売れっ子お笑いコンビ、次長課長の河本準一(37)の母親が受給していたことで、生活保護制度のいびつな現状が明らかになっている。だが、制度に つけ込むのは日本人だけではない。在日外国人による不正受給も急増しているのだ。実は定職を持ちながら、生活保護のほか別の福祉手当との二重、三重取りを して“年収”600万円という世帯もある。関東のある都市には、不正行為に手を染める外国人が集まる団地も存在。日本の福祉制度がしゃぶり尽くされてい る。
「何でもらえるものをもらわないのか理解できない。日本人はどれだけ間抜けなのか」
男性A(26)は笑いながらこう語る。
両親ともに東南アジア出身の在日外国人2世で、妻と子の3人暮らし。製造会社の正社員として働いている。愛車は、新車価格約300万円の国産車。何不自由ない生活を送りながら、その懐には国から毎月決まった額の“お小遣い”が入ってくる。
「妻が去年から生活保護を受けているんだよ。児童手当やほかの福祉手当を合わせて月20万円が丸々入ってくる。僕の給料と合わせると(月の世帯収入は)50万円ぐらい。年収にすると600万円以上になるね」
本来、生活保護は「生活に必要な収入を得るだけの労働が不可能」な人のみが得られる福祉制度だ。家族を養えるだけの定職を持つAは、この条件に当てはまらず、紛れもない不正受給になる。なぜこんなことが可能なのか。
「妻とは離婚してるんだ。といっても、書類上の話。偽装離婚ってやつだよ。役所に妻に『子供を抱えて生活できない』って訴えさせたら、すぐに(生活保護の)受給が認められたよ」
形式上は離婚になっているため、妻子は別のアパートを借りている。だが実際には、そこに住まず、普段はAの自宅で同居している。
月に1回、ケースワーカーの訪問があるが、Aは「事前に連絡がくるからその時だけ(妻子が)アパートにいればいい。ごまかすのは簡単だよ」とうそぶく。
関東のある都市に住む彼の周囲では、組織ぐるみでカネをだまし取る不正がまかり通っているという。Aが続ける。
「僕が住む団地の入居者はほとんどが外国人。中国人やインド人もいるけど、一番多いのが同郷(東南アジア)の人間だよ。300人は下らない。で、そのほとんどが生活保護をもらっているよ」
生活が困窮し、やむなく受給する外国人もいるだろう。だが、Aと同じような方法で取得しているとしたら、紛れもなく詐欺だ。
厚生労働省によると、今年2月に生活保護を受給した外国人は7万3995人。これに対し、2000年度の外国人受給者は3万2858人(月平均)で、この10年あまりで受給者数は2倍以上に伸びた。
外国人の受給条件について、厚労省の社会・援護局保護課は「永住者とそれに準ずる定住者。さらに、難民認定されている人や、日本人の配偶者がいる人が対象」と説明する。
一定の在留資格さえあれば、誰でも受けられるため、抜け目のない一部の外国人は、制度のおおらかさに目をつけて甘い汁を吸う。
大阪府のケースワーカーとして勤務した経験のある関西国際大学の道中隆教授(社会福祉学)は、「制度を悪用する外国人が増えているのは確かです。生活保護 目当てに偽装離婚したり、書類を偽造したりするケースもあった。役所が不正の兆候を認めて問いただしても、『言葉の壁』を利用してわからないふりをしてご まかす者もいる」と実態を明かす。
連帯感が強い外国人は、自国の出身者らで作ったコミュニティーの中で制度利用のノウハウを共有する。なかには親子2代にわたって不正受給する不届き者もいるという。
まさに無法地帯。なぜ、こんな現状が野放しになっているのか。
「給付審査にあたるケースワーカーが圧倒的に少なく、不正をチェックする監視態勢が機能していない。1人で80世帯をカバーしており、その倍以上の案件を 抱える者もいる。人手不足で業務を非正規雇用の職員が担当し、『調査したら受給者のほうが高給取りだった』という笑えない話もあるぐらい。健全な制度運用 ができる態勢を早急に整えないといけない」(道中氏)
生活保護制度はわれわれの税金で成り立っている。その血税をだまし取ろうと群がる不良外国人たち。日本を彼らの「天国」にしてはいけない。
