風に吹かれてぶらり旅

まっすぐに生きる人が好き

とまらない

2007-02-27 03:07:05 | 徒然
昼間寝ていたのだからそんなに焦ることはないのだろうけど、
布団に入っても咳がひどくて眠れない。

…私の体はどうかなってしまうのかな。そんなことないんだろうけど、不安になる。何がいけないんだろう。
こんな状態には何か意味があるのかな。何かの警告なのかな。一人でいろいろ考えてると…後ろ向きになるな。

高校の頃に戻りたいな。いつもみんなと一緒だったあの頃に…

どうして?

2007-02-27 01:01:42 | 徒然
 今日は仕事を休んで病院へ行った。

朝5:50に目が覚めたら首の左のリンパ線あたりが少し痛くて、これはやばい…と思ったから。

 金曜日、上尾の時一緒だったCADオペさんと一緒に飲みに行った。
今年に入って…確か初めてお酒を飲んだ。
ようやく体調も戻りつつあって、大丈夫かなと思っていた。
別に飲みすぎても食べすぎてもいない。
でも殆ど酔えなくて、妙に寒くて、頭痛がした。
懐かしい人に久しぶりに会えて嬉しかったのに。

 土日、ずっとベッドで寝たまま、出かけることはできなかった。
37度台の微熱が続いた。
2日も大人しくしてたのに、今日は最悪だった。
もう、咳がとまらない。
そしてその咳をした振動が腰にきて、腰が痛くてたまらない。
もう歩くのも痛い。かがむのも痛い。
こんなんじゃ仕事にいけない。
病院で受付を済ませてから診察を受けるまで待っている間、約1時間、咳をするたびに腰に響いて痛くて辛くてたまらなかった。

どうしてこんなに体の調子が悪いの。
どうしてこんなに仕事も恋愛もうまくいかないの。
どうしてこんなに腰が痛いの。
どうして咳がとまらないの。
なんでこんなに薬まずいの。
鏡をみると辛くなる。疲れきった顔、目のしたのクマ、腰が痛くて立ち上がるのも「よっこいしょ」って感じでまるでおばあちゃんみたい。
肩・背中・腰には鎮痛剤が貼ってある。

この先どうしたらいいの。
これから私はどうなるの。
ああーッ!腰がいたい!
なんか泣けてくる。
私まだ27歳だったよね。
私何かいけないことした?!
もうヤだ。もう何もかもがイヤだ。
もっといつも笑顔で優しくいたいのに。

 SOUL・HEADのBESTについてたDVDをずっと流しっぱなしにして観てると少し気がまぎれる。ああ早く思い切り動き回りたいな。私らしく生きたいな。いつからこんなに病弱になっちゃったんだ。

 仕事続けられるのかな…
このままずっと体が不調だったら迷惑かけちゃう…
とりあえず、もう寝よう…

マイ・ペース

2007-02-22 20:03:45 | 徒然
 昨日、現場の職人さんの一人が具合が悪くなって病院へ運ばれていった。
今日は現場に入ってくる業者が事務所に備えつけることになっている「安全衛生管理提出書類」というファイルのチェックについて…改めて考えさせられた。


 私は本当に、事務的に仕事をしていたんだなと思う。
私のやっている仕事がどんな意味を持っているのか…そんな風に考えてなかった。

「何が大事なのか?」を中心にちゃんと考えてやってきたのか?
いつの間にか、周りが見えなくなってきたんじゃないのか…

いや、一年前は逆に事務作業をどう効率的にやるかなんて考えてなかった。
ただただ、内装監理室のために、現場のために、施主のために、自分のために…
バカ丁寧だと言われながら、要領が悪くて疲れ果てながらやっていた。

 でもいつも挨拶や笑顔は絶やさないように心がけていたし、
自分から自己紹介をして顔を覚えてもらおうとして、
少しでも現場に慣れようと努力していた。
そしてできるとも限らない仕事を任されればなんでも自分で背負い込んで、
任されてない仕事まで理解しようとして、また疲れ果てていた。

