駄楽器駄日記(ドラム、パーカッション)

ロッキンローラーの打楽器日記

「PPF小林正嗣 追悼ライブ」レポ(1)

2008年06月30日 | ライブレポ
昨日は日曜日だというのに朝から仕事に行って、あまりの寝不足と疲労により昨夜は21:00過ぎには倒れるように眠ってしまいました。
そんなわけで2日ほど遅ればせながらですが、6月28日に豊橋「ハウス・オブ・クレイジー」で開催されたPPF小林さんの追悼ライブ・レポをお届けします。

言うまでもないけれど、今回の追悼ライブが無事、というより大盛況のうちに終えることができたのは、小林さんを見送ったPPFのメンバーおよび小林さんと関わりのあった数多くのミュージシャンたちの熱い思いと、当然ながら小林さんのご家族のご協力の結果だと思います。
特に、PPFのもう一人のギタリストとして、長年小林さんと共に演奏し続け、小林さんのプレイを誰よりも知り尽くしているタカヒロ氏の尽力がなくては、今回のライブは実現できなかったと思われます。
ライブが実際に終わるまでは、本当にご苦労されたでしょう。改めて慰労と感謝の気持ちを申し上げたいと思います。
お疲れさまでした。

それにしても、素晴らしいライブとなりました。
本当は、小林さんと関わりがあって彼を慕うミュージシャンだなんて、まだまだいくらでもいるのでしょうから、あのライブはまだまだ何度でもやらないといけないかもしれません。
まあ、それは次回の楽しみとして置いておく事としまして、今回のライブを振り返りましょう。

司会は円楽でも歌丸でもなくて、“サムシングニュー”石田先輩にお願いしました。
つか、本当はPPF側からオレにお願いされちゃったんですけど、人前で喋るなんてそれはあまりにも厳しい依頼(まるっきり罰ゲーム)でしたので、何とか別の方法はないだろうかと考えた挙句、「実は自分はパーカッションも叩けるんですぜ!」と猛アピールした結果、何とかバンドメンバーに参加させてもらうことに成功しました。へへへ。
石田先輩は快く引き受けてくださり、大した打ち合わせなどもしないままぶっつけで本番を迎えました。さすがフロントマンですわ。
結果これが大正解で、中学時代から小林さんを知っているという石田先輩の歯に衣着せぬベシャリが可笑しくもほろっときたりと、進行を上手くまとめてくださいました。

まず、最初のバンドは「トラフィック・ニュース」

リードヴォーカルの中神(あっちゃん)氏とは同い年で、25年以上前からの知り合いです。彼もまた小林さんとはいろいろな思い出があったようで、ステージでどんなことを話そうかとメモを持っていたようでしたけど、ステージではMCより演奏に気合が入っていたみたいで、ステージではあまり話はしませんでした。
バンド名が「チャック(しまらんバンド)」の頃から知っていましたが、あっちゃんの歌声は何年振りかなってぐらい久し振りでした。
しかし、すごく味が出ていいヴォーカリストになっていました。いい年齢の重ね方をしているようで、本当にいい演奏でした。
また、ドラムのシマちゃんこと島谷氏の個性あるプレイは今でも大好きで、何度でも見たいという気持ちを起こさせてもらいました。
8月にはハウス・オブ・クレイジーでライブも予定されているというし、是非また聴きに行きたいと思っています。

次の演奏は「タクロー」君です。

PPFと一緒にオープン・マイクで演奏した際、小林さんに気に入られたという彼ですが、実はその現場にはオレも客としていたんじゃないかな。
ちょっと垢抜けしていないファッション、今風じゃない見た目と実直そうなイメージ、力強い歌声と、頭の良さそうな曲作りが何となくアンバランスでもあり、好感が持てる。
何となく小林さんに気持ちが分かっちゃったりして。
それにしてもいい出来だった。2曲続けて歌って〆ようとした時、自然発生的にアンコールがかかった。
きっと小林さんも天国から「もっとやれー!」ってアンコールしていたのかな。