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美しい国からの転載です。
これは嬉しい感動的なニュースです。今回の震災で、被災地の方々にとって、何よりの励みになったのが、天皇陛下が被災地へ足を運ばれ、慰問され、また、何度も被災地へ心を寄せて行こうと国民に呼びかけられて、常に被災地と心を共にされていたことであろうと思います。
そんな被災地の方たちにとって、陛下の歌碑が破壊されていないで、無事な形で見つかったことは、まるで復興の予兆のような、希望を感じるうれしい出来事であるに違いありません。
この記事で、「美しい国」のブログ主のカマちゃんがおっしゃっているように、、国難の時には、わが国は常に天皇のもとに心を一致団結させて、乗り越えてきました。これは、天皇という存在が常に無私なる存在であり、ただ国と民のためにひたすら祈られる存在であったからであり、国民は、この天皇という存在を神聖に感じ、天津神と人間とを結びつける仲介者として、親のごとくに慕うことの中に自分の生きる美意識を感じてきました。国民全体がこの美意識を感じて、歴史を紡いできたのです。
この歴史は、世界にも稀な、奇跡のような国柄だと思います。この国柄を護り、未来へ繋いで行くのが、現代に生まれた国民の使命だと思います。
畏くも今上陛下が平成9年10月、大槌町で開かれた「全国豊かな海づくり大会」に行幸あそばされ、マツカワやヒラメの稚魚を放流したときのことを詠まれ、大槌町が陛下行幸を記念し、10年3月、大会会場に造った公園に御製碑を建てました。
岩手県大槌町を訪問した際に詠まれた御製を刻んだ歌碑が今月初め、同町のがれきの中から見つかっていたことが29日、分かりました。東日本大震災の津波で行方不明になっていた。関係者は「復興の象徴になる」と喜んでいます。
平成4年山形べにばな国体 発炎筒投擲事件の時の動画です。
皇后陛下は陛下の為には盾にもなる覚悟、尊敬の涙が耐えません、同様の事件が皇太子殿下時代にもありました。
昭和五十年七月十七日、沖縄解放同盟(黒ヘル)と戦旗派(赤ヘル)の過激派二人が、沖縄のひめゆりの塔の壕内に数日前から潜み、慰霊のためひめゆりの塔を訪れた皇太子ご夫妻に火炎瓶を投げつける事件があったとき、警備責任者としてその現場にいた佐々淳行氏は次のように述べています。
「いきなり火炎ビンを投げつけられれば、男性でも後ずさりするのが一般的だろう。実際、沖縄県警は退避してしまい、残ったのは皇宮警察本部の警衛官十七名のみだった。
その時、皇太子妃(皇后陛下)は皇太子殿下(今上陛下)の前に半歩進まれ片手を殿下(陛下)の前に差し出し、身を呈して暴漢から守ろうとされたのである。
その光景は、今も私の目に焼き付いて離れない。」と・・・
佐々淳行氏が「天皇ー最高の危機管理機構」と題し、(ワック出版「歴史通」五月号掲載)次のように述べられています。
平時、我が国では、天皇陛下を『権威』としていただいている。しかし、一旦緩急あって非常事態に直面すると、時の政権は、天皇に『権力』をもっていただい て事態を収拾してきた。そして、体勢が安定すると、また権威に戻っていただく形を繰り返してきた。代々、天皇陛下は、神道において天と国民を結ぶ仲保者・ 祭祀長という立場を占めてこられたのである。」と・・・
畏くも両陛下におかせられましては、東日本大震災後、避難所の人々を親しく激励あそばされた。激励された人々の顔は皆すがすがしく、異口同音に元気を戴きました、勇気付けていただきました、と感激を語っていました。
また陛下のご不例ご平癒ならぬ御身で、東日本大震災追悼式典へのご親覧、訪英、地方行幸とご高齢にも関わらず、ただひたすらに御国の安寧と、臣民の幸せ、世界平和を願われています。
北畠親房公が神皇正統記に記したように、「(万世一系の)我が国のみこのことあり。異朝にはこの類なし」とはこのことです。
被災地の復興を願われ、万民の幸せと、安寧、彌榮を願われる両陛下の御意そのままと拝し、拙き両目にも、心の汗溢れ来る思いを禁じえません。
天皇陛下、皇后陛下 萬歳 萬歳 萬歳
蘇る日本! 日本を良くすることができるのは、わたしたち日本人ですからの転載です。
