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マンガ・アニメが呪縛を解く

2013年12月14日 | 世界に広がるマンガ・アニメ
一ヶ月ほど前に「日本的想像力」の可能性(1)という記事で、宇野常寛氏の『日本文化の論点 (ちくま新書)』という本を紹介した。そこで宇野氏は、「失われた20年」と呼ばれた世紀の変わり目に、戦後的なものの呪縛から解き放たれたもうひとつの日本が生まれ、育ってきていると書いている。それは、サブカルチャーやインターネットといった、新しい領域の世界であり、〈昼の世界〉に比べ陽の当たらない、いわば〈夜の世界〉だという。

「失われた20年」とは、バブル景気が崩壊した翌年の1991年から去年2012年までを指すが、この20年の間に日本人の心のなかに重大な変化が起こったのは確かなようだ。これについては、

『日本辺境論』をこえて(2)『ニッポン若者論』
『日本辺境論』をこえて(3)『欲しがらない若者たち』

で論じたことがある。

戦後に生まれ育った世代は、「近代合理主義」「進歩」「科学」「未来」「夢」などの価値意識を当然のごとく受け入れ信じていた。社会が近代化するということは、科学技術が進歩し、国民の意識がより民主的で個人主義的な方向に進歩することであった。しかし、1990年のバブル崩壊以降に小学生時代を送った世代(Z世代)は、こうした価値観が溶解するなかで育った。現代の若者にとっては、近代的でないもの、科学では説明できないもの、伝統的なものが新たな魅力を持ち始めたというのだ。その傾向はいくつかのデータで確認できる。

たとえば、過去30年間の調査によると若者の地元志向は強まる傾向にある(1977年には今住んでいる地元が好きだと答えた若者が約3割だったのに対し2007年には約5割に増えている)。これは、地方の若者が東京などの大都市に憧れなくなったということだ。かつて地方から近代的な大都市への若者の出郷は、日本の近代化を象徴する現象だった。だから若者の地元志向が増えるということは、近代化の時代が終わったことを示すのではないかと三浦はいう。詳しくは上に紹介した記事を参照されたい。

「近代合理主義」「進歩」「科学」「未来」「夢」などのに代表される価値観は、戦後はとくにアメリカ的な価値観と重なって意識されていた。西洋的な価値観が、圧倒的な物質文明を誇るアメリカによって代表されていたのだ。しかし、こうした近代的な価値観は、環境破壊問題やバブル崩壊の中で無条件に素朴に信頼すべきものではなくなった。福島原発の事故は、そうした価値観への不信を決定的なものにした。そして逆に、近代的価値観では見落とされたり、軽視されたりしていた伝統的なものや、科学では説明できないものへの関心が復活しつつあるのだ。

この時期と、日本のアニメやマンガに代表されるポップカルチャーが本格的に世界進出していった時期とが重なる。この時期の日本のアニメ事情を、津堅 信之著『日本アニメーションの力―85年の歴史を貫く2つの軸』を参考にみてみよう。

この本では、「アニメブーム」を、新たな様式や作風をもつ作品が現れて、その影響下で多くの作品が量産され、新たな観客層も広げていく現象ととらえている。その上でアニメブームを三期に分類している。

第1次アニメブーム:1960年代
『鉄腕アトム』放送開始をきっかけとして、省力化システムによって日本独自のテレビアニメが続々と制作された。特にSFものが流行。
第2次アニメブーム:1970年代
『ヤマト』から『風の谷のナウシカ』に至る作品の中で、青年層がアニメに熱狂し、アニメ観客層を大幅に拡大した。
第3次アニメブーム:1990年代後半から
『もののけ姫』(1997年)の成功。海外で anime という言葉が一般化し、アニメが日本発の世界的な大衆文化として認識された。

1990年代の前半の日本アニメは、『紅の豚』(宮崎駿監督、1992)や『平成狸合戦ぽんぽこ』(高畑勲監督、1994)などのスタジオ・ジブリ作品が話題になる。この頃から、輸出された日本アニメが、一般的なテレビアニメも含めて、オリジナルなまま公開、放映され、しかも日本作品であることが認識された上で受け入れられるようになったという。その意味でも anime の本格的な世界進出が始まった時代といえよう。

