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輸送船バークンヘッド号の遭難

2023-03-15 11:30:57 | 事件・事故
1852年、イギリスの兵員輸送船バークンヘッド号が、
南アフリカ大陸南端の岩礁に乗り上げて沈没し、
686人中420人が犠牲になるという海難事故が起きました。

この種の事故は19世紀では、ごくありふれた出来事でしたが、
事故の顛末はイギリス軍人ばかりでなく、
イギリス商船乗組員の精神的教育の為の根幹の経典として、
後世まで長く伝えられる事になったのです。

その年、イギリスは南アフリカの反乱部族制圧の為に兵を輸送する事になりました。
この時のバークンヘッド号は兵士480名と、一部将校家族(婦人7名、子供13名)
そして別の部隊の将校6名、一般乗客50名、そして船の乗組員130名、合計686名でした。
部隊を指揮するのは、セトン陸軍大佐。

一方バークンヘッド号の艦長は、経験豊かなサモンド海軍中佐でした。
2月26日、深夜2時、バークンヘッド号は進路を誤り、
突如、暗礁に乗り上げ停止してしまいました。
そこは暗礁が点在し、警戒すべき地点として知られている場所でした。

サモンド艦長は直ちに暗礁から離脱する為の命令を下し、
艦は暗礁離脱に成功したのですが、船体は大きく損なわれ沈没の危機が迫っていました。
サモンド艦長は脱出の為に乗組員を後甲板に集めると共に、
セトン大佐(階級的には中佐である艦長より上の階級)に、
将兵の後甲板への集合を要請したのです。

セトン大佐は全将兵に対し集合を命じ、全員が自分の命令に従う事を厳命し、
勝手に秩序を乱すような行動を厳重にいましめたのです。
かつ中隊長のライト中尉に、サモンド艦長との伝令役を命じます。
セトン大佐のこの命令に対し、486名の将兵は誰一人として違反する者はなく、
命令に服従する事こそ、その後の厳正な行動を決定したのでした。

セトン大佐は沈没の時間を遅らせる為に、艦の重量物の海上への投棄。
船倉に収容されている100頭の軍馬の海上への追い出し、
(軍馬は本能的に陸地に泳ぎ着こうとする習性を持っている)
そして重たいエサの海上への投棄を命じます。
将兵達はこの困難な作業を短時間の間に終了させたのでした。

一方、艦長は救命艇の降下、そして女子供の優先的な乗り込み、
そして脱出は粛々として進んでいきました。

船体の破損は更に進みましたが、その時点に於いても、
誰一人あわてる者はなく、セント大佐の次の命令を待っていたのです。
サモンド艦長は脱出する短艇が無くなった状態に対し、
艦上の木材などを海に投げ入れ、泳げない者はそれらに掴まる事を命じ、
独自の判断で飛び込む事を禁じました。

セトン大佐は「そこを勝手に動くな、私の命令に従え」と将兵達に命令ました。
「各自協力しあって艦上の浮遊物を探せ、そしてそれらを海に投げ込んだら、
それにつかまり互いに励まし合って海岸へ向かえ、海岸は遠くなない」と命じました。
この命令は将兵達に少なからぬ勇気を与える事になったのでした。

命令後、後甲板に一人たたずんでいたセトン大佐へ、一人の将兵が近づき、
「再び陸地でお目にかかりましょう」と言ったら、
セトン大佐は「それは無理だと思うね、私はカナズチなんだ」
それがセトン大佐の最後だったそうです。

この海難事故で特筆すべき事は、艦が座礁してから沈没するまで、
何一つ混乱が起こることがなく、
的確な命令に従って一糸乱れぬ秩序の中で全員が行動を共にした事で、
まさに賞賛に値する出来事だったのです。

バークンヘッド号の遭難とその後の見上げる行動は全イギリス国民の知る事となり、
イギリス国民は、この行為こそ自分達の誇りであると感銘を受け、
時のヴィクトリア女王は、ある大病院の回廊に、
バークンヘッド号の犠牲者420名の霊を弔う為の記念碑を立てたのです。

この出来事はイギリス全将兵の、命令と服従の伝統の教育の柱になり、
一方、海軍や商船界でも如何に最悪の事態に直面しても秩序を維持し、
服従の精神を失わず、婦女子の救助を第一とする海員魂を忘れない事が確立したのです。

それと全く逆であったのが、
先日アップした(2013年3月7日の、客船ヴェスツリス号の悲劇)
あるいは、2014年に多くの高校生など300人以上が亡くなり、
それでも自分だけは助かりたいと逃げ隠れした船長の、韓国セウォル号沈没事件)
そういった究極の場面にどれだけ、真っ当な人間で居られるか。
最後の最後まで、人としての誇りを失う事なく居られるか。
そういった事を考えさせられる事件でしたね。


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