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緊急報告:福島県南相馬市で見た「屋内退避」の矛盾

2011年03月18日 03時50分47秒 | 現代日本
 夏井辰徳氏のブログ「 「雨やどり」富士山の麓、山の中の半自給自足の男から“命”の発信」からの転載です。テレビの枝野官房長官の会見だけでは、原発事故の状況は、なんとかなるのかという気がしていましたが、外国の報道や、いろんなブログの推測記事などを見ていると、たしかにどこかおかしい気もします。
 本当のところはどうなのかはわかりませんが、今までの戦後の日本の「平和憲法」の中で、本当は矛盾だらけなのに、幻想とごまかしで現実を見ることなく過ごしてきたつけが、一気にこの緊急事態に出てきているのかも知れないという、胸さわぎ、不安を感じています。
 民主政権のやり方を、今どうこうと批判したくはないとは思うのですが、でも戦後の平和ボケ日本の、世界の複雑な現実から眼を閉じて、殻に閉じこもって甘い夢を見て爆睡していた日本の、その一番究極の形となって現れた現政権の、その市民運動家が寄り集まったような左翼政権で、本当に現実の厳しさにきちんと対応した政策が出来るのだろうかと、不安や焦りを覚えずにはいられないのです。特にこの記事を見てからは、そんな気が強くなりました。


緊急報告:福島県南相馬市で見た「屋内退避」の矛盾




緊急に報告せねばならぬ件がある。

15日、「G-RISE日本」として救援物資(水約10トン、毛布1000枚、衣類や下着等)が心有る方々から集まり、福島県南相馬市へ届けさせて頂いたが、13日深夜より先兵隊として入っていた私はとんでもない事件と遭遇した。
南相馬市はその半分が、御存知のように福島第一原発の事故現場から20~30キロに位置している。
所謂「屋内退避」を政府から勧告されている位置だ。つまり10キロの「退避勧告」の外にあり、逃げるべきか留まるべきかのギリギリの位置にある。
私は市内へ入った時から風向き、そして市役所内にある災害対策本部、車に付いているテレビから流れる政府発表を注視しながら、後発のトラック部隊の段取りに走り回っていた。
段取りが付いた14日の深夜のことだ。
私は、救援物資届け先の1つである石神第一小学校(避難住民約1000人)前の空き地に車を駐車し、休んでいた。
静かな夜に突然、救援に来ていた自衛隊のジープが2~3台、慌てた様子で校庭へ入って行った。私はその様子に胸騒ぎを覚え、校庭を突っ切り走った。すると、ジープから一人の自衛官が慌てた様子で被災者や休んでいる体育館へ飛び込んだのが見えた。私も少し遅れて飛び込んだのだが、私とすれ違うように先の自衛官は、“何かを終えた”様子で、出体育館からてきた。
私は、振り向きながら自衛官を追うと、ジープに乗り込み去ってゆくのが見えた。私は「何か変だ」と思いながら体育館の扉から中に入った時には、そこはパニック状態になっていた。
近くにいた地元消防隊員に何があったのか問うと、半信半疑な様子でパニックになった住民たちをなだめながら
「突然自衛官が入って来て『上の方から我々に退避命令が出ました!皆さんを置いてゆくのは大変に心苦しいですが命令である以上、我々は行かねばなりません。あくまで私見ですが、この場所は安全ではありません!逃げられる方は、今すぐ逃げて下さい!』叫んだんだんです」と。
眠っていた住民たちに衝撃が走ったことだろう。一気に約半数500人ぐらいの住民が慌てながら車に飛び乗り、福島市方面(現場から西)の県道12号の一本道へ急発進させた。
しかし、約半数の方々は「ガセだ」と困惑顔のまま留まっていた。しかし、勿論不安はクレシェンドするばかりの様子。市役所の災害対策室へ飛んで行って真相を問いただすが「ガセでしょう。我々は政府の見解を信じるしかないんです」と。しかしだ。
そもそも、避難先へ来られている住民の方々は、沿岸部で津波により家を無くされた方々が多い。たまたま助かった車に乗って辿り着いたか、誰かの車に便乗させてもらったかだろう。しかも、多くはその燃料が5Lとか10Lとかしか入っていない。だから避難先にいるのだ。
自分の車に飛び乗った方々は、県道12号の峠の山道でガス欠になり立ち往生した方がも多かったと翌日聞いた。
結果論だが、こうして逃げられた方々は、まだ良かったかも知れない。問題なのは、留まらざる得なかった住民だ。
その多くは、先述通り家も何も失った方々であり、しかも高齢者が多い。
避難所の責任者である市役所の災害対策は(またその指示下にある地元消防団員たちは)、政府の「屋内退避」に従うケースがやはり多いだろう。
なかなか政府の判断とは違った判断をする市長や、団体長はいないかも知れない。何より、「放射能」という多くの者が知識に乏しい対象であるだけにだ。
英断になるのか、愚断になるのか分からないが、結果はともかく、市民を守る立場の者が大きな決断を下せるか否か、これは平和ボケ日本にとって大きな問題の一つであろう。



また仮に「屋内退避」はいいが、実際どこまで屋内に留まれるというのか。トイレが外にある場合も多い。配給品が外にある場合もある。
そもそも次の段階、つまり退避せねばならない状況に悪化した場合のことを政府は考えているのだろうか。見捨てる気なのか。



それ以上に問題なのは、政府見解と、防衛省見解との乖離である。
この時点(14日深夜)では分からなかったが、翌15日の夜になってNHKの報道で驚くことに北澤防衛省が自衛隊員に非難命令を出していたことが分かった。

今回のケースは、端的に言って
自衛隊も政府も、一般国民を見捨てたことになりはしないのか。
福島原発の事故の状態からして、誰の目から見ても大事故であり、通常の避難で済む状態ではない。
本来なら、政府は、放射能の世界的専門家、風の方向や事故状態からどのように対処すべきかという専門家を現場へ派遣し、一本化した指示を国民へすべきである。もし、そうした専門家が日本に不在なら、世界のどこからでも招致要請すべきだろう。
自衛隊でも一般国民でもいい。大型バスを日本国中から集めて、防護服を着せ、今からでも脱出させる必要があるのではないのか。
もし後になって問題がなかったら、なかったでいいではないか。先ずは、安全を確保すべきではないのか。
それとも、福島原発事故以上に隠さねばならない何かがあるのか。下手な勘ぐりを起こさせてはならない。

言うまでもなく、こうした我々の行動は自己責任の下である。私も既に被爆しているのかも知れない。
しかし、南相馬の方々と共にありたいと思う。
物資を受け取ったお爺ちゃんが、自分は被爆しているかも知れないにも関わらず、私たちに「あなた方、帰りは原発の方向へ行かずに気をつけて帰って下さいね」と言って下さった。
日本人の優しさとは、愛情とは、文化とは、こういった方々が育んでくださるのだと思う。


そして、第2陣出発する。


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 さて、これまで「RDA日本」として勉強会を続けてきましが、諸事情により改名することになりました。
RISE日本
となります。
Revive Identifiable Sprit of Ethnic。
の頭文字をとり「RISE」と名付け、また「立ち上がる(RISE)」といった意味も含めております。
つまり、「日本の魂、精神の再興を!!」といった意味です。


至心合掌「雨やどり」夏井辰徳拝


転載元: 「雨やどり」富士山の麓、山の中の半自給自足の男から“命”の発信




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