河童の歌声

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お客さ~ん、59リッターですよ~!

2018-10-17 13:05:37 | 自動車




これは私の若い頃の愛車だった、
4代目のニッサン・スカイラインです。
私はこのスタイルが好きで好きで・・・

写真では若干のシャコタン(背を低くする)に改造していますが、
私はそういった改造はしませんでした。

しかし、30万円かけてやった事があります。
色をワインレッドに塗り替えたのです。
いわゆるオールペン(全塗装)



私が塗装屋さんに指定した色は・・・
イギリス車のジャガーのワインレッド。

写真のジャガーはその当時より新しい型ですが、
私の時のジャガーの色は、もっと素晴らしかった。と思う。

とに角、指定を受けた塗装屋さんが最初にやった事は、
あちこちの中古屋さんに行って、
ワインレッド色のジャガーを探し出す事でした。

中古車というのは年月が経っているので、
当然、色あせし本来の色とは違ってくるものです。
そんな中で、塗装屋さんはどうするかというと、
後のドアを開けた時の、タイヤハウスの丸い出っ張り部分。
そこが最も色あせしていない部分なのです。

その部分から見本を取って、色合わせをするのです。
そして完成したスカイラインの美しい事ったらありませんでした。
本物のジャガーより、いい色になっていました。
それはそうです、私達が見ているのは、
少しづつ色あせしたワインレッドなのに比べ、
全くの新車といっていい色がそこにあるのですから。
その素晴らしさにはため息と共に、うっとりしました。

私はワインレッドのスカイラインを駈って、
休日前夜ともなると出撃し、
主に信州一帯を昼夜を挙げて走り回ったものでした。

さて、ある時ガソリン残量が残り少なくなりました。
私は悪い癖で給油回数をあまり取りたがらないのです。
スカイラインのガソリンタンクは60リットル。
ガソリン残量の警告灯が点き始めましたが、
私は、そこから何キロ走るとガス欠するかを大体把握していました。

面倒なので私はギリギリまで粘りました。
そして、次のスタンドで入れないとアウトという所まで粘り、
とあるガソリンスタンドに入りました。
そこは軽井沢でした。

給油をするスタンド店員。
しかし、彼の顔つきが段々、不安顔になってきました。
「エッ、おかっしいな~?」

やっと長い給油が終わって、
レシートを持ってくる彼の声が、若干震えています。
「お客さ~ん、59リッターですよ~!」
そうなんです、スカイラインのガソリンタンクは60リッターなんです。
残り1リッター。
そりゃ、おっかしいな~?ですよね。

この話を妻にしたら、
あるテレビ番組のドッキリで、
軽四輪を改造して、最も大型のガソリンタンクを積んで、
スタンドに行ったそうです。
多分70リッターとかなんでしょうね。
軽四輪のタンクは普通40リッターとかだと思いますが。

鼻歌交じりで給油する店員。
その内、彼は車の下を覗き込んだりします。
だって、いくら入れたって満タンにならないんですから。
いくらなんでも不安になりますよね。

でも、こういったドッキリって面白いですね。

私の場合も、そんなドッキリを思わせましたね。
店員も「これってドッキリじゃ?」と、
思ってくれたかな~?

でも、後になって思い出すと面白かったな~。
「お客さ~ん、59リッターですよ~」






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便座の上下位置

2018-10-17 09:51:39 | 日記


その男性は中年くらいの年齢だと思います。
彼の家は、奥さんと娘2人の4人家族です。
娘さんの年齢は、これは話の内容からの想像なのですが、
10代後半から20代かと思われます。
それ故に彼の年齢が中年だという訳です。

彼は仕事関係の人達と飲んでいる時に、
それがトイレの便座の話になりました。

他の人達の家では、トイレに入った時に、
便座が上に上がっていたり、下に降ろしてあったりなのです。
それは、その時々で上だったり下だったりと、
当たり前の事で、別に注意するほどの話ではありません。

