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小説家、反ワク医師、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、反ワク医師、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

羽生とリエ(小説)

2025-06-02 11:16:37 | 小説
羽生とリエ

あるキビしい試験前だったから、私はほとんど新聞もテレビもみる、読む、時間がなかったので、H名人という存在も七冠王という、こともピンとこなかった。私は将棋はルールを知ってて、ヘボ将棋で負けることくらいならできる。小学校の頃は少し、ヘボ将棋を友達と楽しんだ。そして橋本首相から総理大臣賞、だったかな、をうけとり、橋本首相と握手して、今総理は、住専問題でクタクタである。H名人に、何かいい手はないかね。ときいて、H名人が、将棋のことならわかりますが、政治のことはわかりません。と言った、と新聞にのってて、いかにも世人をよろこばせそうな答えであり、又、世間も彼の答えにこの上ない、安心感を、感じるのだが、あれは本心ではなかろう。彼ほどの電光石火のような思考力の人間なら、誰よりも深く世間もよめるはずだ。能ある鷹は爪を隠しているだけにすぎない。将棋小説の、真剣士、小池重明が大ヒットしたが、私には真剣士よりもプロの高段者の方がもっと真剣勝負を生きているように見える。というのはアウトローである真剣士は負けても恥にも黒星にもならなく、強気で勝負できるが、プロの高段者にとっては負けは命とりで、プロ棋士というのは耐えず命のかかった極度の緊張の綱渡りをしているように門外漢の私には見えるからだ。彼は若いのに、羽織袴に扇子をもった姿がファシネイティング。
彼がきれいな女優さんと結婚することになった。とても有名な人らしい。私はテレビをあんまりみないから、よく知らない。でも、その結婚を妨害するような電話が多くあったらしい。彼女のファンかな。よく知らない。私はこれで小説がつくれると思った。
 披露宴がおわった後、H名人は言う。
「僕、将棋のことしかわからないんです」
彼女は、微笑んで、
「私、ドラマの演技のことしかわからないんです」
H名人、子供っぽく笑う。
彼女「でも私たちって、とても相性があうような気がします」
芸能人は世俗の垢にまみれて生きてきた分、社会を知っている。役者が一枚上である。
彼女、いたずらっけがおこって、
「あなたが王座からおちたら、私、浮気しちゃおうかなー」
と独り言のように言う。この時、H名人は、「エエーそんなー」とはいわないのである。彼はコチコチに緊張してしまって、
「ハ、ハイ。いつまでも王座でいられるよう、ガンバリます」
と言う。彼女はくすくす笑って、
「ジョーダンよ。ジョーダン。ジョーダンもわからないんだから。しかたない人ね。まったく先が思いやられる・・・」
「えっ。先が思いやられるってどういうことなんです?」
「いや、いいのよ。何でもないのよ。一人言よ。一人言。深よみは将棋だけにしといて」
そう言えば、H名人は、橋本首相に、泰然自若と書いた色紙をあげたというように記憶している。人は自分のもっていないものを銘とするから、泰然自若を銘とする人は、気がちいさい。
H名人「あんまり、いじわるいわないでください」
という。面持ちに影がさす。いれかわるように、彼女はうれしくなる。彼女は聞いた。
「あなたは将棋について、どう思っているのですか。強い人がでてくるのがこわいのですか。あなたの将棋観を教えて下さい」
「僕はつよい人と勝負することが好きなんです。そして、勝負している時は、もう負けたくない、とか、何としてでも勝たねば、なんて感情はありません。もう自分というものがなくなってしまってるんです。ただただ、相手の指した一手に対し、それに対する最も有効な手は何か、ということが、意志と無関係に瞬時に頭に入ってきます。一手一手が無限の勝負です。だから勝ってもそれほどうれしくないです。気がついたらいつのまにか七冠王になっていたんです」
「あなたは絶対だれにもまけないわ。あなたなら一生日本一だわ」
彼女は語気を強めて言った。
「どうしてそんなことがわかるんですか。強い人はこれからもでてくるでしょう」
彼女はそれには答えず、少しさびしそうに、うつむいて、
「くやしいけど、私も勝てないわ」
と、つけ加えた。
・・・・・・・・・・・・・・・
ちなみに二人の初夜の様子を書いておこう。夫はなにぶん生まれてこの方、将棋にばかり熱中していて世間一般のことが疎い。
なので新妻に何をするのかわからなかった。結婚とは男と女が一つの家で一緒に暮らすことで、それだけだと思っていた。女の体を見るなどもってのほかだと思っていた。男は下品な本や下品な友人から大人の世界を知る。しかし彼には下品な友人との猥談もなければ下品な本をレジに持っていって、レジのおねーさんに「まあ、いやらしい子」と思われるのが怖くて出来なかった。彼は将棋の定跡本と学校の教科書しか読んだことがなかった。
それに気づいたのは、ある時、「あなた。うしろとめて」と言って、ブラジャーのホックをとめるよう頼んだ時だった。なかなかはまらない。何か様子がぎこちない。
「ごめんなさい。このホック、はまりにくいの。自分でやるわ。」
と言ってプチンとはめて、振り返ると夫が正座して顔を真っ赤にして冷や汗をタラタラ流している。妻はこの時、アキレスの踵を見つけた思いで微笑した。それ以後、イタズラがなんとも面白いようになった。楽しくおしゃべりしながら二人して食事している時、急にパタリと倒れたりして。
「ど、どうしたの。リエちゃん。救急車呼ぼうか?」
「ううん。いいの。私、先天性の不整脈があって時々気を失うことがあるの」
「ど、どうしたらいいの」
「ベッドに運んで下さる。少し休んでいればなおるわ」
若者は少女を抱き上げてベッドに運んだ。
「だ、だいじょうぶ。何か僕に出来ることある」
「む、胸をさすってくださると楽になるの」
若者はブルブル体を震わせながらなるたけそこは触れないよう、胸骨を恐る恐る、そっとブラウスの上からさすった。
「ありがとう。落ち着いてきたわ」
と言って少女はクークー寝入った。
彼女はパンツ洗うというのに夫は自分で洗うと断った。結婚とは男と女が一緒に住んで、手をつないで寝ることだと思っていた。結婚したからといって、断りもなしに自分の性欲を満たすために女を裸にしたりするのはもってのほかだと思っていた。
将棋の研究ばかりに熱心になっていたので女の心理の研究がおろそかだった。女の裸の写真を見ることは悪いことだと教えられ、それをもっともだと信じていた。
夏の暑さが劣情をかきたてた。新婦はベッドの上に髪をちらけて、無造作に子犬のような寝息をたてている。これ以上に男の劣情を刺激する状況があるだろうか。夫は欲情に抗しきれなくなり、彼女に気づかれないように、ゆっくりベッドにのって、彼女の顔をまじかに見ようと顔を近づけた。
その時、彼女がパッと目を開いた。ので、若者はあわてて、
「ごめんなさい」
と言って顔を真っ赤にして、飛び退こうとした。彼女は手をつかんで引き止めた。
「いいの。何をしてもいいのよ。結婚ってそういうものなの。今までだましててごめんなさい」
そう言って彼女は瞑目して頭を少し上に向けた。若者も目をつぶり、そっと口唇を重ねた。

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