安部総理が河野談話を継承すると国会で宣言されてから、支持率が少し下がったという話を聞きましたが、荻生田自民党総裁特別補佐が、検証の結果新しい事実が出れば、新しい談話を出せばいいと述べられたことで、かなりの国民がホッとした気持ちになったのではと思います。
安部総理を信じていますし、安部総理が日本の戦後レジームからの脱却にむけて綱渡りのような慎重さで、二歩進んでは一歩下がるという難しい政策運営をなさっているという話に、国民の一人として世論の助けと成るようにと支持していますが、それでも、中々進まない情勢や、後退に見える場面には、心が憂鬱になることもあります。

萩生田光一自民党総裁補佐
そんな中、ブログ「博士のひとりごと」の今日の記事を見ると、博士は、「雨が止むのをじっと待つ猫のような、冷静に、今少し先読みを淡々となす日本人の「眼」が必要な時」とかいておられました。わかっているつもりでいたのですが、思わずそのとおりだと反省いたしました。河野談話継承や移民政策などのニュースについ一喜一憂している昨今でした。まだ決まったわけでもない政策に、心を動揺させていてはどうにもなりません。改めて心構えを強く持ち直しました。
博士は首相たるべき器についても言及され、安部総理が方便も使いながら、反日勢力を内包する自民党という党内をまとめあげて、最終的にうまく目的の方向へと誘導するように、知恵を絞って政治をやられているのだということを非常によく分かる文章で書いておられました。
保守系に思える人から批判などが上がることもありますが、安部総理への直接的な批判ではなく、国民の世論となる、正しい歴史認識の共有、愛国心の共有こそが、安部総理の戦後レジーム脱却の一番の手助けと成るのではないでしょうか。保守分断や、安倍総理失脚をねらう工作に乗せられないようにしなくては、今が大事なときに取り返しの付かない事になりますからね。
博士の独り言 III ‐ 日本防衛チャンネル
韓国「萩生田氏発言「容認できず」」考
内閣府が、移民受け入れの本格的な検討を始めたというニュースに、本当に腹立た しい思いがします。だいたい経済諮問会議という組織自体が、なぜそんな大事なことを決める権限があるのかと言う気がします。選挙で選ばれたわけでもないの に、有識者などという肩書は、一般国民よりもはるかに深い知識と洞察力を持っているかのようにイメージさせます。しかし、それはあまりに国民を馬鹿にして いるのではないでしょうか。誰が、どういう審査でこの人達を選んだのか、それもわからないままで、その議論の結果が国政を左右するなどというのは、おかし いです。どこが民主主義なのでしょう。

欧米を見れば、移民政策の失敗は明らかであり、ヨーロッパなどは、もう遅きに失しているものの、その転換を図ろうと苦心していま す。なぜ、この現状を反面教師にして、考えないのでしょうか。わが国が、移民を大量に受け入れれば、これら欧米と同じ問題が起ることになります。
三橋貴明さんも、これは自然国家であるわが日本国が移民国家すなわち人口国家に変わってしまう重大事だとおっしゃっていました。こんな重大なことを選挙で選ばれたわけでもない人々が決めるのは、あまりに僭越なことと思わないのでしょうか。
三橋さんは、これは経済的自虐史観であるとおっしゃっています。
以下引用
「高齢化で日本は衰退します」
「グローバリゼーションに逆らってはなりません」
「生産年齢人口が減り、地方からの人口流出が止まりません」
というロジックになっているわけですが、そこに「自分の国の経済は、自分たち国民が成長させる」という気概や「魂」はないのです。根底には、「日本はダメな国」「日本は衰退する国」という思想が根付いているからこそ、すぐに、
「外国(外国人)に頼ろう!」
という発想になるわけで、「移民問題」は戦後の自虐教育の延長線上にあることが分かります。
日本は古事記日本書紀の 神話では、天の益人(あめのますひと)、即ち人口がどんどん増える国だと書かれています。それは黄泉の国から逃げ帰ってこられた伊邪那岐命(いざなぎのみ こと)と追いかけて来られた伊耶那美命(いざなみのみこと)が黄泉との境である黄泉平坂で千引岩を挟んで対峙され、伊耶那美命が一日千人を殺すと言われた 時に、伊邪那岐命はそれならば一日千五百の産屋をたてるといわれ、亡くなる人よりも生まれる人のほうが多くなることを宣言されたからです。
もし現在、人工妊娠中絶がこれほど安易に軽く行われることがなくなれば、人口は自然に増えていくのです。自然に反逆したようなことを法律で認めているから、人口が減少していくのです。
日本が日本としての個性をこの先持ち続けていけるかどうかは、日本が自 然国家であることが重要です。グローバリズムという一見民主的に見えるものに騙されてはいけません。民族がその民族としての個性を大切にする事こそが世界 に貢献できる価値なのです。世界中皆同じにしてしまって、誰がいったい幸せに成るのでしょうか。
自然保護とか言いながら、そして自然の多様性を重んじなくてはいけない と言いながら、人類の文化文明から多様性をなくしていくのがグローバリズムです。多様性というのは、その国その民族の個性です。努力なくしては守られませ ん。それぞれの国が個性を守ることは、移民政策ではできません。
多民族と共生などと甘いことを言っていて、どんどん自分たちの生き方を変えられていくのです。日本が多民族国家となり、いつか外国からの帰化移民が多数の政治家となり、官僚となり、総理大臣と成るような社会となった時に、どうして日本の文化伝統が守られるでしょうか。