いつも落ち込んで、もっとこうすればよかったと反省していた。
でも毎日が充実して、楽しかったな。
そんな自分が好きだったし、何よりも周りの人がいつも支えてくれた。

 なのに、なのに、なのに、
上尾の現場が終わってから、今の場所に移って、現場事務の仕事をやってる自分をどこか受け入れていなかった。
なんというか、確かにある程度の評価はしてもらえるけれど、毎日がただ淡々と過ぎていった。
自分の中で定時であがって家でゆっくり過ごさなきゃと思っていた。それが自分にとって一番いいんだと納得させていた。
でも…

 違う。

 今日は久しぶりに居残りをしている。
いつも一番遅くにきて、一番早く帰る私だったけど…
ああ…
なんだかな、自分の心の中の何かが「そうそう、それだよ」って言っている。
がんばりすぎるのも疲れるけど、自分を抑えるのも疲れる。
仕事に生きたいわけじゃないけれど、ひとまとまりのことは区切りのいいところまでやりたい。
それが充実感につながるんだろうな。
それが私自身を輝かせることになるんだろうな。

 私はこの半年、あまり人にココロを開いていなかったと思う。
でも、それじゃ本当の充実感は得られないし、なにやってんだろうなって思う。
今まで好きな業界でごはん食べてんのになんでこんなに毎日がむなしいんだろうと思っていた。楽しいことはないかなと思って、外に求めても結局またむなしくなる、その繰り返し。
 音楽を聴いている時、好きなドラマを観ている時、友達とドライブしている時、その時は楽しくても、
「あーあ、また月曜から仕事だよ…行きたくないなぁ」なんて、週5日もそう思っていたら人生空しい時間の方が多いことになってしまう。

 そんなのは、い・や・だーーーーー!

 結局は、今の自分を受け入れること、そして自分を信じること、周りの人を信じること…それに尽きるのだと思った。
私はもっともっと色んなことを学びたい。
まじめすぎるってよく言われるけど、集中して仕事でも何でもやって、
遊ぶときはトコトン遊ぶ!が一番私の性にあってる気がする。

 とりあえず、やろうと思ってたことを後回しにしないで、やっちゃおう。
それで気が晴れて「がんばった」と自分で思えるなら、きっともっと自分を好きになる。
今までどこかでセーブしていたけど、
体調も戻りつつあるし、うまくバランスをとってまた自分のペースで走り出したい。

どろろんな黒髪を愛す

2007-02-19 22:16:45 | 徒然
 昨日の夕方、いつも行っている美容室でヘアスタイルを整えてもらってきました。
表参道の美容室へ通っていたこともありましたが…やっぱり近くて通いやすくて、慣れているところが一番です。
ここ半年くらい、1ヶ月に1回ペースです。我ながらいい感じですね~

けれど、美容室の鏡に映る自分の顔はたいていいつも疲れていて、美容師さんには
いつもほんださんは疲れた顔してるなーと思われてるのかなぁ…なんて思いながら、座っていました。
とはいえ、ある意味下着姿を見られるのと同じくらい恥ずかしい散髪の過程をみてもらうという…かれこれ、1年以上この人に髪を切ってもらってるんだなと思うと…やっぱり美容師さんとの相性ってあるんだろうなと思います。
黙っていても、会話をしていても、会話がたまに通じなくても、それはそれとしてあんまり気にしなくてすむ…美容室でリラックスできるって案外難しいものだからこの美容師さんは私にとって貴重な存在です。

