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「英国料理を擁護する」

「擁護する」とタイトルを付けている次点で、英国料理がイケてないことを前提知としているのがおもしろい。
初めて読んだ時、オーウェルのことだから「擁護する」とは言いながら、なぶり殺しにする違いないと思ったが、かなりストレートに語られており、「世界中の人(英国人も含めて)が英国料理は最低だと認めているし、英国で味わえる最高の『英国』料理はフランス料理だよね。たしかに英国料理は悪名高いけど、すっごくおいしいものもあるんだよー。でも残念ながらそれは全っ部家庭料理で、外国人が味わう機会はないんだよね。あはっ、ゴメンねー」と、読者を煙に巻きながら、自国の料理を擁護なさっている。
数日前の夜、夫がとうとうその章にたどりつき、ソファに寝転がりながらオーウェルが列挙する「英国うまいもの」を読み上げ始めた(夫はベルギー人)。
わたしは「あー先に言っておくわ。悪いけど、和食が無形文化財に登録されるらしいよ」と自慢するのを忘れなかった。
オーウェルの挙げる最初が "kipper"。これは魚の干物である。でも日本の干物とは違っていてよ。もっと雑な作りと言えばいいのか脂ぎっており、それがかなり臭う。
"yorksher pudding"。肉のローストに添えられる、分厚めのシュークリームの皮状の炭水化物。
"devonsher cream"。これはクロテット・クリームのことである。これが旨いのはわたしも喜んで同意しよう。でも料理じゃないよね(笑)。
"muffin" と "crumpet"。まずいとは思わないが、食卓が楽しみになるほどでもない。
"christmas pudding"。ドライフルーツがみっちり入った重ーい焼き菓子。
"treacle tart"
"apple dumpling"
"dark plum cake"
"shortbread"
"saffron buns"
...とケーキの名前が続く。どれも甘い甘いケーキ。そして「ビスケットは世界中にあると思うけど、英国のものが一番クリスピーだよ」って、ふーん、そうですか...
ジャガイモの料理方法の自慢。全く特別ではない。
次にソースが来る。西洋ワサビソース、ミント・ソース...パス。もっと美味しいソースがある。
ヨーロッパ・アカザエビ。これはベルギーではラングスティンといい、わたしの好物。でも料理じゃないよね(笑)。
チーズ。チーズはよい。英国のチーズは。スティルトン、「クサい大司教様」等。しかしながらフランスのチーズを英国向けにマイルドに、臭みを少なく作らせているらしいのはどうなのか。
そして最後にパンがとても旨いとおっしゃるのだが、英国のパン、ああ、もしかしたらオーウェルの時代はまだ街のあちこちに個人のパン屋があっておいしかったのかもしれない。現代では一番イケてないもののひとつだと思う。歯ごたえがないほど柔らかく、小麦やイーストの香りなく、そうでなければフランスパン等の種類も中がミッチミチで...
もちろんこれはオーウェルの個人的な好みとわたしの個人的な好みを戦わせているだけで、中には日本人でもハギスの味が分かってこそ大人とか、ズッキーニのジャムは connoisseur の味、とおっしゃる方もおられるだろう。わたしが和食の好物を「鮨」「天ぷら」「白飯」「冷や奴」と挙げて行くとして、オーウェルは「生魚を食べるなんて」「フィッシュアンドチップスとどこが違うのか」「白飯に味はあるのか」「大豆の汁で作ったぶよぶよの物体」と、笑うかもしれない。
ここでわたしも英国料理を擁護しておこう。わたしは自分で焼くローストビーフがかなり旨いと思うし、シェパード・パイやコテージ・パイもおいしく作れると自負している(料理をする日本人だったら誰でも上手く作れると思う)。だから、レシピの問題ではなくて料理をする人一般の腕、そして食べる人の味覚の問題、なのかも...
また、このブログにも何度も書いているが、英国のそれなりのスーパーや小売店にはかなりいい食材が揃っていると思う。特に肉はとてもおいしいし、野菜も果物も豊富だ(残念ながら島国なのに魚介類がそれほど好まれていないようなのは売り場のお粗末さを見ても分かる)。
それなのに料理下手で、季節感がほとんどないのはなぜなのか。いつかどこかで失われたのか。食材にあった調理方法が尊重されず、例えばどんな肉も徹底的に油を取り除き、鴨ですらも薔薇色に焼けているのが駄目(徹底的に火が通っていないといけない)な人が多いのは何か歴史的背景があるのだろうか。ご近所の大陸ヨーロッパ(特に南欧)では顕著な「食事は人生のうちで最も楽しいもの」という感覚が失われてしまっているようなのはなぜなのか。
この疑問にはオーウェルも答えてはくれない。
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