熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

初春大歌舞伎・・吉右衛門の『俊寛』

2007年01月10日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   新春の歌舞伎座は何となく華やいでいて中々雰囲気が良い。
   それに、最初の「松竹梅」から始まって、中々素晴らしい豪華な舞台が続いている。
   久しぶりの勘三郎と玉三郎の「喜撰」など楽しい舞台もあるが、やはり、どっしりとした重厚な「俊寛」と「勧進帳」が重心を占めていて魅せてくれる。

   近松門左衛門が「平家物語」から発想を得ながらどのような「平家女護島」の『俊寛』に脚色しているのか興味を感じながら、いつも歌舞伎や文楽の舞台を観ているのだが、赦免された流人を迎えに来る上使を悪人と善人に分解して登場させたり、実在しない丹波少将成経(東蔵)の妻・海女千鳥の登場させて話に奥行きを出している辺りは流石に人気劇作家だけあって面白い。

   俊寛を演じる吉右衛門は播磨屋のお家芸の一つだから流石に上手い。岩山に上って船を見送る俊寛は弟子の玉女が遣ったが、玉男の最後の俊寛の舞台を思い出しながら観ていた。
   吉右衛門は、今では流行らない犠牲の精神を示して人のために生きようとする清々しい人間らしさを観て欲しいと言っているが、この辺りが、近松の劇作の奥行きの深さであろうか。
   平家物語での鬼界が島での赦免の場では、丁度、自分の名前だけ赦免から外されているのを知って手を摺り合わせながら地面をのた打ち回って号泣する吉右衛門のあの姿どおりの、弱くて悲しい俊寛しか描かれていない。
   天をあふぎ、地に伏して泣きかなしめどもかひどなき、なのである。

   平家物語で、俊寛の性格について描かれた面白い描写がある。
   俊寛の祖父源大納言雅俊卿は、武門の人ではないが腹あしき(立腹しやすく短気な)人で、京極の自宅の前を人の通行を殆ど許さず中門にたたずんで歯を食いしばって怒っていた。その孫であるから、俊寛も僧ではあるが心もたけく、無意味な謀反に加担したのだと言うのである。
   他の二人は信仰厚く島に熊野権現を祭って拝んでいたが、僧である俊寛は一切無関心であった。また、二人の赦免の時も、少将にお前の父親故大納言成親のつまらぬ謀反のためにこうなったのだし、三人は配所も罪も同じじゃないかと激しく抗弁する。それに少将は重盛の縁戚なのだが、この平家物語も、実際には鹿の谷山荘は俊寛のものではないなど多くの虚構を含んでいるが、ここから俊寛像を知るのも面白い。

   近松の舞台では、重盛の意向により九州の備前の国まで帰参を許されていることになっているが、平家物語では、俊寛がせめて船に一緒に乗せて九国まででも帰してくれと訴えている。   
   この近松版では、第二の使者丹左衛門基康(富十郎)が重盛の意向を伝えて俊寛の乗船を許すが、平家物語では、確かに重盛が三人同時の赦免を願うが、清盛が「自分の取成しで一人前になったのに、こともあろうに自分の山荘鹿の谷で談合して良からぬことを図ったのは許せない」と言って断固拒否している。
   この山荘で、後白河法皇等と共に瓶子をひっくり返して平家が倒れると喜んで囃し立てて瓶子の首をもぎ取っては狂乱していたのであるか、それも当然で、赦免を望むこと自体が本来おこがましいと言うことである。
   
   ところで、哀れなのは、船が鬼界が島を離れようとする時の俊寛の「平家物語」の描写である。
   「船出すべし」と出帆の準備が始まると、俊寛は、船に乗りては下り、下りては乗り、一人決めの帰り支度を始める。
   とも綱解いて船押し出せば、俊寛は、綱にとりつき、腰になり、脇になり、たけの立つまで引かれ出で、たけの及ばずなりければ、「俊寛をよくも見捨てるのか。せめて九州まで。」とかきくどくが、都の使いが、船べりの手を引き離して漕ぎ出す。
   渚に上がって倒れ伏し、幼児が母を慕うように足摺して「連れて行け。乗せて行け。」おめきさけべども、漕ぎ行く船のならひとて、あとは白波ばかりなり。
   いまだ遠からぬ船なれども、涙にくれて見えざりければ、高きところに走りあがり、沖のかたをぞまねかれける。
   日が暮れても波に足を洗わせ夜露にぬれながらそのまま、粗末な臥所にも帰らず夜を明かしたのである。

   平家物語では、一人残された俊寛を、可愛がって召し使っていた童・有王が後年鬼界が島に会いに来るが、そこで俊寛は絶食して弥陀の名号を唱えながら息を引き取る。娘の話など「有王島下り」の段は、涙なしには読めない。
   
   ところで、平家物語の単純で向こう意気の強い自立的な俊寛が、近松の戯曲では、リアリズムから程遠い、慈悲深い長老的な人物として描かれている。
   吉右衛門は、鬼界が島と言う都から遠く離れた流罪地を舞台に借りながら、殆ど日常的に近い人間生活の愛憎・喜怒哀楽・人情の機微などを俊寛の逸話を紡ぎながら、大きな心の葛藤と起伏を極めてダイナミックに演じていて感動的である。
   この吉右衛門だが、夜の部では、「金閣寺」の舞台で、兄幸四郎を相手に、素晴らしい真柴筑前守久吉を演じていてこれも特筆ものである。

   前回の『俊寛』は幸四郎であったが、同じ父の舞台で学び同じ兄弟でも演技のニュアンスが大分違うのが面白い。
   
   敵役赤っ面の瀬尾太郎は前回も段四郎だが、灰汁の強い憎々しさが中々どうに入っていて上手く、凛とした正に正義が衣装を着けたような格調の高い白塗りの上使基康の富十郎との対比が利いていて上出来であった。
   海女千鳥は、前回の魁春の初々しさも良かったが、今回の福助の何ともいえないコミカルでローカル色一杯の千鳥も味があって面白かった。
   東蔵の坊ちゃん貴族の二枚目成経、控え目だが存在感のある康頼の歌昇など脇役も俊寛の吉右衛門をしっかりと支えていた。
   
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