多摩川雑学事典 by元林徹(文と写真)

名前の通り多摩川の話題ブログ。それとなぜか保守の立場から政治・社会も取り上げますのでこちらもどうぞ!

石原慎太郎の残したもの

2022-02-03 | 政治つぶやき 令和4(2022)
石原慎太郎さんが亡くなられました。
石原さんと言えば右寄りの過激な発言をする怒りんぼうのジイサンというようなイメージにとどまるなら理解が浅い。

石原さんは政治家としての業績もありますが、亡くなった後に残るのはその保守の政治思の方では?
そして西部邁さんもそうでしたが、教養も品格もなくネットで野卑な言葉を吐くだけの今どきの保守系ポピュリスト言論人の対極にありました。

とは言っても石原さんは思想体系などを残しておらず、その思想はつかみにくい。
難しく言えば戦後左翼知識人の陥りやすい思考パターンである図式化や観念化の網ではとらえにくい。

そこで石原さんの思想をつかむ上で手がかりとして分かりやすいのが三島由紀夫との比較。
観念の人であり言葉の人である三島を石原は「世の中で一番くだらぬものは観念」と批判し、三島の自決すら「文化そのものとしての『天皇』を守るために行われたというならそれはほとんどなんの効果ももたらしはしなかった」とまで述べています。
そして三島を観念論と批判するのとは対照的に、自身を「原始的あるいは始源的存在論」と位置づけ。

ここからが分かりにくいが、しかしここが石原の思想の核心部。
これは観念化された日本だの天皇だのに執着するのでなく、確かなのはそうした日本を選びそのために今を生きていく自分という存在である、ということでしょう。

また石原はたとえ天皇やその制度がどう変わろうと「われわれの本質的な伝統というものは変らない」としています。
天皇は天皇制とか象徴天皇というような制度でもなく、三島の天皇のように思想や観念でもない。
それどころか観念化された日本や天皇は、日本や天皇を共産主義のようなイデオロギーと等値化することになりかねない。

石原慎太郎の思想は保守ですが、それは思想や観念・主義で規定されるものでなく石原の重んじた「自由」な行為によって自身の存在として日々確証されていくもの。
こんなところでは?

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