し引用する、米紙ニューヨーク・タイムズの従軍記者ハンソン・ボールドウィンの言葉です。

 その沖縄戦は七十二年前のあす二十三日、日本軍による組織的な戦闘の終結で終わります。大田さんも米軍の捕虜となりました。

 戦後、大学教授から県知事となった大田さんが強く訴えたのが沖縄からの米軍基地撤去です。

 背景には「軍隊は住民を守らない」という沖縄戦からの教訓に加え、なぜ沖縄だけが過重な基地負担を強いられているのか、という問い掛けがあります。

 沖縄県には今もなお、在日米軍専用施設の約70%が集中しています。事故や騒音、米兵による事件や事故は後を絶ちません。基地周辺の住民にとっては、平穏な暮らしを脅かす存在です。

 七二年の本土復帰後を見ても、本土の米軍施設は60%縮小されましたが、沖縄では35%。日米安全保障条約体制による恩恵を受けながら、その負担は沖縄県民により多く押し付ける構図です。

進まぬ米軍基地縮小

 九五年の少女暴行事件を契機に合意された米軍普天間飛行場の返還でも、県外移設を求める県民の声は安倍政権によって封殺され、県内移設が強行されています。

 そこにあるのは、沖縄県民の苦悩をくみとろうとしない政権と、それを選挙で支える私たち有権者の姿です。大田さんはそれを「醜い日本人」と断じました。

 耳の痛い話ですが、沖縄からの異議申し立てに、私たちは誠実に答えているでしょうか。

 慰霊の日に当たり、大田さんを偲(しの)ぶとともに、その問い掛けへの答えを、私たち全員で探さねばならないと思うのです。

内閣支持率急落 国民の怒りを侮るな(2017年6月20日中日新聞)

2017-06-20 08:56:47 | 桜ヶ丘9条の会
内閣支持率急落 国民の怒りを侮るな 

2017/6/20 中日新聞
 内閣支持率が急落した。「共謀罪」法の成立を急いだ強引な国会運営や、学校法人「森友」「加計」両学園の問題に対する国民の怒りの表れにほかならない。安倍政権は、侮ってはいけない。

 安倍晋三首相の記者会見で表明した「率直な反省」が、内閣支持率急落の深刻さを物語る。

 通常国会閉会にあたって報道各社が行った世論調査の結果が出そろった。共同通信社の全国電話世論調査では、内閣支持率は44・9%と、五月の前回に比べて10・5ポイントの急落である。

 調査主体にかかわらず、傾向に変わりはない。政権不信がより高まったとみて間違いないだろう。

 内閣支持率が、なぜここに来て急落したのか。その理由の一つは強引な国会運営である。

 安倍政権がテロ対策に必要と主張した改正組織犯罪処罰法は「共謀罪」の趣旨を盛り込み、一般市民の内心に踏み込んで処罰する危うい内容と指摘される。

 懸念が払拭(ふっしょく)されていないにもかかわらず与党は参院法務委員会での審議を打ち切り、本会議で直接採決する「中間報告」というやり方で成立を強行した。

 共同通信の調査では、委員会採決の省略について67・7%が「よくなかった」と答えた。

 首相は会見で「国会での審議、指摘を踏まえながら適正に運用する」と述べたが、強引な国会運営を反省するのはもちろん、改正法の危険性を深く認識して、審議をやり直すべきではないか。

 もう一つの理由は「森友」への国有地払い下げや「加計」の獣医学部新設計画で、公平・公正であるべき行政判断が「首相の意向」や忖度(そんたく)によって歪(ゆが)められたとの疑いが払拭されないことである。

 「加計」をめぐる政府の説明には73・8%が「納得できない」と答え、「森友」の問題でも、安倍政権に「問題があると思う」は57・1%と半数を超えた。

 首相は会見で「真摯(しんし)に説明責任を果たしていく。国民から信頼が得られるよう丁寧に説明する努力を積み重ねていく」と述べたが、首相と近しい人ばかりが優遇される政権の在り方への不信の根深さを、世論調査は物語る。

