ゆうしゃケン  小心翼翼・平々凡々

団塊世代の技術系サラリーマン、趣味と独り言でストレス発散

春の日に

2016-03-28 20:50:06 | 平々凡々
 27日、日曜日。私の69回目の誕生日だった。ちょうど桜が開花したばかりで満開には早かったが、娘達が花見を兼ねて誕生日をバーベキューで祝ってくれた。場所は我が家の近くの桜の名所、平和公園。満開時には人で溢れかえるのが常ではあるが、この日はまだ桜がちらほらという感じだったためか、数組の花見客が居る程度で、柔らかい春の日射しの中、のんびりと宴席が楽しめた。

 

 バーベキューと言えば、昔は大騒ぎして準備していたものだが、最近はアウトドアライフが趣味の婿殿達のおかげで、私たちは何もすることがない。設営は婿殿、料理の準備や買い出しは娘達の分担のようだ。孫達もキャンプにお供しているせいか、手際よくお手伝いしている。何でも経験が役に立つと感心した。
 
 

 

 焼き肉を食べビールを飲み、ほろ酔い気分でみんなの顔を眺め、私も69歳になったと改めて感じていた。まだまだ気分は若いのだが、孫達の行動力に接すると体力、特に瞬発力が衰えているのを自覚させられる。それでもこれからが自由に時間を使える最後のチャンスなのだと自分を奮え発たせたり、信州や東北の山並みを思い浮かべたり。ゼフィルスを追いかける楽しみを夢見たりしていた。

 家に帰って、娘や孫達からの色紙やプレゼントに再度今の幸せを感じた。然したる苦労も無しに今までを過ごしてきた私、家族みんなの笑顔の賜物だと。本当にありがとう。

 

 今年は私の退職と重なったためか、先日会ったばかりの従姉妹や懇意にして下さっているブロガーさん達からもメールやサプライズを頂いた。本当に有り難く、幸せ者だと思っている。アンちゃんの笑顔を糧に、これからも元気で過ごしてゆきたいと思う。ゆうしゃの旅を続けるつもりだ。

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お別れ会

2016-03-21 15:19:35 | 平々凡々
 お彼岸と共に春がやって来た。お墓参りに行く道すがら、桜の木を見るともうつぼみは膨らみきって、咲くのを今か今かと待っているようだ。福岡市では開花したと報じられているが、小倉は毎年1週間ほど遅れる。今年もその律儀さを発揮している。

 さて、私の勤めもあと2週間。46年間のサラリーマン生活ともお別れだ。週に2日の出勤とは言うものの、冬場の朝起きは辛かったので、それがなくなるのが嬉しい。会社のソメイヨシノとも今年が最後、見納めだ。玄界灘に面しているためか、遅れ気味に咲く桜ではあるが、満開の桜の期間が長く、何度も癒やされていた。

 
 お人形(ピアンちゃん)をオンブしてポーズをとるアンちゃん。女の子です。

 私の勤務が3月いっぱいと知って、後輩や同僚達が送別会を開くという話がいくつかあったのだが、そうそう迷惑も掛けられないし、飲み会が続くのもしんどい。だから、どうしても最後に飲んでおきたい2組の飲み会の他はすべて断った。どちらも私の部下だった技術屋さんで、現在は社の中枢を担っている面々だ。その一組目の飲み会が先週の金曜日に有ったのだが、この時に思いも掛けないサプライズをプレゼントされ、胸が込み上がってしまった。プレゼントにというより後輩達の思いが涙が出るほど嬉しかった。今週末が実質的には最後の出勤日、どのような思いが浮かぶだろうか。
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いとこ会

2016-03-11 22:21:31 | スポーツ観戦
 青春時代のほろ苦い思い出としてあだち充の「タッチ」に共感している男性は多いと思う。私もその一人で、高橋留美子の「めぞん一刻」とともに青春時代の愛読書?であり、その「前のめり」的な生き方に大いに感銘を受けている。 何もせずに失敗するより、行動を起こした結果が失敗したっていいじゃないか・・・と自分に都合良く思っていたり。まさに、「親方日の丸、総領の甚六」なのである。

 今日のテーマとは直接の関係はないのだが、なぜか幼なじみ・・・みなみちゃん・・・というイメージなのだ。幼なじみとは縁のなかった私のトラウマなのかもしれない。

 私の両親は四国出身なのだが、結婚と同時に小倉に居を移した。だから本家、親戚関係は四国が多いのだが、親父と同じように当時は学校を出ると職を求めて関西に出るのが普通だったようだ。親父が5年前に他界したときに戸籍などで我が家のルーツを調べたのだが、親戚縁者とは交流がほとんどなかったので、我が家の兄弟だけで何事も進めてきた。

 ところが昨年末、我が家に一本の電話が入った。関西に住む従姉妹という人だったのだが、九州に住む私たち従兄弟がどうしているかと気になったというのだった。この従姉妹、私には記憶があって、確かに60年近く前に親父に連れられて四国に帰省したときに会ったことがある。それから私が調べた我が家のルーツや現況などの資料を送ったところ、何故か話が舞い上がって小倉に会いに来るということになった。それも一人ではなく、彼女の姉妹たち全員を含み総勢7人という。

 

 この従姉妹たち、6人が女性で一人がその旦那さん、我が家の5人兄弟とは全く逆のパターン。私にとっては幼なじみではないが従姉妹達であって、本家筋に当たる。これに対応するには我が家系も数をそろえねば、と弟たちに出動を要請したのだが、弟たちも驚いただろうが、喜んで出席してくれたのだった。

 それにしても従姉妹たち、この指止まれで全員が九州まで来るなんて仲が良くて素晴らしいと思った。我が家の兄弟と同じでファミリーとして仲が良かったのだと改めて親父の家系に敬意を表した次第なのだが、いとこ同士ではあっても60年近く交流もないので、その間の暮らしや家族など知るよしもない。60年のブランクを埋めるべく、ここ2ヵ月間は資料作りに精を出した。弟たちも兄弟全員で歓迎するという気持ちで準備をしてくれて兄として非常に嬉しかった。

 
 顔をモザイクすべきでしょうが、今回は名前無しなのでご容赦ください。

 初めて会った従姉妹達、私と同年代に近く80代から60代のはずなのに、笑顔いっぱいで元気溌剌なのには驚いた。特に一番上のお姉さんは長野松本から駆けつけてくれたのに。

 いとこ同士という絆もあってか、会は最初から和やかに進み、料理が食べきれないほど話が盛り上がった。60年の歳月を経て、互いに幸せな家庭を築き、世代を繋ぐ子や孫を得ているという実感が沸いて、この上なく嬉しかった。この会を企画してくれたH子さん、本当にありがとう。

 
私の紹介の最後は「ゆうしゃケンとK騎士団」。 次世代へ私の意志を繋ぎたい!
  
 大盛会のうちにあっという間に3時間が過ぎた。次回はどこかの温泉地でと約束して散会したのだが、本当に次回が来る日が待ち遠しいと思ったのだった。


コメント (8)
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