 やっぱり一ヶ月経つと前髪やら、シルエットやら崩れてくる。
去年からずっとボブだったので、伸ばそうと思っているのだけど…
実は毛先を少しずつ切ってあげるほうが、綺麗な髪になるんだそうで。
ちょっとずつ切ってたらいつまでたっても伸びないじゃん!と思いきや、
切らずに伸ばしていても、伸ばしぱなしで毛先が傷んで栄養不足の髪は、プチっと切れてしまうらしい。白い点みたいなのが髪の毛にできて、そこからプツっと。
だから月一回ペースで美容室に通うのが理想なんだそうですよ。
忙しい毎日を送っていると忘れがちな、髪もきれいにしていようと美意識を持つ良いきっかけにもなるしね。

 ちなみに、ただいま私の頭は長年のカラーリング生活から地毛の黒髪にほぼ戻りつつあります。暗いし、重いし、体調が悪くて化粧のりは悪いし…見た目はいつも以上に影があり、どろろんって感じです。
最悪ですが、せっかく健康な髪の毛に戻ったのをまたカラーリングするのはちょっと惜しい。
だって色を入れるのはたった一回の数時間でできちゃうけど、地毛の黒髪にするのにはそりゃぁもう何年もかかるわけですし…
気分としてはもうすぐ春だし、ぱぁ~っと明るくキャピ☆っといきたい所なのですが、とりあえずこの黒い髪の毛を愛したいと思います。

 そこで、どうしたらこの重い暗い、直毛な私のヘアスタイルがフェミニンに決まるか…考えたところ、ここはメイクを工夫してみてはどうかという結論に至りました。なぜなら…髪の色や髪型が地味なら、メイクは少し女らしく、ツヤっぽくしたらバランスがとれるのではないかと思ったからです。あと服装もね。
まだイメージは固まっていなくて、その先は追及していないけど…

 そんな風に最近思ったことを昨日美容師さんに話してみた。
「ほんださん、いいところに気が付きましたね、なかなか鋭いです。
 髪型とメイク、あと洋服は連動してるんですよね。
 全てトータルでファッションコーディネートなんです」

 そうか~鋭いとこついてましたか~。
だって、ヘアメイクってセットで考えたらなりたいイメージに近づくためのオシャレの幅が広がるもんね。
た~のし~い♪

 これまたちなみに、先々週東京の叔母の家に泊まりに行ったとき、従姉妹が使っていたヘアトリートメント、ロレアルケラスターゼがあまりに使い心地が良かったので買ってしまいました。その時だけ!のケアはもう卒業します。毎日の積み重ねが明日の美を作るのだと思いました。そして、これは仕事におきかえても一緒なんだと思いました。
脱いだ靴を揃える、それだけでも職場でいちいち実践していると…私生活でも体が勝手に動いてしまう。それを利用して…これは理系のあたまですね。

寝る子は育つ

2007-02-19 12:56:01 | 徒然
 ここ2日ほどで、ようやく眠れるようになった。
土日はふかふかの布団で寝たいだけ寝た。
他にやることが思い当たらないというのもあるのだけど・・・
とりあえず今は良質の睡眠をとることを最優先にしている。

精神と身体のエネルギーが少しずつチャージされていくのが分かる。
まだ十分ではないけれど、少しずつリズムが戻りつつある。

春はもうすぐそこで、これから何かが起こりそうな、そんな気がする。

 日々向上していく努力を怠らなければね!

あなたの長所は?

2007-02-18 01:14:12 | 徒然
…と聞かれる場面と言えば学校や就職の面接だけど、その他に考えさせられる時がひとつ…
誰かを好きになった時だ。そしてその恋がうまくいかなくなった時、あくまで私の場合はだけれど、自分に自信がなくなった。なぜなら…相手を好きな自分が好きだったりするので、その相手が相応しくなくなるということは…「私はどうしてあの人を好きになってしまったんだろう」と自分の判断に自信がなくなる。私からあの人を思う気持ちをとったら何が残るのか、どうしてうまくいかなくなったのか、そもそも私の魅力って?何が足りなかったのか…
考えるわけです。
そこで…