 安倍内閣を支持する理由で最も多いのは「ほかに適当な人がいない」の46・1%だ。

 なお40%を超える支持率も内実は消極的理由にすぎない。国会や政権の運営を強引に進めても、これからも国民が大目に見てくれると思ったら見当違い、である。
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「共謀罪」277種、不可解な線引き  

2017-06-20 08:45:09 | 桜ヶ丘9条の会
「共謀罪」277種、不可解な線引き 

2017/6/20 中日新聞

 国民の理解を置き去りにしたまま「共謀罪」法が成立した。取り残された疑問は多いが、とりわけ対象犯罪の「線引き」の不可解さは深刻だ。金融商品取引法などビジネス関連の法律が含まれ、経済界に懸念がひろがる一方、政治資金規正法などは原案から削除された。恣意(しい)的な「線引き」との疑念はぬぐえていない。改めて問う。この法律は本当に必要なのか。

 「なぜ、財界や業界の団体が『共謀罪』法に反対しないのか、理解できない」と企業法務に詳しい武井由起子弁護士(50)は、ため息をついた。「『組織犯罪とは無縁』と考えているのだろうが、解釈一つで企業活動が共謀罪に問われる可能性がある。恣意的な運用をされたら、誰もが犯罪者とされてしまう危険性に気づくべきです」

 商社に勤務経験がある武井さんが問題視するのは、「共謀罪」法にある二百七十七の処罰対象に、会社法、金融商品取引法や法人税法、不正競争防止法など企業活動に直接、関わる法律が含まれていることだ。

 企業は利益の最大化を優先する。もちろん合法活動が大前提だが、悪意なしにうっかりと違法行為を想定してしまうケースはある。例えば、ある企業が新規事業を立ち上げるとする。暫定的にまとめた計画で、製品の輸出先にある国を見込む。ところが、その国には輸出規制があった。違法と気づいて計画を修正しても、その前の計画段階で罪に問われる可能性がある。国境をまたぐ経済取引を管理する外為法も対象となっているためだ。

 新商品の開発でも、計画段階ではさまざまな提案があり、その中には法的に問題のある提案が含まれることもある。法的適否を問わずに、自由な発想から新たな創造は生まれるものだが、これも計画段階で罪になりかねない。

 そもそも、ビジネスの現場で合法、違法の線引きは難しい。投資におけるインサイダー取引にしても、定義は曖昧だ。違法となる関係者とはどこまでなのか、株価に影響する重要情報とはどのレベルまでなのか、それぞれ個別に検討が必要だし、専門家によっても見解は異なる。

 「どの企業も節税はやっているが、脱税との線引きは難しい。海外進出するとして、税制面や管理方法を巡って現地法人をつくるかどうかといった、活発な議論もできなくなる」

 「共謀罪」法の怖さは、運用に、ほとんど歯止めがないことだ。「準備行為」なしには処罰はないとされるが、何が「準備行為」に該当するか不明確。場合によっては、脱税が疑われる税務申告の原案を作成しただけで準備行為とされかねない。

 政府は「通常の経済活動は対象にならない」と説明してきたが、「一般人」を対象外とする説明同様、拡大解釈の懸念はぬぐえていない。

 「いつ、誰が虎の尾を踏むか、分からない怖さがある。当局の気に入らない企業がターゲットになりかねない」

 そうなると、微妙なグレーゾーンに抵触しそうな提案を排除していくのが企業心理だ。「法的に不適切な行為を、何げなく口に出せば罪につながりかねない法が施行されれば、健全な経済活動ができるはずがない。自由な経済活動が萎縮する」と武井さんは懸念する。

◆政治資金規正法、職権乱用…

 税務の現場からも懸念の声が相次いでいる。

 共謀罪法案に反対する意見書を出すべく準備していたのは、国の税理士らでつくる税制の研究団体「税経新人会全国協議会」(東京)。十五日朝に急転直下で成立した経緯に、副理事長の米沢達治税理士は「あまりに早くて驚いた」と絶句する。今後も、何らかの形で反対の意思を政府に伝えることを検討しているという。