非常に現代の経済のおかしさをわかりやすく解説されています。また経済というものの心理的な部分がよくわかる気がします。確かに、今の状況すごく変ですよね。経済が活発であるというのはその社会の貨幣の循環率が高いということにほかならないですよね。使うことで、どんどん経済が活性化して、行くというのは、恰も人間の体の新陳代謝にもにて、適度な運動がで、どんどん身体が元気になるのにも似ています。節約ばかりが叫ばれる現代の不況、おかしいです。インフレならば節約もいいでしょうが、デフレの時期に節約すればするほど、経済は沈滞してしまいます。何か勘違いが起きている気がします。
しかし、金を使って帰ってくるならだれだって使いたいが、使えばなかなか帰ってこないので万一の時に貯蓄しておくことが必要だという人があります。これが世間の一般的な考え方であります。「生長の家」では「心の法則」ということを常に申しまして、身体は心で思うようになるというのでありますが、経済界も心で思うようになるのであります。「金は使ったらなかなか帰って来るものではない」と一般の人が固く心で思っている。だから自分の手許へ金がはいってきたが最後、金輪際出すまいとがんばります。 まちがった道徳家はそれを節約の美徳だとして推奨します。そこで流通と循環とが本体であるべき経済界に、金の流れをじゃまする詰まったところがあちらこち らにもできてきます。節約だといって、大金持ちまでが金をたんまりと持っていながら雇い人を解雇したり、人のつくったものを買わなくなったりします。こう なると、経済界は不景気になって出した金がなかなか手許に帰って来なくなります。すなわち心で思ったとおりになったのでありまして、実際の不景気が先に起 こるのでなく心に起こった不景気が、つぎの形をあらわしたので、経済界も心のままになるのであります。
(中略)
経済界もこれと同じことでありまして、財を一箇所に停滞せしめないように根本からすれば問題はないのであります。なんでも一箇所に「積む」ということは よろしくない。これを日本人は太古からよく知っていた。だから古代日本人は「罪」を「積む」という言葉と同じ語源から作ったのであります。ところがたぶん 外国からでありましょう、「節約」という言葉が輸入されてきました。これを日本語では「しまつ」といいます。「しまつ」というのは「しまる」ことすなわち「引き締める」ことでありまして、出口をくくってしまうことであります。出口をくくってしまうから財が循環できなくなる。循環しないで一小部分の人間のところに富が蓄積するから、ここに近代の資本主義経済組織ができあがったのであります。
マルクスは唯物史観を説きますが、「生長の家」は唯心史観であります。近代の経済組織は節約しなければ万一のために困ることが起こる、という人間の恐怖心が原動力となって築かれたと 観るのであります。この恐怖心がもとになって富が一部に蓄積され、有無相通ずる流通が完全に行われないために、貧富の懸隔がますます激しくなり、資本家が 無資産家を脅かすようになったのであります。だから、この不完全な経済組織を改造するには、何も制度そのものに斧鉞(ふえつ)を加えるにはおよばない。人間の心からこの恐怖心をとり去り、財をわれわれは蓄積しないでも、われわれの生活になくてはならぬものは必ず神が与え給う――換言すれば無尽蔵の大生命から与えらえる――という大信念を人間に与えるようにすればよいので、こうすれば財がある一箇所に片寄って有るという畸形な状態はなくなって、全体の人間に平等に富が循環するようになるというのであります。(『生命の実相』第2巻、p.193~194)
人は節約と言えば美徳のように考え、職工や労働者を解雇するといえば、その雇い主をいかにも没義道(もぎどう)な 不徳漢のように思いますが、それは大いに考え方が違っていると思います。節約するということは職工や労働者が労力を出して造ってくれた品物を使わないこと にするのでありますから、結局、職工や労働者の力を使わないようにすることであります。そしてまた解雇すると言うことも職工や労働者の力は使わないように することでありますから、節約と解雇とは結局同じものを二様にいっているにすぎないのであります。(中略)「物」を節約するのは「人間」の力を利用することを節約するのと同じことであるからであります。