自分の魅力、長所はこれだと見つけた時、それは誰かを好きになることと同じ、いやそれ以上に大切な価値あることなのだと思う。なぜなら一人でいる時でも自分を輝かせることができるから。

ちなみに、私はひとつだけ見つけました。まだ自分の中で定着していなくてたまに忘れて自分を見失いそうになるけれど…

あたま(理系+文系)

2007-02-17 23:36:05 | 徒然
 昨日はお昼ご飯を所員の人と検査に来ていた設計監理のおじさんと食べた。
オジサンなんて言い方は絶対にできないんだけど…

「アインシュタインは奥さんにハッパをかけられて相対性理論を書いたんだって。
まとめたのはアインシュタイン本人じゃなくて、奥さんなんだってさ。
元々奥さんはすごく頭のいい人だったらしいよ、あんまり表には出てこないけど。
つまり、いい奥さんをもらわなきゃだめだってことだね。」
そんな話をYさんはしていて、

アインシュタイン云々から大学・高校の数学、理系、文系の話になった。
「大体ね、オレは子供に言ったんだよ。微分積分がわかんなかったら数学は向いていないから理系はやめた方がいいって。文系のあたまなんだよ。微分積分を頭で理解しようっていう時点でね。向き不向きっていうのがある。」
「へー!私数学全くだめなんですよ」
「だからほんださんは理系のあたまじゃないからだよ」

 ふーん。
なるほど~
っていう感じでした。
でも、仕事の効率ということを考えたときに、理系のあたまになることはすごく大事なんだなと思った。そして、数学はルールであって、そこに愛や心があればそれはものすごく美しい秩序と静寂をもたらすものなんだと思った。
だって、なんとなく似てるけど違うというもの2つがあったとして、それを区別するのはすごく面倒だったりするけれど、そこに「番号1、番号2」とついていたらそれでもう区別がついてしまう。
つまり皆にわかるものなんだ。
仕事ってそういうことが大事で、誰にでも判るようにするっていうスタンスで、ファイリングしたり、図面を描いたり、整理整頓したり、秩序づけたりする。
それは数学の世界なんだと思う。
でもそこに「みんなに判る様に」という気持ちがなければ一変して無味乾燥なものになってて、つまらない、冷たいものになる。

 文系のあたまは効率とは反対の世界、感覚、喜怒哀楽の感情…そういったもので…何もないところから何かを生み出す、その人にしか分からない世界がその根本にある。でも表現する手法はみんなにわかるようにしなきゃ伝わらないから文章は数学と似ている。同じ表現は使わないようにとか、繰り返さないとか、言いたいことを絞るとか、最初に結論をもってくるとか…

 文系のあたまと理系のあたま、どっちも大事だ。
だって私の場合、ずっと感情やら伝えたい気持ちやらなにかうずまいてしまって、外に出せない。
でもそこれを効率的に分かりやすく伝えるテクニックがあれば、それを表現することができる。

 そして私の生活のスタイルも…
やっぱり建築は好きだし、事務所にいても安全書類とにらめっこしているよりも、図面を見ているほうがよっぽどおもしろいし、施工の話しを聞いているといいなぁと思う。でも実際には、私は事務職で食べていて、今作業服を着てヘルメットかぶって現場監督をしようとか、図面の描き方を覚えて必死でやりたいとは思わない。なぜなら、もうそれは人生すべてを賭けることになってしまうから…
私はそれは望まない。
多分私はバカだから、マジメにその道をいくしかないと思ったらその道を走ってしまうと思う。でも気が付いたらそこには自分が欲しかった女らしさや、楽しい日々はないんだと思う。だって、建築に関わる仕事をしている人は、私のようにジョサイアコンドルや京都の町並みが好きだとか建築が好きだと言って建設業に携わってる人ばかりじゃないからだ。生きるために、生活するために働いている。そこに純粋に私の興味や好きなことをやりたい気持ちだけをもって仕事ができるほど甘くないということがこの一年でよく分かった。
 それに、そんな気持ちでやっていたら、好きなことが好きじゃなくなってしまうことも分かった。それでも建物をつくる仕事にどういう形であれ携われることは嬉しい。

