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一票の格差をなくすことは、本当に平等になるのか?

2013年03月31日 01時08分57秒 | 現代日本

ここ最近、一票の格差が大きすぎるという問題で、違憲判決が続いています。そして広島高裁では、ついに選挙の無効判決まで出ました。

私は、前から、この一票の格差を問題視することに疑問を感じています。

人口密集地は、確かに一人の選挙民の投票の影響力が小さくなるということはあるでしょうが、それでも、多くの人口を抱える地域は、たくさんの選挙区を持ち、当選してくる議員もたくさんいます。

それに引き換え、一回の選挙で、過疎地域は、選挙区も少なく、やっと2~3選挙区があるくらいのところもあり、過疎の県から出る議員は2、3人です。そんな過疎地域は、人口が少なくても、面積は人口密集地と同じくらいあり、時にはもっと広い場合も多く、そうした地域を少ない人口で管理するには、苦労も多いはずです。

国会の場において、そうした人口の過疎地域の発言権が、今でも少ないのに、一票の格差是正で、もっと議員数が減り、発言権が減ることがほんとに正しいことなのでしょうか。

県単位で考えた時に、人口の多い県も、過疎の県も人口だけでは測れない重要さがあると思います。県としての平等性を確保するためにも、一票の格差があってもしかたのないことだと思います。

この一票の格差をことさら問題視して、裁判に訴えるほどの人々は、だったら過疎の県に引っ越せと言いたくなります。人口が如何に少なくても、そこは大切な日本の国土であり、そこに住む人々は、過疎化の不自由さの中で、その国土を守っているのです。人口の少ないという弱点のせいで、投票の一票に格差が生じたと難癖をつけられるとは、過疎の地域の方はほんとに悲しい思いではないでしょうか。

人口の多い地域の住人で一票の格差を不満とする人には、何か傲慢さを感じずにはおれません。過疎の一つの県から、二人当選することが腹立たしいのでしょうか、一人で十分だというのでしょうか。

この一票の格差を訴えて、選挙は無効だとする判決を勝ち取ろうとする人々は、安倍内閣の正当性を失わせようとしているとする見方もあります。たしかにそのとおりな気もしますが、それにしても、一票は、どの選挙区でも平等であるべきとする考え方が普通に思われていることに、やはり何かおかしいと感じます。もっと別の視点での平等性も考えるべきです。

 


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