小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

最初の指導医

2010-06-19 10:51:56 | 医学・病気
私の研修病院での、最初の先生は、おおらかで面白い先生だった。入って、挨拶の時、ちょうどいい症例の患者が運ばれてきたので、「いい患者が入ったから病棟に行こう」と言われて、病棟に行った。私は、その時、うつ状態で、何をするにも要領が悪かったが、先生が何か質問すると、頭にある知識を総動員して、考えて答えた。それで私を気に入ってくれた。歓迎の会食の時、先生は、こんな事を言った。
「久しぶりに教えがいのある研修医が入ってきて嬉しい。浅野君。頑張ってくれよ」
皆が笑った。私も、まさか、私のことが言われるとは思ってもいなかった。師は看護学生にも人気があり、付属の看護学校の入学式に行った時、在校生が、先生を見るや、一斉に「××せんせーい」という大歓声が起こった。私は、「ああ。この先生は、患者にも学生にも好かれているんだな。先生の性格なら無理もないな」と、つくづく思った。先生は、勿論、結婚してて、二人の娘がいる。病棟のナースにも、雑談から医療の事まで、何でも話した。親切である。話題がオウム真理教の林被告のことになった。先生は、「あんなヤツ死刑で当然だよねー」とあっさりと言った。ちょっと、可笑しかった。精神科医なら、「彼の責任能力というものはだねー・・・」とか、「あの時の彼の精神状態というものはだねー・・・」とか、精神科医らしく難しい発言をするかと思ったら、そんなものはせず、普通の人の井戸端会議と変わりない単純な割り切り方である。精神科医って、こういうものなのかと少し、驚いた。先生は、人生で浮気を一度もしたことがないらしい。ある時、「オレも浮気というものを人生で一度もしなくてもいいものだろうか」などと言っていた。ちょっと、これは真面目すぎる。普通の人は、浮気なんて、しても当たり前という感覚の人が圧倒的だろう。ある時、暴れている患者が入院することになった。外来で患者は先生の右手に思いきり咬みついた。利き手の甲の皮が切れ、血まみれになった。だが、先生は、何事もないかのように、患者を病棟に連れて行き、病棟に入れた。そして血まみれの手で、カルテにアナムネを書き出した。先生は、全く自然な口調で、「B型肝炎、大丈夫かなー」と笑いながら言った。私は感動した。先生が神様に見えた。キリストを仰ぎ見るバプテスマのヨハネのように、私は先生を仰ぎ見た。「ああ。私は、この先生の靴の紐を解く価値さえもない人間だ」と私は思った。
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