移民政策を考える前に、日本人の大切な小さな命、胎児の命を守るべきです。もちろん日本人にかぎらず、どんな胎児の命も守るべきです。日本が生まれるべき胎児の命を守っていく社会になった時に、自然に人口は増え、自然国家としての日本は存続していくことでしょう。
一般社団法人「いのちを守る親の会」◆京都本部 ◆<公式ブログ>
から転載しました。
中絶児がどれほど残酷な殺され方をされているのか、多くの人は考えません。戦争で、子供たちや赤ちゃんが、残虐な殺され方をした話を聞くと、私たちは非常 な憤りを感じますが、お腹の中の胎児を人工妊娠中絶するということに関しては、まるで病気治療の手術を受けたのと同じような感覚で、それを妊婦さんに勧め たり、本人も仕方のない事だという思いで、それを受けたりします。
しかし、もし戦争における残虐行為と同じくらいひどいことだと思ったら、本当に仕方がないで済まされるでしょうか。手も足も臓器も、6週間で胎児は出来上 がっています。たとえ小さくても、手術後の掻き出された胎児の遺体は、完全な赤ん坊の姿をしていて、しかもそれが切り刻まれた姿で出て来ます。そのあまり の残虐さには、目を覆いたくなります。
胎児は、中絶という言葉を聞くと、心音が上がるという話もあります。まだ言葉もわからないはずなのに、何故か分かるらしいのです。胎内記憶を研究している 池川医師によると、生まれる前の赤ちゃんは、すべて言葉も理解しているそうです。それどころか受胎前からの記憶があるというのですから、人間は目に見える 肉体以前に霊的な存在だということかもしれません。
中絶される胎児は、非常に心音が上がって、中絶器具から、必死に逃げようとあがきます。その悲惨さを、仕方がないなどと容認してもいいのでしょうか。子宮 というのは、子の宮と書きますが、本来神から授かったいのちが宿る神聖な場所であるから、神の命を宿す神の宮という意味だとおっしゃった方もいました。
その神聖な場所で、親から守られるはずの胎児が、親によって殺されるのです。これは胎児にとっても、親、特に母親にとっても、非常な悲しいことであるの は、確かなことです。中絶をした母親の多くは、その悔恨の気持に苦しめられる人が多いのです。それは、自然に反する行為、本来やるべきでない行為であると 心の底ではわかっているからです。
経済的理由で、中絶が行われる日本、一人いるから二人目はいらない、二人いれば、三人目はいらない、そんな理由で親が子を殺す、あるいは外聞が悪いという 事情から殺す、このような中絶で、年間100万人以上の胎児が殺される国は、異例だそうです。平和に見える日本がこのような中絶を繰り返していることを、 マザー・テレサは悲しまれ、日本は貧しい国だと言われました。そして勇気をもって、中絶をやめ、育てられなければ、里親に頼むことで、胎児を殺すことは絶 対にしないようにと、訴えられました。
胎児の悲惨の上に築かれた豊かさなど、本当の豊かさではありません。多くの青少年問題を見てきた人が、非行、いじめ、引きこもり、金遣いの荒さなどの問題児をもつ親は、たいてい中絶経験があるとおっしゃっていました。
霊的な話には、拒否反応のある人もいるでしょうが、そんな話は別としても、下記の記事の悲惨な画像は、文明国を自認する日本において、この胎児殺しが、道義的に決して許されないということを、明確に示しているのではないでしょうか。
妊娠して困っている人は
昨日も1日、2人の方から
赤ちゃん(胎児)は、
2011年のまだ震災の傷が生々しかった頃、世界フィギュアロシア大会のエキシビションでのフジテレビ放送の話を聞きものすごく腹がたったことを覚えていますが、ソチ五輪で再びこの話がネットでの話題にのぼることが出てきて、このことが実は本当に悪質なマスコミの報道操作だとつくづく思うようになりました。
先日来、NHKの反日的な報道に対して、三宅博衆議院議員が、国会で激しく追求された動画を見て、そのズバリと歯に衣着せぬ論調にいたく感動したものですが、それと同じように、このフジテレビも国会で追求する事ができないだろうかと思ったりします。
世界大会の放映権を得てメディアを代表して放送するからには、誠意のある報道をすべきであり、それをしなかったということは、国民を裏切っていることになるのではないでしょうか。ロシアが、国家として日本国民に対して励ましのメッセージを送ってくれた、言わば国から国への心の贈り物を、フジテレビは、日本国民に届けなかったのです。それは、贈り物を運送会社に届けるようにと頼んだものが、途中で捨てられて、相手には届かなかったというのと同じではないですか。
メディアは編集権と称して、いろいろなものを国民に隠したり、あたかもそうではないものをそうであるかに見せたりと印象操作で別物に作り変えたりしますが、あまりに度が過ぎる編集をやり過ぎです。そして、この2011年の世界フィギュアでの出来事は、ロシア国民の温かい思いやりを悲しみの中にある日本国民に届けずに捨ててしまったというのは、あまりに犯罪的な行為だと思います。国会で断罪されても良いのではないでしょうか。
マスコミが国民の知る権利を奪い続けることで、日本人が世界からの励ましや尊敬の言葉を知ることが出来ないのは、日本人が本来得るべき心の富を盗まれているようなものです。あるいはそうでない反日国家からの場合ですら、幅広い知識やあらゆるデータを得て国民が正しい判断を下す材料と成るものをマスコミが隠すのですから、やはり知識を盗まれていると言えます。
秘密保護法で「知る権利」を連発したマスコミが、どれほど国民から奪ってきたかを思えば、見当違いな知る権利を振りかざすマスコミの欺瞞があまりに醜く思えてなりません。
「2011フィギュア選手権」でロシアが東日本大震災で苦しんでいた日本にエールを送る!