そして1995年は、『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』と『新世紀エヴァンゲリオン』という話題作が登場した。しかも『攻殻機動隊』は、1996年8月に、アメリカ「ビルボード」誌のホームビデオ部門のヒットチャートで第一位を獲得したという。この頃からマスコミで「ジャパニメーション」という言葉が盛んに使われはじめた。それと前後して anime という言葉が世界に広がる。この1995年頃に、第3次アニメブームが始まったともいわれる。ちなみに宮崎駿の『もののけ姫』(1997)と並び『千と千尋の神隠し』(2001)も、この時期の作品であり、ともに日本やその伝統や神話に深くかかわる作品であることは象徴的である。とくに後者は、第52回ベルリン国際映画祭金熊賞受賞や、第75回アカデミー長編アニメ賞受賞などを受賞し、海外で圧倒的な評価を得た。

第1次アニメブームのころから公開、放映され続けた多くのアニメ作品の中で、いつごろから近代的価値観の枠から自由な作品が多くなったか、その時期を明確にいうことはできない。第1次ブームの頃には、『鉄腕アトム』に代表されるような一種の科学信仰が色濃く残っていたのは確かだろう。その後に生み出された多様なアニメ作品のなかで徐々に、1990年のバブル崩壊以降に小学生時代を送った世代(Z世代)の価値観の変化に対応するような作品が多く生み出されていく。逆に、生み出されたアニメ作品が、子供や若者の価値観に影響を与えるという相互作用もあっただろう。『新世紀エヴァンゲリオン』に見られるような、何らかの形で世界が破壊された後を舞台とするようなアニメは、この時期の前後に多く存在し、若い世代に与えるその影響力はかなり大きかっただろう。それは、何らかの形で近代文明への懐疑の心を育てる。

一方で近年、『らき☆すた』や『かみちゅ』に代表されるような「神道ジャンル」とよばれるマンガやアニメが人気になっているのも、若い世代のあいだで日本の伝統的なものが積極的に興味をもたれていることのひとつの証だろう。科学で説明しきれないものや日本の伝統をテーマとした多様なアニメ作品が、続々と生み出されているのだ。これは、「アニメは子どもが見るもの」という縛りの中にとどまっていては、決して起りえなかった現象だろう。

マンガ・アニメ作品と時代の価値観の変化というテーマは、興味尽きないものがある。いずれ本格的に取り組んでみたいと思う。いずれにせよ、1990年代からの最近までの「失われた20年」とは、日本人の価値観に重大な変化が起こった時代であり、それは今も続いている。日本人は今、戦後の呪縛どころか、近代的価値観の呪縛からも自由になりつつある。そして新たな価値観をまさぐりつつあるのだが、その試みは、一方で伝統への回帰という形をとる。西洋のルネサンスは、古代ギリシャへの回帰でもあった。日本人には、縄文時代にまで遡る太古の伝統が受けつがれている。縄文文化に対応する西欧のケルト文化はほぼ消滅してしまった。農耕以前の文明までを視野に入れたまさぐりが、今日本でなかば無意識に行われているのかもしれない。そのようなまさぐりが、もっとも色濃く反映されているのが、マンガ・アニメに代表される、日本のポップカルチャーであり、しかもその影響力が世界に広がっている。そのことの意味は計り知れないものがある。

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1 コメント

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Unknown (HEう)
2013-12-25 04:00:06
>1990年のバブル崩壊以降に小学生時代を送った世代(Z世代)は、

この区分け自体に違和感を覚えます
実際の大きな転換点は95年で、90年以降の生まれが
それ以前とは大きく異なる(21世紀型の)価値観を持っています
それはウインドゥズの日本上陸が切り替え点になっています

この年に日本では明治以来の産業革命ラインである
「近代」が終了し、
鉄腕アトムでイメージされたような近未来である
「現代」がはじまったのです

・・・と言う様な事を、Win95の発売ニュースを見ている親に
滔々と解説した事を思い出しました(笑
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