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平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

コールドゲーム 荻原浩

2006年08月24日 | 小説
 新潮文庫の100冊を読む。
 第1回は「コールドゲーム」(荻原浩・著)。

 新潮文庫の100冊ではこう紹介されている。
「誰の身にも起きかねないイジメの復讐戦。あまりにも痛い現実がここにある!」
「高3の夏、復讐は突然はじまった。中2のクラスメートが、一人また一人と襲われていく……。犯行予告からトロ吉が浮かび上がる。4年前、クラス中のイジメの標的だったトロ吉こと廣吉。だが、転校したトロ吉の行方は誰も知らなかった。光也たち有志は「北中防衛隊」をつくり、トロ吉を捜しはじめるのだが……。やるせない真実、驚愕の結末。高3の終わらない夏休みを描く青春サスペンス」
 短い文章を積み重ねて作品を紹介していく新潮文庫の100冊の文章、実に小気味いい。

 さて、この作品「コールドゲーム」。
 「持続する狂気」ほど怖ろしいものはないと感じさせる。
 中学の時にイジメを受けた廣吉。
 彼は転校して4年間ずっとクラスメートへの恨みを持続させてきた。
 それも単なる持続ではない。
 学校もやめ、復讐に生活のすべてをかけて来た。
 まず身体を鍛える。
 キックボクシングのジムに通う。
 バイクの免許を取る。
 腕からボウガンが出る仕掛け武器を造る。
 クラスメートの家族構成から日々の行動までを綿密に調べあげる。
 そのデータをもとに復讐計画を作成。
 同時に何をすれば一番苦しむかを考える。
 実に怖ろしい。
 普通、4年の歳月は人を変える。人には忘れるという能力がある。
 作者は4年前にイジメをした少年の言葉を借りて、こう書いている。
「誰だって変わるよな、四年あればさ。四年前の恨みだなんて言われても、あの頃何であんなことをしてたのかなんて自分でもわかんないよ。悪いことしたと思う。だから廣吉があやまれって言うなら、あやまるけどさ、なんだか他人のやったことで頭下げさせられる気分がしてくるよ」

 しかし、廣吉は忘れなかった。
 「怒り・恨みの持続」は結果、廣吉を壊してしまった。
 彼は取っかかりとして、自分たち母子を捨てた自分の父親に復讐を実行する。
 可愛がって猫の目を送りつけ、父親に蓄えた暴力をふるう。   
 そしてクラスメートへの復讐の実行。
 順番は「あいうえお」の名簿順。

 物語後半。
 事件は、あっと驚く展開を見せるのだが、ネタバレになるのでここは少しふれるだけ。
 実は廣吉には共犯がいる。
 そして、廣吉の恨み・怒りは他者に連鎖する。
 この恨み・怒りの連鎖というのが怖ろしい。
 人の負の気持ちは自分だけでなく、他の人間にも伝わり他の人間も壊してしまう。
 また、さらに怖ろしいのは、中2の廣吉にくわえられたイジメの数々だ。
 このイジメの壮絶・悲惨なこと。
 イジメを行ったクラスメートの中には現在フツーに高校生をやっている人間もいる。つまり廣吉だけが例外でなく、人間の心にはいつでも悪魔が棲みつくのだ。
 そんなテーマを作者は、例えばこんな描写で描いている。
 廣吉を迎え撃つために金属バットを持って待ちかまえる主人公・光也の描写だ。
「自分は傷つかないシューティングゲームの興奮。罠に落ちる獣を待つ狩人の快感。全身の筋肉が実力を試したがっている。自分が廣吉を捕らえて殴りつけるシーンが頭に浮かんだ瞬間、光也は握っていた金属バットから手を離した。光也は思った。俺も亮太や清水たちと同じだと。理由ときっかけがあれば、たぶん平気で人を殴れる」
 そして、この「理由ときっかけがあれば平気で人を殴れる」というモチーフは、復讐事件を面白おかしく伝えたマスコミも同様だと作者は描く。
 マスコミはイジメを行った中学生たちを悪魔と報じ、廣吉を被害者として扱った。次に廣吉の狂気が情報開示されると、廣吉バッシングを始めた。
 この毀誉褒貶の怖ろしさ。

 この作品は廣吉の狂気を描くだけでなく、その連鎖やクラスメートたちの狂気、マスコミの狂気を描いたことで、1級の作品になった。
 「いじめを受けた少年のクラスメートへの復讐」というモチーフを一歩も二歩も拡げ突っ込んだことで、作品はさらに深味を増した。
 
コメント
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