しかし、彼、本人の家ではそれが違っていたのです。

彼がトイレに入ると、
便座は必ず上に上がっていたのです。
下に下りた状態のトイレというのは、彼は見た事が無かったのです。

便座が上に上がっているという事は、
男性が用を足す時の状態です。
しかし、彼の家の家族構成は、女3人、男1人の3対1。

3対1の比率だったら、
便座が上という比率は1/4(25%)しかありません。
それが100%上にあるという事は・・・


それに初めて気付かされた彼は、感動しました。
「あぁ、俺の家族たちは、たった一人の男性である俺の為に、
用を足した後に、便座を上げておいてくれるという、
優しい気遣いをしていてくれていたんだ」

それは奥様が娘さんたちに、
「いいわね、この家の長はお父さんなのよ」
そういった家族としての基本的な在り方を教育してくれていたのですね。

ずっと何も気づかずに、
中年になって、初めて自分の家族達の思いやりを知った彼は、
心の中で感涙にむせんだと思います。
きっとその後の彼は、
家の中の女性たちに優しい思いやりを忘れないと思います。
いい話ですね。

これは、ずっと以前に何かで聞いた話です。


因みに我が家では、便座はいつも下にあります。
妻との2人家族ですが、
男性である私も小用の際も座って用を足すからです。
これは歌声の先達の家でも、そうやってトイレ内を汚さない様にしています。

歌声喫茶のトイレでも中を汚す年寄りが増えていますので、
出来れば男性も座って用足しをして欲しいですね。



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エコノミークラス症候群になりました

2018-10-16 09:33:31 | 健康
先週、エコノミークラス症候群とみられる症状を経験しました。
右足の股関節が痛んで歩けなくなってしまったのです。

私と妻は、青森県深浦町で開催される歌声イベントに参加すべく、
東京から新幹線で仙台に行き、そこで一泊。
翌日、東京勢と仙台勢が合同で貸し切り観光バスで、
一路、青森県深浦町へと向かいました。



バスでは途中トイレ休憩はありますが、
予定していた不老不死温泉が台風の影響で入れずに、
そのまま深浦へ直行。
仙台~深浦までは凡そ8時間といった所です。





その夜は、それが目的である、
第16回、深浦の歌声が参加者200名で華やかに開催され、
私達も、大いに盛り上がって東北でのお祭りを楽しみました。

大イベントが終わった翌日は仙台に帰ります。
ただ帰るだけでは勿体ないというので、
今回は、津軽半島最先端の竜飛岬観光が予定に組まれていましたが、
台風の後遺症で国道が通行閉鎖。
仕方なく、仙台目指してスゴスゴと帰ったのです。
その時の所要時間は往路と同じで約8時間でした。
帰宅したのは、その夜9時頃で、ほどなく就寝。

翌日は、夜に国立の歌声喫茶があるので、
いつも通りのペースで夫婦で楽しく唄ってきました。
と、そこまでは良かった・・・・

さて翌日。
目が覚めてベッドから出ようとしたら・・・
何と右足の股関節に強い痛み。
右足に体重をかける事が全く出来ずに歩く事が出来ません。

物にすがってやっとトイレに行く始末。
そのうち少しは慣れてきて、多少歩く事が出来る様になりましたが、
それは歩くという形ではなく、やはり這いずっている風です。
そんな風であとは机の前でパソコンを相手にする一日でした。

翌日、昨日と同じだったら
整形外科に行くしかないなと思っていたのですが、
朝、起きてみると、昨日とは全然違って軽い痛みだけでした。
歩行はというと、
最初の一歩だけは、まだ若干のぎこちなさはありましたが、
歩き出すと、そのうち普通に歩ける様になっています。

午前中には、もう元通りになっていましたので、
医者に行く必要もなくなっていました。

これは一体何だったんだろうと、
自分の行動を振り返ると、先日の2日間に渡る16時間のバス。
これしか思い当たらないのです。

それが一日置いて発症するというのは老化現象なのか?
年取ると一日置いてから痛くなるとよく言われる様に。
これが大病の前兆現象かどうか?
それでないとすれば、
やはりエコノミークラス症候群だったみたいですね。