(中略)
信仰心の深い人は「もったいない」ということをよくいわれますが、なんでも買わず使わずに不自由をがまんして窮屈な生活をしている方があります。「生長の 家」ではそんな節約ぶりには大反対であります。どんなものでも元は神さまが作ってくださったのだからもったいない――そのところまでは同じでありますが、 次は異(ちが)います。わたくしどもでは、つかわないではもったいないからできるだけ生かして使えというのであります。与えられていないものまでを無理をして使うのはいけませんが、与えられているものを生かさない節約は人類の敵であります。われわれが生命力を出して仕事をした。その仕事をだれもつかってくれなくてはその努力が生きて来ません。物を生かして使うということは、人がそれをつくるために注いでくれた生命を生かすと言うことになります。この世は持ちつ持たれつの世の中でありますから、人の注いだ生命を生かすことは自分の生命を生長向上発展さすことになるのであります。だから「生長の家」では買うことを節約せよとはいいません。買うて生かせと いうのであります。大いに生かすためには大いに買わねばなりません。こうしますと購買力はふえ、製造会社や販売店の収入が増加し、職工も社員も店員もその 収入が増加し、したがってますます購買力がふえ、新事業の計画もなんらの危険なく行うことができ、したがってあとからあとから増加する人間の職業にも道が 開けてくるのであります。こうなれば就職難も会社のつぶれる心配もないのであります。(中略)しかも、「買う」ということは、単に「寄付」するということよりもいっそうの美徳であります。寄付するということは、働かぬ者にまで、なまけてずるい者にでも与えることになる場合があるのでありますが、「買う」ということは、働きとという尊い生命活動に価(あた)いを支払い、次の生命活動を起こすだけの養いと勇気とを与えることになるので、いっそう尊いのであります。(『生命の実相』第2巻、p.188~190)
くにしおもほゆからの転載です。
稲田朋美氏も非常に有望な女性政治家ですが、この三木圭恵氏も信念を持って主張される素晴らしい方だと思います。この動画にもその主張のはっきりした正論を堂々と述べられる姿には、感動します。動画の一部でも見ていただけたら、わかると思います。日本を愛する政治家が今は必要な時代だと思います。三木圭恵氏には、どうか国会議員になって、活躍して頂きたいと願っています。
【5.24新橋】たちあがれ日本街頭演説会6【三木圭恵】
愛と誇り・・・三木先生の政治信条
●人、社会、国への愛こそ、政治の原点。」
「愛国心は公務員のすべての職務活動の根幹だ」と、かつて最高裁長官を務 められた三好達先生(現・日本会議会長)は仰っています。党利党略、省益優先などと批判される今日の政治行政の世界にとって最も大切な原点は、人への愛、 社会への愛、国への愛が貫かれていることだと信じます。
この倫理観が実践されれば、日本の政治は信頼と責任に基づく政治に生まれ変わると思います。
●国への誇りこそ、防衛、経済、教育の原点。
かつて聖徳太子が、当時の大帝国・隋に対し、日本は対等な独立国家だと宣 言して約1400年。以来、日本は、他国の支配を受けることなく独立を保ち、繁栄を続けてきました。その中で独自 の精神文化を成熟させてきた日本は、世界が注目する伝統・文化を培ってきました。こうした国の歴史、伝統、文化への誇りこそ、国を守る原点であり、経済を 発展させる原点であり、将来の日本を担う国民教育の原点だと思います。
●愛と誇りこそ、育児と教育の原動力。
かつて日本人には、自然を慈しみ、思いやりに富み、公共につくす意欲にあふれ、正義を尊び、
勇気を重んじ、全体のために自制心や調和の心を働かせることのできるすばらしい徳性があると指摘されてきました。この根幹こそ、人・物・事に対する「思い やりの心」であり、すなわち「愛」です。これこそ育児の原点であり、教育の原動力です。時代を担う子供たちに、国への「誇り」
