毎日ある程度の量のビジネス関連のサイトを読む。
当たり前と言えば、当たり前のことではあるが、複数のビジネス関連サイトを読んでいると、気づくことがある。
それは「今、話題になっている人・モノ・コト」だ。
これらのことを、一般的には「トレンド」と呼ぶのだと思う。
今回、フッと記事なった記事があった。
BusinessInsider:イーロン・マスクの運がついに尽きた
この記事には続きがあるようなので、気になる方は続きも読んでいただければと思うのだが、気になったのは「ビジネスは運なのか?」ということだ。
かつて経営の神様と呼ばれた、松下幸之助は「君は運が良いか?」という趣旨のことを面接で尋ねて、採用をしていたそうだ。
勿論、採用するのは「自分は運が良いと思っている」と、答える人物ということになるのだが、この「運が良い・運が尽きた」と言われる「運」とは何だろう?と、気になったのだ。
人によっては、「自分の努力ではどうしようもないモノ」、「偶然、天から降ってくるようなモノ」と考えるかもしれない。
他の人は「商機を見極める力」とか「自分から、つかみ取るモノ」、「チャンスの女神の前髪を掴むこと」と、考える人もいるかもしれない。
ここで考える必要があるのは、「自分の努力の有無」ということだ。
自分で努力をして、その商機を見つける、チャンスの女神の前髪を掴みとれる努力をする、という意味と、偶然性に任せるという二つの発想がある、ということなのだ。
そして今回のイーロン・マスク氏の場合は、どちらなのか?というとらえ方で、その記事の内容のとらえ方も大きく変わるはずだ。
例えば幸運の偶然性が重なった、と考えれば「運が悪かったね」という程度のコトだろう。
それに対して、自分から積極的に「運を勝ち取ってきた」というのであれば、「万策尽きた」ということになるのかもしれない。
イーロン・マスク氏をEV自動車のテスラ―やスペースXの創業者だと思っていらっしゃる方も多いかもしれないが、実はマスク氏は創業者ではなく、創業者同士でうまくいかなくなった時に、資金援助等をし最終的に経営を乗っ取った(というと言葉が悪いが)感のある経営者だ。
巨大IT企業と言われるGAFA+マイクロソフトのように、起業家としてスタートした経営者ではない、という点で「経営」について、大きな違いがある。
そのことを踏まえ、記事を読んでみるとマスク氏の強引ともいえる「経営手法」が、今の社会に通じなくなってきている、と読み取ることができる。
「今の社会に通じる経営手法」とは何か?
一言でいうなら「企業は経営者の懐が潤う為にはない」ということだろう。
ステークホルダーと呼ばれる、企業を取り巻く様々な人達の生活を豊かにするだけではなく、遠く離れた国にあるサプライチェーン(サプライチェーンはステークホルダーの中にある、ともいえるのだが、身近ではない為忘れがちになる)がある国の人達、当然のコトながら地球環境等に対して、考えていかなくてはならなくなっている、というのがグローバル企業の経営の考え方の基本、となってきていると、感じている。
ところが、マスク氏が最近行った旧ツイッター社に対する行いは、これらのことに配慮・検討されていたとは思えず、むしろ「自分のモノだから、自分の思うようにやりたい」という、意思が見え隠れしていたように感じている。
それが引きがねとなり、「運が尽きた」のでは?と、読みながら感じたのだ。