 だから、私は今の事務職であっても建設業に携われて、生活できることは幸せなんだと思う。でも、それだけじゃなくて、好きなことや楽しいこと…京都の建築や風景が好き、上野の奏楽堂が好き、中里の旧古河庭園が好き…絵を描くことや写真を撮ることが好き、散歩が好き、洋服が好き、お化粧が好き、恋愛だってしたい…そいういうことを楽しむっていうスタンスで少しずつ世界を広げていけばいいのかなって思う。

 だって、例えばほっと落ち着くカフェを設計するとしても、
どういう時に人はカフェに入りたいと思うのか、カフェに座って物思いにふけるとき、どんな灯りがそこにあったらその人は心が癒されるのか…
それはそんな経験がなければ絶対にいい設計はできない、と思う。
だから私の夢は…いつか自分の思い描く家を思い通りに設計して、信頼できる施工会社や大工さんに作ってもらうこと…、あとは家作りや建築や工事のことで友達や大事な人の役に立てるようになること、そして盆栽みたいな小さな世界でもいいから、自分の感性で美しい世界を表現して人にみてもらって、それが誰かに喜んでもらえたら最高だと思う。

(仕事=効率=理系のあたま) + (遊び=いかに楽しむか=文系のあたま)
=2007年の目標

 とりあえず、向こう3年の過ごし方を決める前の人生をどう送るかという基本姿勢がまとまった今日この頃であります。
それをちゃんと考えるって大事だと思いませんか。
仕事に生きるって燃えて、ふと気付いたらお一人様、こんなはずじゃなかったっていうのだけはいやです。
「この大学へいってみたけど、やりたいことじゃなかった。まぁいい経験にはなったけど」っていう時間の過ごし方はもういいです。
時間は有限なんですから。
ま~、計画通りにはいかないだろうけど、目標は持っていたほうが実りある人生を送れるし、楽しいでしょ。

がーしかし、
最近また咳が止まらなくなってしまい…
腸の炎症を抑える薬を飲んでいるので咳止めを飲めず…
眠れません。

昼間フラフラしています。

2月いっぱい、まだ本調子とはいかないみたいだ

嗚呼バレンタイン

2007-02-15 08:48:03 | 徒然
真に受けすぎなのかもしれないけど、バレンタインっていうイベントは大嫌いだ。
振り返れば色々な思い出があるけど…
小学生の頃はバレンタインデーに当時わりと人気のあったちょっと話しかけづらい男の子たちに、まぁ割と好きかなぁ…とあまり深く考えずにあげるだけあげて、ホワイトデーに男の子がお返しを持って家を訪ねてくれても恥ずかしくて、毎年母に受けとって貰っていた。
自分にそんなに自信がないのもあるけど、ものすごく恥ずかしがりなのだ。かといって好きな人がいるのにバレンタインの思い出が何もないのも淋しいし、なんか違う気もするし…
ホントに人の気持ちをあおりたてるこのイベントを作った人は余計なことをしてくれたよ…そっとしておいて欲しいのに!と言っても本気で恋しているわけじゃなければなんともないんだけれど…。
そんなお祭り騒ぎがやっと終わって…あ゛ーっ解放されたっ。青い空、白い雲、澄んだ空気…
新しい一日頑張ろっ

