OGUMA    日々軌 小熊廣美の日々新

規格外の書家を自認している遊墨民は、書は「諸」であるという覚悟で日々生きている。

気楽に綴らせていただきます。

口ずさむ

2012年03月07日 | 文化・芸術
昨夜は稽古のあと、一中さんの襲名20周年+襲名30周年記念演奏会で国立劇場へ。
一中節と常磐津の両方の名を持って、襲名50周年である。

明治になって、邦楽は抹殺され、西洋音楽のみが音楽であった。
絵画の方は、もともと音楽畑に配属された岡倉天心が絵画の方にすぐに配置転換となり、まずはイタリア人画家らを呼んだ明治政府だったが、その後の東京美術学校は逆にまず西洋画を置かず、日本画科を中心に設置、その後、天心の存在のもと横山大観などの活躍はよく知られていることだ。

世間一般では、邦楽は、未だに盛り返していないのかもしれない。が、今までの西洋崇拝の姿は根深いが徐々に消えていっているようにも思える。
そこで表れる現象は西洋っぽくみせる和であったりして、ネオ和ブームといっていいのか…。だいたいが、表面的であるのは、全体が似非大国日本であるからしかたない。

一中さんの覚悟は、いままであった精粋を引き継ぎ発展させることにある。そこが一目置くところである。
あらたに組織も立ち上げ、今回は立ち上げ公演であったともいえる。
先日のお話では、大きい所ではなく、小さな空間で音曲を聴いてもらいたいということで、老舗の料亭などの公演が多くなるようだ。おいしい料理も出て贅沢な時となるのか、庶民の私は縁遠くなりそうである。

私の生徒さんでもある驚異の80代半ばのおば様らと一緒に出掛けたのであるが、彼女は、シンディ・ローパーはチケット取り損ねたといい、ジャズのボイストレーニングもしているというが、一中節も習っている。
そこに現れたのが、最近よくここに登場の出口さんで、この方も一中節をならっている。
二人揃って共通しているのは「口ずさむのは一中節なんだよね」と。
そりゃまた粋だね。

日本人のリズムに合っているのかね、これだけ忙しくなっても。
お二人いわく、一中節は聴くものにあらず習うものだ、とは至言である。
江戸はいざ知らず平安の世などの会話は今の人より相当ゆっくりだったようだ。

昨日の国立劇場から今日は国立市へ。今日は平安の雅でも書くこととするか…。
趣味のない私が今聴いているのはモーツファルト。こりゃ東西である。


コメント
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