を伝え、人、社会、国への「愛」を育てる教育こそ、今の日本に求められているものだと思います。
zakzakからの転載です。生活保護の不正受給はもうあまりにもひどすぎで、いったい本当の受給資格者はどれだけなのか疑問ですね。とくにこの記事のように、何故外国人が受給できるのかが不思議です。本来はその外国人の本国が与えるべきもので、外国人が他の国で、生活保護を受けなくてはいけないのに、その国に留まるのがおかしいのではないでしょうか。
大体以前にもニュースで、生活保護目当てに入国する外国人が多くいて、中国から来日した途端に生活保護を申請していたという事件もありました。たまたま余りにも人数が多すぎて事件になりましたが、来日の目的が生活保護というのはよくあるようです。もう日本、なめられすぎではないでしょうか。こんなになめられていながら、片方では政府は謝罪ばかりしているし、本当に苦しい日本人の生活困難者は餓死しているという現状もあるし、なにかおかしすぎです。
外国人といえば弱者みたいな感じで、弱者として無条件と言っていいほどにすぐに貰えるようなところもあり、外国人に甘い行政システムになっています。これも何だか、戦後の自虐史観の延長で、自虐が高じて、贖罪的に外国人有利な制度になっているのではないでしょうか。
それとも日本国憲法前文の、安全も生存も他国任せの奴隷根性が、こんな所にも発揮されているのでしょうか。なんか、情けなくなってきます。
“生活保護”むさぼる在日外国人!悪質すぎる不正受給の手口とは
2012.05.24
故敬天愛人様のブログからの転載です。ユダヤ人が語る日本人への謝罪と警告の記事の最後です。
私たちは学校で教わった歴史を何の疑問もなく覚えましたが、その歴史の言葉ひとつとっても、戦後に変えられた言葉で教えられ、太平洋戦争などと言う言葉も、アメリカ視点の言葉であり、日本人はアジア解放戦争を戦ったので、大東亜戦争と呼んでいたのです。戦後はこれが侵略戦争であると定義付けられたために、アメリカの視点での呼び名を使わされることになり、占領が終わっても、この呼名が元の大東亜戦争に戻ることはありませんでした。パール判事も、日本の独立後に来日し、あまりの自虐史観に染められた社会風潮に悲憤を禁じ得なかった様子だったといいます。パール博士は何度か来日していますが、原爆慰霊碑の碑文の自虐性を正そうとする人々が、「大亜細亜悲願之碑」が建立し、その碑文に博士の詩が刻まれています。
- 激動し変転する歴史の流れの中に
- 道一筋につらなる幾多の人達が
- 万斛の思いを抱いて 死んでいった
- しかし
- 大地深く打ち込まれた
- 悲願は消えない
- 抑圧されたアジアの
- 解放のため その厳粛なる
- 誓いにいのち捧げた
- 魂の上に幸あれ
- ああ 真理よ
- あなたは我が心の
- 中に在る その啓示
- に従って 我は進む
- 一九五二年一一月五日
- ラダビノード・パール
(福島県天栄村ブリティッシュヒルズ)
御来訪感謝申し上げます。
日本に深く関わりのあるユダヤ人長老が今からちょうど30年前に記した著書から引用しながら、ユダヤ人と日本との関わりについて御紹介して来ましたが最終章とさせていただきます。
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■■「大東亜戦争」と「太平洋戦争」
日本の首相は、国会などで共産党、社会党から大東亜戦争責任論を質されると、おおむね、「後 世の史家の判断にゆだねられるべきもの」という意味の答弁をするのを常としているようである。これは日本の一般ジャーナリズムの東京裁判の宣伝をほとんど 鵜呑みにして、日本が戦争責任の火の粉をかぶるのが当然であるといわんばかりの軽挙からみれば、主体性のある態度といわねばならない。
ここで一つ是非注意しておきたいことは、「太平洋戦争」という言葉である。日本には本来この「太平洋戦争」という言葉は存在しない。これは勿論、戦後占領軍がそれこそ押し付けたものである。
