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浜田屋遼太

世の中のために何の役にも立たないブログ  お暇なお方は是非どうぞ(^^♪

沈下橋

2021-07-08 | 定年波止場

出雲市上津の斐伊川に架かる沈下橋          

洪水警報のワリには水位が低い。

災害は無いに越したことがない。

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中高年はほどほどに

2021-07-04 | 定年波止場

他者の援助を受けないで生活できる健康寿命や平均寿命まで、残された時間は少ない。

あっという間に年月は経つだろう。

どんなふうに歳をとっていきたいか

と尋ねられたら、希望としては病気とは無縁で元気溌剌と過ごしていきたいのではあるが、そううまくはいかないのが人生というものである。

そうなりたくないと思う方向に進む場合もある。

若くても将来はどうなるかはわからないし、それは中高年でも同じなのだけれど、日に日に人生の最期が近づいているのは間違いないのだ。

自分は基本的に将来に対して夢や憧れなど持たず、ただ目の前の選択肢を次々に選んできた。

それは今でも同じである。

老後の生活費について何千万必要などといわれたり、一方で生活ランクを上げると元に戻れないという人もいるが、そのあたりは順応性があると思うので収入が減っても、それなりに生活できると思う。

自分が気持ちよく暮らしていくには、やはり健康でなければならない。

加齢によって様々な出来事が起こるだろうが、そのつど対処していく。

それでも体調が悪くなってしまったら仕方ないし、受け入れて暮らすしかないのだ。

とにかく自分のこれから先がどうなるのか、誰にもわからない。

推測だが、自分はこうなりたいと頑なに考え、また努力してしまう人が、そうならなかった場合に、絶望してしまうのではないだろうか。

若いうちならともかく、中高年はすべて「ほどほど」にしておいたほうがいい。

中には目標に向かって突っ走って成功する人もいるが、そういう人はほんの一握りである。

個人的希望とすれば、のんびりとゆるく過ごし、そのまま高齢者枠にゆるゆると入っていきたいものである。

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忘れないための努力

2021-07-03 | 定年波止場

昔に比べて明らかに記憶力が衰えてきているので、意識して忘れないようにしないと危ないことになる。

忘れてもどうでもいい、芸能人の名前とか、本や映画のタイトルならいいのだけれど、そういったどうでもいいことばかり覚えていて、肝心な事柄を忘れがちになるのが怖い。

若い頃は何をしなくても覚えられたが、さすがに今は覚えていると思っても、それを文字で書いてまた頭に叩き込まないといけない。

それでもどこの穴から出ていっているのかはわからないが、頭の中から消え去っている。

ただあわてふためくものの、すべてぎりぎりのところで思い出して事なきを得ているのは、運がいいからなのか。

はたまた記憶が薄れているとはいえ、脳がふんばってくれているのか、どちらかだ。

これからますます記憶に関しては不安があるので、こまめに「書く」ことで対処したいと思うのであった。

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7月のスケジュール

2021-07-01 | 定年波止場

どうもカレンダーと実際のお休みにミスマッチが生じたようですね。

    

19日の海の日が22日に移り、オリンピック開会式の23日が体育の日。

なので24日の土曜日を含めれば22~25日と4連休ということに。

だがお休みが多ければそれでいい、とばかり言ってられないこともある。

働き方改革というお上からのご指導で、いくらか変わってきたようにも思うのですが、このブログを見ている人たちは、厳しい企業戦士として働いていたのではないか…

などと、勝手ながら想像している。

残されたそんなに長くない人生。

上手にお休みを活用しないといけませんなぁ~。

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ケチらず人生を楽しむ

2021-06-29 | 定年波止場

これまで買い物をして「失敗した」と思った金額を合計したら、相当なものになっていると思う。

基本的にはぐずぐずと迷うのが嫌いなので、何でも即決する。

迷う状況を自分に与えたくないのかもしれない。

ちょっとケチってワンランク下のモノを買って、後悔したことも多い。

もとからちょっと頑張って購入していれば、無駄な出費をすることはなかったと反省したりことも多かった。

とはいえ、若い頃は背伸びしてモノを買うのも必要だと思う。

この年齢になると目が肥えて、いくら背伸びしても手が届かないモノが多いし、安っぽいのも嫌だけど、先が見えているので今の自分に見合うモノでよい。

お金はケチるよりも、使った方がいいと考えている。

それによって学ぶことが多いからだ。

満足感もあるだろうし、損したと思うときもあるだろう。

お金をたくさん貯めるのが人生の目的ならばそうすればいいけれど、お金は人生を楽しむためにあるのではないだろうか。

自分はケチか浪費家かといわれたら、後者だろう。

しかしすってんてんになる度胸はないので、残高を確認して財布を開ける。

使ってしまったお金は元に戻らないが、買いたいのを我慢してその分のお金が手元にあったとしても、だからそれがどうなのだという気持ちがある。

自分はこれから先、新たに必要なモノはほとんどないが、生活を楽しむためのモノは買っていきたい。

と思うのでした。

 