次は、今、最も売り出し中のバンド「ケンヤワンヤとザ・45」です。

小林さんの原点であるグループサウンズの一番美味しいところを絶妙なアレンジで聞かせた。
う~ん、ハンソク~!きっと小林さん天国で悔しがってたでしょう。
それにしてもこのバンド、豪華版ですね~。
何やらオヤジバンド系のコンテストで全国大会に出るみたいですぞ!
悔しいのでバンド演奏については詳しいレポは割愛します(笑)
それはそうと、メンバーそれぞれが小林さんと深い関わりがあります。
ギターの岡部氏はその昔、酔っ払って寝てしまった小林さんを背負っていつも自宅に送っていったという。う~む、深い!
バンマスのワンヤ(アッサー)は、音楽的にもそうだけど、特に小林さんのファッションセンスに昔から憧れていたそうだ。オシャレなんだよねどちらも共通して。
ケンヤはちっともオシャレじゃないけど洒落が効いてる。二人とも歌はばっちりだし、演奏もまとまって、どんどんいいバンドになっています。

次は、司会をしていただいた石田先輩率いる「石田BAND」です。

小林さんが大好きなグループサウンズを、生前最後に演奏したというバンドは石田氏とギターのコング木原氏とベースの山ちゃんだったといいます。ドラムも今回と同じく鈴木さんだったのかな。
今は閉めてしまった豊川の「俵屋」というライブハウスで、小林さんは思い切りG・Sを歌ったのだそうです。
小林さんの手書きのG・Sの譜面を、石田氏から見せてもらいました。
驚くほどマメに書いてある譜面。
「小林さんがこんなにマメだったなんて!」と叫んだら、石田氏は「そうだろう。オレもびっくりしたもん」だって(笑)
曲はぶっつけだったので2曲だけ。でも、それで充分でした(謎)ふふふ。。。
メンバーの笑顔が物語っています。

お次は「ラスタチルドレン」さん。

豊橋・豊川あたりのレゲエバンドの先駆けというくらい古いバンドです。
皆さんもオレと同じく昔と比べて年はとりましたけど、本当に音楽が好きなんですよね。いい顔して歌っていました。
小林さんとも深く交流のなる人たちでしょうけど、詳しくは自分は知りません。
ステージでも、思い出を語ったりすることはあまりなく、次々と軽やかなレゲエサウンドを聴かせてくれました。最後のシスコ・キッドは小林さんの十八番でもある曲。みんなで大合唱でした。

そして、「井上としなり&マジ&徳田健」の皆さんです。

細野さんのハープととしなりさんのデュオから始まり、一人1曲ずつ参加していくというスタイルで、渋く、そして熱く曲が演奏されました。
さすがにレベルが高くて、オレなんかが講釈たれることはできません。
素晴らしい。ワンダホ~でした。

さて、PPFの前のトリは「グロッキー」ですね。

ブルースバンドの大御所ですよ!
歓声というか野次というか外野が賑やかでしたが、それにも負けじと大音量のブルースを聴かせてくれました(笑)
演奏はモチロンしっかりしているので安心して聴いていられます。
やはり、小林さんの好きなブルースという“黒っぽい”音楽を愛する皆さんだけに、長年の経験というものはいい味を出しますね。楽しい演奏でした。
妙にラスタとメンバーが被ってしまって、ワケがわからなくなってましたけど。
それにしても、演奏しなかったら本当にただの酔っ払いにしか見えないのが難点でした。あ、ゴメンナサイ。先輩方に向かってそんなつもりじゃないっすけど、つい本音を。。。
ブルースという音楽って、元は黒人の苦労人による苦労人のための音楽ですよね。
だから、年をとって、しわくちゃになっても、苦労が顔ににじんでいても、それがかっこいい唯一の音楽でしょう。いつまでも万年青年のようなリッチなオヤジだったら、ハワイでヨットでも乗ってなよ。みたいな。
オッサンが、酔っ払ってブルースを歌う。これ原点ですよ。
小林さんも、若い頃から、(見た目もかっこよかったけど)酔っ払ってはブルースを歌っていたんでしょう。
きっと皆さん、その昔は小林さんと若気の至りで飲み尽くしたメンバーなんでしょうね。想像するだけでも楽しいかったです。
まだまだ、現役でやらなきゃいけませんね!

長くなってしまったので続きは次回へ!
コメント (2)
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