夢かよふ

古典文学大好きな国語教師が、日々の悪戦苦闘ぶりと雑感を紹介しています。

花は盛りに

2016-10-26 22:12:52 | 日記
先日、1年生に教えていた『徒然草』の単元が終わったので、彼らに今回の学習を通しての感想をノートに書かせ、提出させた。今日の午前中は授業がなかったので、ノート点検をしていたら、なかなかよい感想を書いている者が何人もいた。

・古文はそのまま見るとかたくるしい感じがするけど、口語訳してみると現代の人と同じような感性を昔の人が持っていたことが分かってほっとした。
・普段なんとなく思ったり、やっていることに着目して、それをなんということもなく書き出せる兼好法師の発想のすごさを感じました。
・現代にも通じる教訓がいくつもあるので、人の心の中には昔から変わらないものがあるのだと思いました。
・兼好法師の言っていることは、人間の核心に触れていて、とても共感できた。また、とても人間観察が上手な人だと思った。現在の人にも当てはまるようなことを言っているので、人間は進歩しないんだな、とも思った。

学生の感想は基本的に楽しく読ませてもらっているが、ギクッとしたのは、ある学生が、

・先生が恋愛を語ると、身を張った冗談にしか聞こえないのはなぜでしょうか。

と書いていたのを読んだとき。
これはおそらく、『徒然草』の「花は盛りに」(第132段)に、
  
男女の情けも、ひとへに逢ひ見るをばいふものかは。逢はでやみにし憂さを思ひ、あだなる契りをかこち、長き夜をひとり明かし、遠き雲居を思ひやり、浅茅が宿に昔をしのぶこそ、色好むとは言はめ。

という一節があり、それを訳しながら解説したときのことを言っているのだと思う。

男女の恋愛も、リア充のことだけを言うのではない。心から好きだったのに、結ばれることなく終わる恋愛もある。一生添い遂げようと誓ったのに、その約束が空しくなったことを、今でも恨めしく思う恋愛もある。片思いの相手を、あるいは別れた恋人を思って、孤独に泣き明かす夜だってある。遠く離れた相手を恋い慕うせつなさも、恋愛のうちだろう。終わってしまったはずの恋が忘れられず、思い出の残る場所を一人訪れて昔を懐かしく思うことだってあるかもしれない。

と、学生が理解しやすいように意訳しつつ説明したのだが、身に覚えのあることもあるので、自然と感情がこもってしまったのかもしれない。


「猫また」の話(第89段)に妖怪や都市伝説を、「名を聞くより」の話(第72)にデジャ・ヴを想起したり、弓の名人の話(第92段)にスポーツ上達の秘訣や人生訓を読み取る者もおり、古典なのに現代にも通ずる物の見方・考え方を、読者がそれぞれに見つけられるところが名作の所以なのかな、と思った。
それにしても、硬軟取り混ぜた多彩で幅広い話題を、平易な語り口でなんとなく読ませてしまう兼好法師の筆力には、何度授業で取り上げても感心させられてしまう。