 所得税法や法人税法などの違反も対象犯罪に含まれるが、米沢さんは「違法な脱税か法の範囲内の節税かは紙一重。節税の相談を受けることで、税理士が脱税計画の共謀相手ととられかねない」と危ぶむ。

 例えば、企業の役員報酬の解釈は判断が分かれやすい。いくらに設定するか明確な基準はなく、高く設定すれば「経費」が増え利益が減るため、利益にかかる法人税は減少する。節税なのか脱税なのか、これまでは申告後に国税庁などの税務調査を経て判断されてきたのが実情だ。役員報酬に限らず何を経費とみなすかの解釈は非常に難しい。

 税制研究団体「東京税財政研究センター」の副理事長で国税OBの小田川豊作税理士は「共謀罪が導入されれば、脱税捜査はがらりと変わるだろう」と指摘する。「税務署で勤務していた当時、会社をクビになった従業員が根拠もなく、勤務先の脱税をたれ込んでくることがあった。これまでなら、その企業の申告を受け、実際に不審な点がなければ捜査の対象にはならなかったが、計画段階を対象にする共謀罪では通報だけで踏み込むことができる。商売敵をつぶすために通報が悪用されることすら考えられる」と指摘する。加えて「所得税法も含まれているので、企業だけではなくほとんどの国民にとっても無関係ではない」と危ぶむ。

 しかし、これらのどこがテロ対策なのか。

 政府は対象犯罪を原案の六百七十六から二百七十七に絞ったと強調するが、その選び方は不可解だ。

 京都大の高山佳奈子教授(刑事法)は「そもそも原案は過失犯など、共謀できないものも含まれていて論理的に問題は多かった。でも二百七十七にした線引きもおかしい」と指摘する。

 共謀罪導入の理由として、政府は国際組織犯罪防止条約を締結するのが「立法事実」(法を必要とする根拠)と繰り返してきた。だが、この条約はマフィアの資金洗浄など経済犯罪を取り締まるのが目的だ。本来、テロは関係ない。

 高山さんは「条約はマフィア対策として、公権力の腐敗も取り締まり対象にしている。でも、今回成立した法は、公権力の私物化を防ぐような政治資金規正法の犯罪や特別公務員職権乱用罪などを除外している。会社法や金融商品取引法なども対象になっているが、不正に財産利益を得るような商業賄賂罪などは全部除外されている。条約締結のために本当に必要と言うなら賄賂罪が入っていないとおかしい」と説明する。

 税法についても、所得税法などは対象だが、大企業が主に関係する石油石炭税や航空機燃料税などは含まれていない。「個人の犯罪を対象にしておいて、組織的にしか行えないような犯罪を除外するのは筋が通らない」

 実際、野党側からは、条約の趣旨に沿って精査するなら、二百七十七もの犯罪を共謀罪の対象にするまでもなく、組織的人身売買とオレオレ詐欺のような組織的詐欺の予備罪を二つ加えればすむとの対案も出ていた。高山さんは「条約とは、全く別の考え方で作られたからこうなる。自分たちが対象になりたくない政治家が、恣意的に選別したとみられても仕方がない」と批判する。

 多くの疑問を残したまま共謀罪が作られた今、お互いに疑心暗鬼を生じる監視社会を危ぶむ声は高まる。前出の武井さんは訴える。「今、すぐに社会の変化を感じられなくとも、歴史を振り返れば、私たちが『まさか』と思うようなことを権力者はやってきた。それでも萎縮せずに行動し、声を上げ続けることが被害を最小化する。共謀罪の暴走を監視していくしかない」

 (鈴木伸幸、木村留美、中山洋子)

立法府の危機を憂う 週のはじめに考える(2017年6月18日中日新聞)

2017-06-18 09:52:09 | 桜ヶ丘9条の会
立法府の危機を憂う 週のはじめに考える 

2017/6/18 中日新聞
 通常国会が、きょう閉会します。国民の暮らしのために建設的で活発な議論を行うべし、との期待はむなしく、浮き彫りになったのは立法府の危機です。

 国会終盤、与党側は驚くような挙に出ました。改正組織犯罪処罰法を会期内に成立させるため、参院法務委員会での採決を省いて、本会議で直接、可決、成立させる「中間報告」という手法です。