戦後、いろいろな方面から大東亜戦争に関する歴史書が出ているが、その中に「太平洋戦争」という言葉で語っているものが如何に多いことか。これではその 歴史書はアメリカ側の立場に立って全て書かれたものと考えられて致し方ないのであるが、著者達はそれで満足なのであろうか。
問題はそれだけではすまない。日本の歴史には「太平洋戦争」という戦争はないのである。あったのは「大東亜戦争」である。よく考えてみる必要がありはしないか。これは明らかに歴史の偽造に他ならない。「日中戦争」然りである。あるのは「支那事変」である。
戦後史の跛行性という点で戦後日本は真の日本歴史の構築を放棄したのではないかとしばしば指摘されるのであるが、これでは戦後からではなく昭和16年の時点からすでに、日本歴史の真の構築を放棄していたことになりはしないか。
占領中そういう呼び名を強制されていたのは止むを得ぬかも知れないが、今日に至るも依然としてそれから脱脚できないのはどういうわけか。これは、ジャーナリズムが依然として「太平洋戦争」という言葉を使用していることに関係ないことである。日本人自身の問題である。憲法とは違って、改正の手続の問題もない。ただ正しい歴史観の認識の問題のみである。
■■なぜ満州事変以後が侵略戦争なのか
さて、この東京裁判の結論で非常に奇妙なことが一つある。裁判の本質にメスを入れる前にこの点を明確にしておくことは重要である。
この裁判の結論は、満州事変以後を「日本帝国主義」の「侵略戦争」であるとしている。
林房雄氏の「大東亜戦争肯定論」に面白いことが出ている。それは、ある共産党員が 日露戦争を侵略戦争と規定すべきかどうか迷っているという意味のこと である。これは彼の主体性のなさを物語る格好の証左であるが、また非常に重大なる問題提起でもある。何故、満州事変以後が侵略戦争で、日露戦争、シベリア 出兵、第一次大戦は「日本帝国主義」の「侵略戦争」ではないのか。これは奇妙なことではないか。
その理由はハッキリしている。これら満州事変以前の戦争が米英仏等の利害と衝突しないからである。否、むしろ利害が一致していたのである。日露戦争は 「英露戦争」とも欧米では呼ばれているぐらいである。帝政ロシアの南下政策に脅威を感じた英国は、帝政ロシアの南下を防ぐものとして日露戦争を歓迎してい たものである。日英同盟を結んだのも、その意味で考えればよい。
またシベリア出兵こそ、その意味では日本を攻撃するのに最も好都合な材料かも知れないが、これも侵略戦争という刻印を押しづらい。何故か。アメリカも出 兵しているからである。第一次大戦はどうか。これはもう地中海まで日本海軍はイギリスのためにお付き合いしているのであるから、文句のいいようがない。
結局、これらの戦争に関して日本を悪玉に仕立てようと試みると、欧米列強自身も火の粉をかぶることになりそうである。上を向いてツバをはくことになる。
一方、満州事変、支那事変、大東亜戦争は議論の余地なく、米英仏等と利害関係が対立するものである。これを徹底的にとっちめない法はない、ということである。
日本人に謝りたい
~ あるユダヤ長老の懺悔 ~
──ユダヤ長老が明かす戦後病理の原像──
(アマゾンHPのhttp://hexagon.inri.client.jp/floorA6F_he/a6fhe800.htmlより抜粋引用)
【本の解説】あるユダヤ人が天皇と日本について語った文がある。彼の名はモルデカイ・モーゼ。戦時中にルーズベルト大統領のブレーンとして日本を研究し、戦後の対日処理立案(GHQ政策)にも加わったという。彼は『日本人に謝りたい』という、極めて異例な内容を含んだ本を残している。
彼はこの本の中で、「共産主義」はユダヤ人が作り出したものだと言明し、日本を揺るがした美濃部達吉の「天皇機関説」もユダヤ人ゲオルグ・イエリネック による国家機能弱体化運動の一環であったとか、宮本共産党委員長を育てたのもユダヤのラビ(ユダヤ教指導者)だったとの衝撃的な事柄を記述しているが、そ の上で、このユダヤの長老モルデカイ・モーゼは、実はユダヤ人は日本を誤解していた、日本こそユダヤの永遠の理想があると言い切り、「日本人に謝りたい」 と語っているのである。
『日本人に謝りたい』モルデカイ・モーゼ著