花と空間とフォーマット

2007-02-13 01:46:26 | 徒然
 母は若い頃、桂古流という流派の華道教室に通い師範免許?をとったらしい。母から貰った古い小さな手引き書によると桂古流は京都の桂離宮に花を活けるところから生まれた流派らしい。
 母が結婚する前、会社勤めをしていた頃は会社にお茶やお花の先生が出張して教室が開かれていたので習い易い環境だったのだそうだ。
 私は花が大好きだけど…活け方はイマイチよくわからない。母に聞いても「愛情をもって活けるのよ」と、もったいぶってるのか、技術的なことは具体的に教えてくれない。ただ、私が活けたのを母が直すと…本当に花が活きるというか、全然違う。そこに豊かな空間が生まれる。エレガントというか華やかというか…。
 花があることでそこに奥行きが生まれるんだと母は言っていた。去年の冬、空間とは・・・など、難しいことを勉強していたときお寺の塀の脇の道を歩いていて、ふと塀の向こうの空を見上げたら、視界に大きな木が一本現れた。そこであらためて「そこに空がある」と思ったことがあった。そこに空間がある、と意識するってこういうことなんだと思った。
 建物も、何かをする場所という仕切りを、木やコンクリートなどでしてやることで何もないところに空間が生まれる。フォーマットを作ることが建物を設計し、つくることなのだと思った。
 建築と活け花の共通点は空間を作るというところにあるのだと気付きました。

 で…今日ジャスコで安い花束を買って…愛を込めて活けてみました。
母いわく「言葉じゃうまく説明できないのよね~、感じるものなのよ」だそうです。とりあえず、お花に話しかけながら、お顔をこっちに向けてみました。

虫垂炎

2007-02-12 16:42:58 | 徒然
 こんな日が来るとは思わずにいた…

虫垂炎、俗称盲腸炎に自分がなるなんて…

 
 今日、SAMの実家の病院へ行き、消化器科で診てもらったら
おそらく軽度の虫垂炎とみていいでしょうと診断された。
血液検査をしたら一昨日よりも白血球の数値が正常範囲に戻り、
CRPという数値は基準値よりも高いが、半分になった。

 薬で散らせる虫垂炎なのだった。

いやぁ~~、よかったよかった。
なにせ薬を飲んでいればあの盲腸炎が完治しちゃうんだもんね。
再発して急に痛みがひどくなれば手術ですよと言われたけど…

さくらももこのエッセイと、
今から10年前、私の高校時代からの友達が盲腸で入院したときのことを思い出した。
忘れもしない…
私と電話で話して、切った直後に急にそれまでなんとなく痛かったお腹の痛みが激痛に変わり、病院へ行ったら虫垂炎と診断されていたのだった。
そしてお見舞いに行ったらいつも元気な友人がゲッソリと青白い顔をして、点滴をつけて病院内の売店まで案内してくれて私にチョコクロワッサンを買ってくれたのだった。
ああ…なんか懐かしい。まだ部活やってたから…17歳かな?
ご飯を食べられなくて可愛そうだったなぁ。
ああ~なんか、あの頃を思い出だすなぁ…

 とにかく、便秘などで腸が詰まると再発を誘発するらしいので、気をつけるようにと言われた。そして消化の良いもの、胃に優しいものを食べて下さいと。
今の虫垂炎の手術は右下腹部を7センチくらい切って、術後ガスがでたらご飯が食べられるという…のではなく、おへそと恥骨の上と右下腹部を5ミリ~12ミリ切って手術するらしい。しかも手術の翌日にはご飯が食べられるんだって。
9年の歳月は大きいねぇ。
多分、友達は、右下腹部を7センチくらい切って、ガスが出るまでご飯は食べられなかったのだと…思う。ああ、でももう彼女は虫垂炎になることに脅かされることはないのだな。
右腹にバクダンを抱えている気分…(さくらももこ)
まさにそんな心持です。

 それとは別に、風邪はまだ治らない。咳をしすぎて腰が痛い。
トホホ、踏んだり蹴ったりとはこのことだよ。

これを読んでいるあなたも、自分は大丈夫なんて思っていたら風邪のふりして突然やってくるかもしれませんよ、虫垂炎。