「大物の風格」というタイトルです。
落ち着いた感じの人です。
やる時は、力を発揮するタイプに見えます。
勝手に印象だけで判断しています。
頑張ってね。
出向先で、プロジェクトマネージャーをやり、大きな物件(製造プロセス)を
受注したことがあります。
その後、出向先から自社に帰り、同プロジェクトの建築を受注しました。
起工式で、客先の専務が、私の席が違うと部下に命令していました。
自社(建築担当)のプロジェクトマネージャー席に私は座ることになっていました。
二つの肩書を持ったまま、起工式に出席したのです。
「お前は、忍者」だと、酒席でさんざんいじめられました。
当時は、画期的な製造プロセスでした。
数年後には、そのプロセスがスタンダードになりました。
専務は、プロジェクトマネージャーの私に信頼を寄せてくれていました。
製造プロセスも建築も、並みいる先行他社を出し抜いて受注に成功しました。
この大型プロジェクト受注は、出向先の会社にとって大きな負担となりました。
プロジェクトマネージメント力において、力不足でした。
多くの問題を残して、スタッフが会社を去っていきました。
折もおり、自社は空前の不況にあえぐことになりリストラを敢行しました。
私も、リストラの対象(子会社へ転籍)になりました。
営業権のない子会社への転籍を嫌い、忍者としてもぐり込んだ出向先へ転職しました。
それから二年間、製造プロセスの不具合を改善し続けることになりました。
華のような受注劇が、おぞましい不良物件になったのです。
提案は優れていたが、こなし切れなかった。
親会社(外国)と交渉し続けました。
現場で改善し続けました。
親会社も支社(日本)も逃げませんでした。
昼も夜もクレーム処理に奔走する日々でした。
受注時のスタッフ達は一人も残っていませんでした。
すったもんだの二年後に、画期的なプロセスが、
なんとか輝くスタンダードとしてようやく認知されることになりました。
件の専務もこの大型物件を花道に引退されていました。
わずか三年間の苦労は、私にとって大きな糧になりました。
国の内外に多くの友人たちができました。
後の人生において、大きな財産となったのです。
「お前は忍者」というタイトルの経験でした。
凍る華 耐えて身震い いつか萌え
2017年3月9日