(日新報道/1979年出版)
【著者の紹介】 モルデカイ・モーゼ(Mordecai Moses)
1907年、ウクライナのオデッサ生まれ。
父親は哲学者で革命家、ロシア革命では指導的役割を果たした。
レーニン没後、ソ連におけるユダヤ権力の将来に見切りをつけた父親
と共にワイマール体制下のドイツへ亡命。父親は美濃部達吉博士に
「天皇機関説」を吹き込んだゲオルグ・イエリネックと親しかった。
ベルリン大学で政治学、哲学を専攻後、国際連盟労働局で極東問題を担当。
独ソ不可侵条約が結ばれるや、いち早くその本質がユダヤ勢力の抑圧に
あることを看破し、ハルビンを経て上海に亡命。「サッスーン財閥」の
顧問となり、日本の国体、神道、軍事力の研究に従事。
1941年米国へ亡命、ルーズベルトのブレーントラストとして活躍、
1943年頃から対日戦後処理の立案にも参画した。戦後十数回来日、
現在は日本研究を楽しみに余生を送っているという。
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この本の存在を知ったのは、先週、人気ブログ『日本が好きなだけなんだよ』で紹介されていて、全部で6章あるのですがこ のブログでは第4章から第6章までを引用されていました。その内容に大変興味を持ちリンク先に飛んで調べたところ、ぜひ当ブログでも紹介したいと思い、第 1章から第3章の内から抜粋して転載させていただきました。
もとより、不肖敬天愛人はユダヤの陰謀論やフリーメイソンの暗躍論などにあまり興味を持っていませんが、現実的にありえたであろうと充分に推測できる事項が多く著していたので、一個の日本人としても看過することのできない史実と思われる部分を主として引用致しました。
いくら日本事情に精通しているとはいえ、外国人に日本の歴史の裏側を教えられなければならない現実には日本人としても呆然とするしかありません。
これも戦後を歩んで来た日本の現実の姿なのでしょう。
シナだ、朝鮮だ、特亜だ、反日勢力だと叫けぶことも大事なことですが、彼らが日本国民に知られたくない史実や歴史の経緯を知る事も今の、否、今だからこそ絶対に必要不可欠なのだと意を強くしています。
今日の引用を見ても、「大東亜戦争」を「太平洋戦争」と呼ぶことを半ば強制され、村山談話に代表される日本の歴史見解のベースとなっている「侵略戦争」 という認識すら、その史実としての検証の議論も封殺されて、既成の事実であるかのように堂々と歴史教科書に載せられて国民に教育して来たのが戦後日本の姿 でもあったのです。
引用の中で、いみじくも指摘されているように戦後の日本が“日本歴史の真の構築を放棄していた”のは、他ならぬ『日本人自身の問題である』のです。
詳細についての正誤の検証は必要であるにしても、30年前に出版されているこの書籍が、果たして当時どれだけの人の眼に触れることができたのかも知る由はありません。
ただ、確実に言えるのは保守派にとっても強力な武器となりうるこういう貴重な資料を自在に駆使して、マスコミや左派勢力に敢然と挑むパワーや戦略が保守派には欠如していたということは、今の日本の現状を考えるに否定できない事実でもあろうと思います。
昨日の記事で御紹介した「人間獣化計画」の19項目に見事に骨の髄まで汚染された戦後世代の日本人には無力だったのではないかとも思います。
斯く言う私もその日本人の一人でありました。しかし、ネットを通じて多くの若い世代にたくさんのことを教えていただきながら、自虐史観という洗脳を解くことができたことを思うと、何かのきっかけ(起爆剤)さえ掴めればまだまだ日本人も捨てたものではないとも考えます。
皇后陛下が「日本人の資質を信じています」ということを仰せになっていましたが、その言葉の重みを一日本人としてひたすら申し訳ないという思いで受け取らせていただきました。
保守派が反日勢力や特亜などの外国勢力に押されがちなのは、偏に「日本歴史の真の構築を放棄して来た日本人自身の問題」に帰結しているのだと、最近まで自虐史観に染まってのうのうと生きて来た我が身も含めて反省させられた書物でありました。








