冬至を過ぎてほぼ1か月。まだまだ夜が長い。毎朝6時半に家を出るが、外は真っ暗だ。明るい朝が待ち遠しい。街路灯が淡い光を投げかける中、コートの襟を立てそそくさとバス停に向かう。もう何年、何十年も通う道だ。昔は、と言っても数年前のことだが、朝の通勤が苦になっていた。寒いのと、仕事に余裕が持てなかった辛さが混ざっていたのだろう。ひたすら義務感だけで通勤していたような気がする。
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けれども、最近はぐっと楽になった。少々遅刻しても、組織に迷惑をかけることもないし、無理して出勤せねばならないこともない。マイペースで仕事ができる。ストレスがぐんと減ったことは確かだ。
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これから、冬本番だ。1年で最も寒いという大寒に入った。今日は東北地方は猛烈な吹雪に見舞われたそうだし、北海道も大荒れと聞いた。九州でもこれから2週間が頑張りどころだ。 これを乗り越えれば、立春だ。<o:p></o:p>
立春は太陰暦では1年の初めとされている。暗くて寒い冬の季節がようやく終わって、新鮮な気持ちで新たな1年のスタートを切るという思いが込められているのだろうか。
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春はまだまだ先だと思っていた。 ところが土曜日、何気なく青空を見上げると隣家のこぶしの花が大きくつぼみが膨らんでいるのを見つけた。冷たい風に揺れていたが、白い花弁が顔を出し、もうすぐにでも花が開きそうな勢いだ。春の確かな訪れを感じて、思わず見入ってしまった。今年も間違いなく春は来るのだ、と。心の中が暖かくなる風景だった。
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春も間近い、と感じてご近所の庭木をみてみると、白梅のつぼみも膨らんで、中には、1輪・2輪とすでに咲いているものも見受けられた。赤いボケの花もわずかだが咲いていたし、公園では白詰め草の白い坊主が風に揺れていた。私が気付かないだけで、植物はもう春の息吹きを感じていたのだ。
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私も、負けてはいられない。春は目の前なのだ。あと少しの頑張りだ。奏汰君もまもなく歩くだろうし、孫たちと満開の桜の下を走り回らなくては。
まもなく1歳の 奏汰君、寝起きです。