氷上の日の丸を囲み世界が黙祷 ⇒ フジテレビ、すべてカット!代わりにキムヨナ特集
http://www.news-us.jp/article/389698310.html
629 :(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2014/02/24(月) 03:07:35.89 ID:0+SZKctF
これ知らんかった(´;ω;`)
2011フィギュア世界選手権は、
震災で東京大会が中止となり急遽ロシアで開催される。
震災で傷つき消沈している日本に対し、
ロシアは心からの同情と配慮を示してくれた。
氷上の日の丸を囲み世界が黙祷するシーン 
しかし放送権を握ったフジテレビは
↑の日本への励ましのシーンを
全面的にカットし、
キムヨナ特集にすり替える
編集を行った。
だから日の丸を囲んで
世界が手をつなぐ厳かで美しいシーンを、
ほとんどの日本人は
見ていない。
これほど残念なことはない。
(しかも韓国のキムヨナはボイコット)
3月11日が近づくにつれ、メディアは、福島原発事故により非難を余儀なくされ、故郷に帰れなくなった人々のことをとりあげています。
NHKでは、故郷を離れて暮らす老人の中には、老いて故郷を離れたことの悲しみ苦しみの気持ちから認知症になる人、故郷に帰れない絶望からストレスで亡くなる人など多いと言っていました。長年住み慣れた場所から離れ、全く知らない土地で生活し、新しい人間関係を築くというのは、若い人ならともかく老いた人々にはほんとに辛いことだと思います。人生の長い時間をかけて出来上がった心の安定と平和の基礎をほとんど失うようなものですから、寂しさははかり知れないでしょう。老いるほどに人間は、故郷の懐かしさに心惹かれるものです。
こんな話を聞くたびに、本当に避難は必要だったのかと思わずにはおれません。あの時の民主党内閣の酷さ、菅直人の百害あって一利なしのような存在が悔しく思い出されてなりません。
放射線に関しての最新の研究データは、この避難区域の線量では、危険ではないという結果が多く示されています。しかし、こうした最新の研究を取り上げるマスコミはほとんどありません。むしろ危険を煽るような報道ばかりです。しかし、実際にこの避難地区の現状が映し出されると、そこには、イノシシか野生化した豚かわかりませんが、元気そうに走り回っている映像が映し出されています。植物が枯れているような様子もありません。もし避難せずにここで暮らせていたら、多くの老人がどれだけたとえ不自由はあったにしても、避難場所での老後よりもずっと幸せだったのではないかと思わずにはおれません。
放射線医療の専門家の高田先生も稲先生も、アメリカのラッキー博士も微量な放射線は生物の抵抗力を高め、非常に健康を増進する作用があるとおっしゃっています。放射線を浴びる職業の人にがんが少ないというデータは本当にあるのです。なぜマスコミはこうした意見を全く取り上げないのでしょうか。この間の都知事選でも、マスコミは脱原発を後押しするような報道ばかりで、原子力の科学的で正確な情報や、また放射線に関しての科学的な研究情報を公平に取り上げる姿勢は全くありませんでした。
朝日は、反安倍が社是というし、ほとんどのメディアは、反保守、反自民であり、戦後体制の中で自分たちの有利な立場を築いてきた者達であり、それは基本的に、本来敵国であった米占領軍の意図を受け継いだのであり、それは当然反日本、反国家の立場となるのですから、反原発、脱原発という日本に不利な政策を支持することになって、恣意的な報道ばかりするのでしょう。
西村眞悟氏のブログでわが国の放射能制御について書かれていましたので転載します。
|
|