 国会法にある手続きで、過去にも例はありますが、今回のように与党(公明党)議員が委員長を務める場合では極めて異例です。

政府の下請け機関か


 この改正法は、犯罪を計画段階から処罰する「共謀罪」の趣旨を含み、罪を犯した「既遂」後に処罰する日本の刑事法の原則を根底から覆す内容の重要な法律です。

 官憲が善良な人々の内心に踏み込んで処罰し、人権を著しく侵害した戦前、戦中の治安維持法の復活との懸念も指摘されました。

 審議には慎重を期して、懸念が解消されない限り、廃案にすることも国会には必要でした。

 しかし、印象に残ったのは安倍晋三首相の「一強」の下、政府の言い分に唯々諾々と従う、下請け機関のような国会の姿です。

 国会議員から首相を選ぶ議院内閣制ですから、首相の意向を与党議員がある程度、尊重するのはあり得るとしても、度が過ぎれば三権分立は骨抜きになります。

 国会は国権の最高機関であり、国の唯一の立法機関です。国会の決定に首相が従うことこそ、あるべき姿であり、憲法で権力を律する立憲主義なのです。

 首相はかつて行政府の長でありながら「私は立法府の長」と言い放ったことがありましたが、この国会でも、まるで首相や政府が国会を支配するかのような、不可解な国会運営が散見されました。

 その典型例が、先に述べた「共謀罪」法案の中間報告なのです。

国政調査の責任放棄


 この手法は野党の委員長が法案の採決を強硬に拒んだ場合や、本会議で直接、採決した方が適切な場合に、やむを得ず採られるのが通例です。国会法も「特に必要があるとき」と定めています。

 委員会での審議を打ち切り、議会としての責任を放棄するようなこうしたやり方に、与党側はなぜ踏み切ったのでしょう。立法府の自殺行為になるとの危機感が欠如していたのではないか。

 そもそも、金田勝年法相の不誠実な答弁を国会が延々と許してきたことも、理解に苦しみます。

 法務行政のトップがまともに答弁できないような法案が、なぜ国会を通ってしまうのか。ましてや人々の内心にまで踏み込んで処罰する恐れのある法案です。

 政府がいくら必要だと主張しても、国民の懸念が解消されなければ、突っぱねるのが立法府の責任のはずです。それとも与党には国民の懸念が届いていないのか、届いていても無視しているのか。

 二つの学校法人をめぐる問題も同様です。「森友学園」に対する格安での国有地売却問題と、「加計学園」による愛媛県今治市での獣医学部新設問題です。

 いずれの学園も、首相や昭恵夫人との親密な関係が明らかになっています。国有地売却や学部新設という、公平・公正であるべき行政判断に「首相の意向」が反映されたのか否かが問われています。

 国政調査権を有する国会には真相を徹底的に究明する責任があります。それが国民の期待です。

 野党の政府追及は当然ですが、与党側から真相を究明しようという意欲が伝わってこないのは、どうしてでしょう。

 そこに安倍官邸への配慮があるとしたら、国政調査権の行使という国会としての責任を放棄し、国民に背を向けているとしか思えません。

 こうした状況は、安倍首相自身にも責任があります。

 国会の委員会で、二〇二〇年までに憲法九条を改正する考えを表明した真意を問われた首相は「読売新聞に書いてあるから、熟読していただきたい」と答弁を拒んだり、質問する野党議員に自席から「いいかげんなことを言うんじゃないよ」とやじを飛ばしたり。

首相の言動にも原因


 自民党総裁でもある首相が、野党を軽んじる言動を繰り返すからこそ、与党内で国会軽視の風潮がはびこるのでしょう。

 三権分立に反して、国会が政府の下請け機関となり、内閣提出法案をただ成立させるだけの採決マシンに堕してしまったら、立法府の危機です。国会は言論の府であることを忘れてはならない。

 そして、その国会に議員を送り出したのは有権者自身であることも、私たちは深く心に留めなければなりません。立法府が危機にひんしているとしたら、私たち有権者も、その責任から逃れることはできないのです。
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