                                                                                                                               
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海の上のベルサイユ宮殿

2018-10-13 06:23:19 | 船舶
フランスの客船・ノルマンディー号は、
現在に至るも、その名を残す伝説的な豪華客船です。
その船内の室内装飾を見ても、まさに海の上のベルサイユ宮殿と言われました。
それは、現在の大型豪華客船でも、
ノルマンディー号に勝てるものは皆無という、まさに伝説の船です。





1935年完成。
世界で初めて全長が300メートルを超えた、313,8メートル。
全幅、35,9メートル。83423トン。
最高速度32ノット(時速59,2キロ)航海速度29ノット(時速53,7キロ)

1930年頃、他国が次々と高速客船を生み出す中、
フランスはそれに動じませんでした。
しかし、イギリスが8万トン級の高速客船を建造する計画に対し、
フランスは国の威信をかけてこれに対抗します。

その当時フランス国内の経済状況からくる国民の不信感が大きく、
それを国威発揚という名目の下に払拭させようという考えが、
フランス政府の中で大きく育っていたのでした。

1935年の処女航海で、
平均29,94ノット(時速55,4キロ)を記録し、
ブルーリボン賞を獲得し、
名実共に北大西洋の女王の貫禄を見せつけました。

ブルーリボン賞・・大西洋を最速で横断した船舶に与えられる賞。







ノルマンディー号の室内装飾、
特に一等船客用の装飾や家具は超一級品で、まさに芸術品でした。
船内装飾には大量の大理石がふんだんに使われ、
これも現在に至るまで空前絶後の物でした。

しかし、この伝説的な高速豪華客船の活躍も、
完成後4年の、1939年8月で終止符を打ちます。
第二次世界大戦の勃発です。





その後、ノルマンディー号はアメリカ政府の手に移り、
ニューヨーク港に係留されていましたが、
高速兵員輸送船として使う為の改造工事中に火災を起こし、
全焼して転覆し、引き揚げ作業も勿論試みたのですが、
損傷が激しく、結局解体されて、その生涯を終えます。



ノルマンディー号の船内壁画のいくつかは、
取り外されて競売にかけられ、
ニューヨークのメトロポリタン美術館に現存し、
また、高級家具の多くが競売され、
欧米各地で現在も使用されているのです。






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深浦うたごえツアーに行きました

2018-10-09 06:14:52 | 歌声喫茶
18.10.6.船のり・仙台バラライカ


第16回、深浦うたごえツアーに4回目の参加をして来ました。
昨年に引き続きの参加です。

ここ数年は(これが最後だ)とか、ささやかれつつ、
途絶える事なく、16回も続いているのですね。

私が深浦に初めて行ったのは、2009年でした。
その時の会場は、深浦市民会館で、
それが市民会館で行われた歌声、最後の年で、
二次会は、深浦の歌声主催者であるブンブンさんの家で行いました。

100人からの人達が一軒の民家に集うのですから、
それはそれは凄いものでした。

二次会終了後はホテルまでの足として、
近隣の人達によるボランティア、それぞれマイカーによる送迎で、
その時、これは深浦町挙げての一大イベントなんだなと痛感しました。

しかし、私はそんな深浦町民、ブンブンさんの思惑とは違って、
(たかが歌を唄う為に何でこんな遠くまで来なきゃならんのか?)と、
嫌気が指してしまったのです。

ですから、翌年は仙台まで皆さんと来ていながら、
私だけが東京に引き返し、
新宿ともしびで、ある女性と待ち合わせデートをしていたんです。

その翌年2011年も私だけが仙台止まりで、
その時は、気仙沼の津波被災地を一人涙ながらに撮影したのです。

翌年の2012年は、現在の妻のエリカさんと一緒に、
深浦に行きました。
しかし、それ以降4年間は行きませんでした。
その頃は(これが最後とか言われていたのですが・・)