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続 ぽっくり逝きたい

2021-06-26 | 定年波止場

どんな葬儀であっても、当人は死んでいるからいいが参列する人や周囲の人が大変だ。

心浮き浮きと葬儀の準備をし、参列する人などいない。

ただでさえ気候が悪く、人々の体調が悪い時に不祝儀が起こりやすくなる。

体調の悪い人が葬儀に参列してまた病人が増えてしまうことにもなりかねない。

多くの場合、喪服を着用することになっているから、タンスの奥の方から引っ張り出す。

手入れが良ければいいが、冬服の場合はしまいっぱなしになっていて、何かと湿気くさい匂いがしたり、夏服の場合は一度着たあと、そのままほったらかしにしておいて、出してみたら汗をかく場所に、白く汗じみが浮き出していたりする。

「こんなことになっていたとは…」とバタバタと準備しなければならない。

黒いネクタイがどこかに行っちゃったりして、参列する人々の中にはこういう人が何人かはいるはずだ。

生きているうちに、亡くなった人はこうして欲しいっていう意思を紙に残しておいたほうがいい、とはごもっともである。

死んだあとは何も言えないんだから、その意思をあとの人に伝えておかなければならない。

なるほど、と深く納得するのだが、正直いってまだ遺言状を書き残す気にはならない。

誰も将来のことなどわからない。

なるようにしかならないとつぶやきながら、日々を暮らしているのである。

 

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ぽっくり逝きたい

2021-06-25 | 定年波止場

ふと気がついたら、老人の入り口に立っていた。

いろんな人と出会い、別れ、大人になった。

ふと過去を思うと、恥ずかしくてたまらなくなることが山ほどある。

などと語っても、そんな高尚な想いに同調するものは誰もいない。

「ふーん」と上の空で聞いているだけだ。

「やりたいことをすべてやって、いつ死んでもいいや」が理想だろうが、「やりたいことなど何もやっていない」というのが現実ではないか。

遺影もプリクラみたいなシステムになっていて、顔面をくりぬいた礼服を着ている基本形の写真があり、そこに本人の写真をはめこむだけ。

いかにも「くっつけました」という感じがしないと聞く。

業界も進歩しているのである。

なるべく人様のお世話にならぬよう、自然な形で最期を迎えることができれば…

とマジで考えるようになった、この頃であります。

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老化

2021-06-14 | 定年波止場

このところ我ながらビックリするような出来事が続けて起きている。

とにかく物忘れをする、いい間違える、言葉が出てこなかったり口がまわらない。

頭の働きが悪くなってきたなぁ、とがっくりするばかりである。

若い頃はひとつも思わなかったが、風呂で大股開いて転ぶ、浴槽のなかで尻が滑って溺れる、戸締りを忘れる。

こういった事柄に対して「自分はやらない自信があります」と絶対に言い切れない。

どれも「やるかも」というより「きっとやる」と不安になり、これからいったいどうなるのかと心配になるばかりだ。

こんなことは自分だけかと思ってたら、同年配の人にリサーチすると、みな同じと言ってくれるのでほっとする。

自分だけ先にボケるのは嫌だ。

ボケるのならみな一緒がいい。

「捜し物があって、他の部屋に入ったとたん、いったい何を捜していたのかわからなくなる」

「同じように用事があって室内の場所を移動しても、いったい何をしに来たのか、コロッと忘れる」

みんなやっているとわかったら、ちょっと嬉しかった。

あとは頻度の問題である。

もちろんみんな毎日ボケてるわけではない。

加齢とともに、その周期がだんだん短くなってしまうのだろう。

命にかかわったり、他人に迷惑をかけるようにならないようにと願うばかりである。

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終活

2021-06-07 | 定年波止場

カメラのキタムラ、スタジオマリオで撮影してもらった          

同居ババとは割とこまめに隔年ごとに撮ってもらっていると思う。

歳を重ねるごとに、それなりに変わっていく姿にお互い驚きもせず、淡々と過ごす日々である。

出来上がりは3週間後。

万が一の時のための写真。

という備えでもあります。

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縁起を担ぐ 

2021-06-06 | 定年波止場

世の中すべてにおいて、皆が皆同じような運命を辿ることはない。

例えば厄年なんかがその例で、そんな年回りに大病でも患えば、それを信じ込むのに十分な理由にもなる。

運がいいとか悪いとか、自分はまったく信じないわけではない。

なるべく日のいいタイミング、たとえば友引とか大安吉日にここぞと決めた勝負に出ると、案外いい結果になったりする(ような気がする)こともある。

いわゆるゲンを担ぐということですかね。

追い風が吹く日もあれば、逆風の日もある。

良かれと思って動いても、逆効果になることなど、いろいろとあるものだ。

少しでも順風が吹いてきたら、人生シアワセに過ごせるだろうなぁ。

などと思うのであります。

 

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