故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

さなさんー8

2014-12-18 20:59:15 | 短編小説

第八話 簡易ロープウェイ 

(昭和15年秋)
山の頂上付近にある大きな岩に穴をあけ、太い金具を打ち込み、
ふもとの岩にも同じように金具をつけてワイヤーを固定しました。
麓から山の中腹まで、簡易ロープウェイを作りました。
伊藤は、ロープウェイで機材を揚げさせました。ロープウェイの
動力は、海軍から調達したガソリン式の発動機でした。
発動機の始動のときは、重くて大きな羽根車を手で回しました。
爆発的な力が足りないときは逆回転の「けっちん」がきました。

大きな台風が西日本を直撃したときは、草木を大いに揺らしました。
風にあおられたロープウェイ用のワイヤーが大きな岩の間に食い込んで
しまいました。

「どうするかの、これじゃロープウェイも役にたたんわい。」
島の男達は見上げるばかりで、何もできませんでした。
村一番の乱暴者、忠が呼ばれました。

忠は、新任の女先生に道の途中で見つけた子蛇を見せて泣かせました。
かばんを先に窓の外に投げ出して、女先生の隙を見て窓を越えて悠々と
逃げるのでした。

夕方の暗くなりかけた山道を、山田のおじさんが急いで帰っていました。
人気のない茂った薄で見えない溜池のほうから、
静かに人を呼ぶ声がします。
「いや、出た。」
とおじさんは思いました。ひときわ高い天狗松に住む天狗が出たと
思いました。それにしても、細い声で呼ぶのは意外や子供の声でした。
おじさんは恐る恐る池に近づき、薄の陰から声のするほうを
うかがいました。忠が池の水面に顔を出して沈んでいます。
助け上げた忠は、縄で縛られて大きな重石がくくりつけられていました。
「どしたんなら。われ。」
と山田のおじさんは血相を変えて尋ねました。
あまりにもいたずらが過ぎる忠のために、忠の親父さんがした罰でした。

夜中に花を習いに行った近所のおばさんは、夜道を急いでいました。
防波堤にきちんとそろえた女物の下駄を見ました。
「誰かが、可愛そうにの。」
とつぶやきながら、墓場のある畑道を逃げるように登っていました。
墓石の蔭から誰かがのっそりと出てきました。酔っ払った忠でした。
驚いたおばさんは、泡を吹いて、腰を抜かしてしまいました。
忠がおぶって帰ってきました。

翌年から、忠の教室は2階になりました。
それでも樋を伝って、相変わらず逃げる忠でした。木刀を持った
教頭先生に追っかけられる忠は、島でも有名な困り者でした。
さなも木登りの手ほどきを受けたのは忠からでした。

「さな。手と足と全部で昇るんじゃけえの。ちいとずつど。」
乱暴者の忠は、さなには優しかったのでした
村長が、忠を呼び出したのは、忠は乱暴者だけど小さい頃から猿のように
身が軽い男だったからでした。
忠は軍手を重ねて巻いた手と地下足袋の足でワイヤーをたくみに
伝っていきました。足をからめワイヤーを揺すっています。
ワイヤーの高さは地上からゆうに10mもありました。
ワイヤーは岩の間に食い込んだまま動きません。
ワイヤー以外何もない空中での作業でした。忠は、岩に足をかけて
ワイヤーをはずしにかかっていました。忠は渾身の力を込めて岩と
格闘をしています。すでに一時間が過ぎました。
力尽きた忠は、仕方なく降りてきました。

 猿と呼ばれた男の挑戦

「忠でも、駄目かの。伊藤さんはどうするつもりかの。」
期待も大きかっただけに、見上げていた男達はがっかりしました。
これで、作業は大幅に遅れることになりました。

(つづく)


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