日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

無用なサービス向上が、サービス低下を招く?

2015-04-04 22:28:47 | アラカルト

「お客様は、神様です」といったのは、国民的歌手であった三波春夫さんだった。
この「お客様は、神様です」という言葉は、その後サービス業を中心に「お客様と接する心得」のような言葉として扱われるだけではなく、ユーザーから要求される無用というかわがままな要求に対しても使わるようになった。

そして最近思うことなのだが、このユーザーから求められる無用なサービスが、実は、サービスを低下させているのでは?というコトだ。
昨年話題というか問題になった、24時間営業の牛丼店での深夜勤務。
確かに、一人深夜勤務というのはさまざまな意味でリスクがあり、そもそも深夜営業をしていてどれだけ採算が取れるのだろう?という疑問を持っていた。
今年に入り、「人材の確保ができた」 という理由で再開されたようだが、この深夜営業を担当していた従業員の言葉がとても印象的で、覚えている。
その言葉とは「確かに、深夜の一人勤務は大変なのだが、それよりも大変なのは必要以上のサービスを求めてくる客の対応であった」という趣旨の言葉だ。

考えてみれば、日本のサービスというのは本当にきめ細かい。
「お客様は神様」という言葉通り、ユーザーの意見を取り入れ、サービスの充実を図ってきた。
ところが最近、そのサービスそのものが過剰ではないか?という気がするときがある。
特に、人の手が加わるサービスにして、自分のわがままを通そうとする生活者が増えているように感じる。
携帯電話の普及で「すべての人がいつも携帯電話で通話できる」と思い込んでいる人などは、分かり易い例かもしれない。
実際、宅配などのサービス部門で仕事をしている知人に話を聞くと、宅配や食品のデリバリーサービスなどは、車やバイクの運転中であれば携帯電話に出ることはできない。
しかし、電話をかけてくる側はそんな状況であるコトがわからないにしても、少し時間を空けて再度電話をするという発想がないらくし、「自分の電話に出ないのは、怪しからん!」とクレームをつけられるコトが、間々としてあるという。
そのようなコトが繰り返されると、仕事に従事する人そのものが嫌気をさし、辞めていく。
実際、宅配業者などは慢性的な人手不足だといわれている。
結果として、今いる人たちにこれまで以上の負荷がかかり、より一層サービスそのものが低下する、という「サービス低下スパイラル」の状況に陥ってしまうのだ。

「そんなこと知ったことではない。私には関係ない」というコトなのかもしれないが、その「私には関係のない=私のいうことは聞いてもらって当然」という感覚は、単なるユーザーのわがままでしかなく、その要求が他のユーザーに迷惑をかけている、という想像力というか、以前は当たり前にあった「他者との関係の想像力」の低下が、過剰なサービス提供となり、結果として「サービスの質の低下」を招いている、というコトにユーザー側(=生活者側)も、気づく必要があるように思うのだ。
そしてそのような「他者と自分の関係(=世間と自分の関係)」というは、少なくとも大学進学や就職などで、親元を離れる 高校卒業までに身に着けておく必要がある、感覚なのではないだろうか?

市場というのは、企業側だけで創れるものではない。
しかし、ユーザー側だけでも創れるものでもない。
企業とユーザーが一緒になって、初めて市場は創られていくのだ。
ユーザーにも「市場を創る」コトで生まれる、メリットとは何か?というコトを考える時代になってきているように思うのだ。