先週末~今週は父方の祖父母の墓参りへ行き、入院中の母方の祖父に会いに行き、今日は祖母がうちに泊まりにくるなど、じいちゃんばあちゃんとの交流のある一週間を過ごしている。
そんな中、最近妙にひっかかることがあった。
それは親戚の家へ行った時やうちにばあちゃんがきているときなど、
「まったく、なおちゃんももうちょっと成長してもらわないとね」
「自立してもらうことが望みですよ」などと母が言うのだ。
自立?成長?
一体親の望む成長や自立とは何なのだろうか?
これ以上どう頑張ればいいというのか…?
私は自分でやっと落ち着いてきたと思っていた矢先だったので、
母の言葉に愕然としてしまった。
「ねえ、お母さん、お母さんの望む私の自立ってなんなの?」
「…ウーン、そりゃぁいい人と結婚するってことじゃない?」
「じゃぁお母さんが望む私の成長って?」
「そりゃぁ何か生きがいみたいなものを見つけるとか、心の成長よ」
私はこのやりとりを通して、ああ私は親元で大きくなりすぎたと思った。
親元で成長しすぎたということだ。
母は「早く自立して欲しい」と望み、私は「まず自分を認めて欲しい」と望む。
親元を離れることは、親との繋がりを大切にしつつ自分を頼りに社会で人とのつながりをもって生きていくということだと思う。
あ~あ、私は親に認められたい、周りに認められたいそれだけでここまできてしまったのかもしれない。なんて、刹那的なエネルギーなんだろう。
いつまでたっても満たされることはない。
だからずっと、親元を離れることが私にとって第一歩だったのかもしれない。
でもできなかった。それはきっと、両親が私を大事にしてくれたからだと思う。それに甘えてきてしまったんだと思う。
今年28歳、私は夢をおいかけてとか、就職が決まってとかではなく、家を出ようと思った。離れてきっと大事な人を大事にできるんだと思う。
今日は心の中で一つ大きな気持ちの整理がつき、今後の一つの目標がみえてきた。
まるで、どこをどうすれば動くのか分からないくらい複雑な、でも動力の中心となる心の中の大きな重い歯車がゴトンと動いたようなそんな感覚だった。
そんな中、最近妙にひっかかることがあった。
それは親戚の家へ行った時やうちにばあちゃんがきているときなど、
「まったく、なおちゃんももうちょっと成長してもらわないとね」
「自立してもらうことが望みですよ」などと母が言うのだ。
自立?成長?
一体親の望む成長や自立とは何なのだろうか?
これ以上どう頑張ればいいというのか…?
私は自分でやっと落ち着いてきたと思っていた矢先だったので、
母の言葉に愕然としてしまった。
「ねえ、お母さん、お母さんの望む私の自立ってなんなの?」
「…ウーン、そりゃぁいい人と結婚するってことじゃない?」
「じゃぁお母さんが望む私の成長って?」
「そりゃぁ何か生きがいみたいなものを見つけるとか、心の成長よ」
私はこのやりとりを通して、ああ私は親元で大きくなりすぎたと思った。
親元で成長しすぎたということだ。
母は「早く自立して欲しい」と望み、私は「まず自分を認めて欲しい」と望む。
親元を離れることは、親との繋がりを大切にしつつ自分を頼りに社会で人とのつながりをもって生きていくということだと思う。
あ~あ、私は親に認められたい、周りに認められたいそれだけでここまできてしまったのかもしれない。なんて、刹那的なエネルギーなんだろう。
いつまでたっても満たされることはない。
だからずっと、親元を離れることが私にとって第一歩だったのかもしれない。
でもできなかった。それはきっと、両親が私を大事にしてくれたからだと思う。それに甘えてきてしまったんだと思う。
今年28歳、私は夢をおいかけてとか、就職が決まってとかではなく、家を出ようと思った。離れてきっと大事な人を大事にできるんだと思う。
今日は心の中で一つ大きな気持ちの整理がつき、今後の一つの目標がみえてきた。
まるで、どこをどうすれば動くのか分からないくらい複雑な、でも動力の中心となる心の中の大きな重い歯車がゴトンと動いたようなそんな感覚だった。