エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

3.11・・・3年目へ!

2013年03月12日 | ポエム
3.11。
忘れんとして忘れえぬ日。
東日本大震災の日である。



ぼくは、この年10月現地を訪ねた。
同行した従弟は、ただ泣いた。

ぼくは怒っていた。
今でも怒っている。
その時、国政を担っていた既成政党とその党首。
総理大臣は「イラ管」であった。

彼は無作為の罪で投獄すべきであると、今でも思っている。



とまれ、この時の俳句が結社賞「山河賞」の事績を頂いた。
俳句を始めて、2か月経っていただろうか?







「土の慟哭」
      本田 野人

「風花や遮るもの無く海に落つ」
「朝寒の跡形もなき被災の地」
「佇める爽籟の街影も無く」
「塩害の土に咲きたる秋桜」
「紫苑咲く決壊の堤日暮れたり」
「業を負い罪を呑みこむ秋の海」
「波涛寄す渺茫の街末枯るる」
「曳航の音途絶えたり浦の秋」
「身に沁みる海の息吹の記憶かな」
「焼玉の音も消え去り虫絶ゆる」
「海は今嫋やかに秋抱きすくむ」
「秋の風月の光を洗いけり」
「被災地の土の慟哭捨案山子」
「ただひたすら手を合わせ居る藁の塚」
「はじかみを噛み奪われし人偲ぶ」
「みちのくは深い眠りや星流る」
「拾いたる山栗集め仏供とす」
「光堂捧げる祈り蓮破れぬ」
「痛哭の穏やかな海秋終わる」
「冬隣たった一人となりにけり」







この20句である。
今、読み返してみると、表現が幼いし言葉がこなれていない。
でも・・・思い出深い俳句たちである。

田老地区から北上し、東下した。
海岸線は綺麗だし、海は何事もなかったように穏やかであった。

現在の人的被害の被災状況を示す数値がある。

 死者   1万5881人
 行方不明   2668人
 避難者  31万5196人

 合掌



何も語らない自然の姿は偉大である。
沈黙は金である。

森羅万象に音を与えたのは、神である。
男と女という言語を発する人間を産ましめたのである。

ぼくはその一人である。
この言語で、言葉を紡ぎ俳句を産ましめんとするのである。



    荒 野人