それが去年から、何故か参加する様になったのです。
これは多分、仙台の人達との付き合いが深くなってきたり、
ネットでの写真を見ているうちに、そんな気になってきたのだと思います。



これが、仙台から仙石線でひとつ目の駅、
榴ヶ岡(つつじがおか)駅前の、仙台サンプラザホテルです。
この6階にバラライカがあるのですが、
このホテルは中々予約が取れないのです。
特に、この時期は、(よさこい祭り)があるので、
全くと言っていいほど取れないのです。
私達は半年も前から予約していましたので、宿泊が出来ました。



腎臓の手術から復帰した南部さんと、よし子さん夫妻。
よし子さんに言わせるとまだ、本調子ではないらしいのですが、
一日も早い完全復活を祈るばかりです。









この夜は、現在のバラライカ店になってから最高の盛り上がりでした。
私がかつて「歌声喫茶の最高峰は仙台バラライカ」と、
大見えを切った店ですから、仙台の方たちにも、
是非、それをよく認識して盛り上げて欲しいと願っています。

バラライカは、仙台から仙石線でひとつ目、榴ヶ岡駅(つつじがおか)下車。
目の前にそびえる、仙台サンプラザホテルの6階にあります。

営業時間は・・

木・金・・昼 13時~15時30分。
土・・・・・・18時~22時。

第一・第三・日曜日・・・13時~15時30分。

月・火・水は休みです。 問い合わせ・・080-9012-1255。



翌7日、
ホテルから太平洋側の朝の風景。



すこし時間が経ってから、今度は反対側の仙台駅方面。



仙台駅を朝に出発し深浦に向かう4000万円の観光バス。



白神山地の青池。
毎年、池の色が同じだった事は無いそうで、
今年の青池はこんな色でした。

18.10.7.青春・深浦観光ホテル


さぁ~、いよいよ深浦の歌声の始まりです。
一年に一回だけ、この東北の地に、
青森・秋田・岩手・宮城・栃木・長野・千葉・東京・神奈川などから、
200人の歌声喫茶にはまった歌バカが大集合。
それは、考えるとホントに凄い事ですね。





深浦観光ホテルに到着。







み~んな、この瞬間の感動が忘れられずに、
いい歳こいて、はるばるやって来るんですね。

東北の最果ての地に、
一年に一度だけ、まるで七夕様の様に、
全国から200人の歌バカが集まっての大騒ぎは、
深浦町を震撼させ(ほんとかよ?)で・・
マスコミも放っておけずに、
今年は東奥日報社などからの取材攻勢で、
何人かのカメラマンが砲列を敷いていましたし、
私もロビーで取材を受けてしまいました。



歌声終了後は、興奮覚めやらぬバカ達が三次会。
イヤ~、楽しかった・・深夜0時まで飲んで唄って・・
だから翌日のバスは眠いのなんの・・ヤレヤレ。



最終日8日朝の朝食風景。



いよいよ深浦観光ホテルを去ります。
ブンブンさん、ブンママさん、ありがとうございました。
今年は台風が来たので、
ブンブンさん夫婦は胃が痛くなる様な思いをしたそうです。
これで、一年間はもう会えないと思うと切ないですね(涙・涙)
さようなら深浦、ブンブンさん、ブンママさん。

18.10.8.竜泊ライン


深浦観光ホテルを出て一路、竜飛岬に向かったのですが、
何と、台風の後遺症で、竜泊ライン(たつどまり)が通行止め。
この道路は冬季閉鎖をする難関ルートみたいです。

大型観光バスは、狭い国道で何度も切り返しをして引き返しました。
その手前の道の駅で、そうならそうと掲示すればいいものを。

バスは新幹線の新青森駅に行き、
そこで皆で弁当を食べました。
ここから新幹線に乗る人5人がバスを下車。

私達は竜飛岬に心を残しつつ仙台に向かったのでした。

それにしても、
深浦・仙台バスツアー・・・
バスの長旅は辛いけど、また来年になると行きたくなるのかな~?








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