河童の歌声

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「うたごえ喫茶ともしび」の歴史・上巻を読んで

2019-05-28 16:21:56 | 歌声喫茶
先日69歳で亡くなられた、
うたごえ喫茶ともしび店長・大野幸則氏の著書、
「うたごえ喫茶ともしび」の歴史・上巻を読み終えました。

とっても面白い、とっても興味が尽きない。
これが最初の印象です。

何ゆえにそんなに面白いか?

登場人物です。
私の知っている、ともしびに係る人達がゾロゾロと登場するのです。

まず、最初に登場するのは、
やはりなんでしょうね。ヤギさん(青柳常夫)さんです。

それからというもの、

井上正志(八王子ふるさと店長)
橋本安子(新宿家路オーナー)
小倉義雄(西新宿トミ)で長らくアコーディオン奏者をしていました。
南部敏郎(仙台バラライカ・オーナー)
金谷守晶(ご存じフクロウさん)
大野幸則(この本の著者であり、ともしび店長)でした。
上条恒彦(あの歌手の上条さん)です。
伊藤晴夫(現在は加藤晴夫さん)長らくともしびの歌手でした。
深代利定(バクさん)ですね。
大貫史朗(ともしび・名誉店長)と言われる方ですね。
金城広子(ともしびでリサイタルをされた)歌手です。
清水正美(現在・ともしび司会者・歌手)
吉田正勝(司会者・歌手)ガッチャンと呼ばれています。
小松原奈々子(ピアニスト)
佐山尚子(現・西銘尚子)沖縄で歌声喫茶アルテ崎山をしています。
松永敏子(びんちゃんと呼ばれています)亀戸の歌声などでお会いしますね。
越膳正明(歌手でしたが、数年前に亡くなられています)
近藤卓(田無ルイで司会をされています)
宮本たみ子(現・たみちゃん)アコーディオン奏者。
溝田恵美子(現・山岸あかね)司会者・歌手。
唐土久美子(千葉や本郷などで歌声を開いています)歌手。
瀬良尚郁(広島・福山で歌声喫茶を開いています)
金指修平(シュウちゃん・司会・歌手)
山中五郎(亀戸なつかし会などで司会をされています)
小林良信(世田谷で歌声を開かれているテノール歌手)
笹井晴美(色々歌声喫茶をされています)
行貝弘美(司会・歌手)なめちゃん。
近藤リマ子(ずっと以前に若くして亡くなられました)日野の歌声に居ましたね。
きたがわてつ(ご存じ、シンガーソングライター)
細根昭光(バクさん達と、ユーフォーを結成されています)
中西明(司会・歌手)たみちゃんのご亭主。
斎藤隆(ともしび新社長)
葛西友彦(仙台・南部さんの義兄)
後藤寿美(歌声・天笑楽主催)
堀内麻巳子(ともしびで主に厨房に居ますね)
小川邦美子(司会・歌手)
佐藤利恵子(ともしび合唱団)
宇野綾子(アコーディオン・ともしび事務)
津田伸子(司会・歌手)
桜田芳子(司会・歌手)

これだけ見ても、如何に興味をそそるか、
面白さが分かるか・・・

さて、これから下巻に入ります。
乞うご期待といったところですね。




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バラの館

2019-05-28 07:12:26 | 日記
先日、フェイスブック友達の書き込みから、
栃木県佐野市に「バラの館」という家がある事を知りました。

丁度、佐野の少し先の(おもちゃのまち)で、
一年に一回だけ開催される個人宅での歌声喫茶があるのです。
だったらチョッと途中下車すれば見られるというので行って来ました。



旭岡さんというその家は、
栃木県でも有名なお宅で、毎年地元の新聞に載るそうです。











庭はそれほど大きいというのではありませんが、
とに角、バラ一色。

ご主人は80歳という方なのですが、
もう60年間バラだけに心血を注いできたという事です。

歌声仲間に、こういった庭園造りが夫婦で大好きという方がいらっしゃるので、
その方に連絡をしたら、行ってみたいという事なので、
当日現地で落ち合いました。







私たちは車で、彼等は東京から電車でやって来ました。
同じくらいの時間に家を出たのですが、
佐野だと、やはり車の方が早かった。

バラの説明をしたがるご主人なんですが、
私達には(猫に小判)
でも庭園に詳しいUさんご夫妻は、流石によく分ってらっしゃる。

しかし、ヨーロッパ形式の庭園が大好きな彼等夫婦には、
こういった庭はチョッと物足りないというか、
好みの違いがあった様な気がします。



私達の為に珈琲を淹れてくれたので、
私達を含め7人でしばしの語らい。
バラに包まれながら色々な話し、
故郷無しの私には(おらが国の地元話し)は面白かった。



すぐ近くのラーメン屋さんで昼食。
こんな昔懐かしい団扇がありました。

私達夫婦はそこから30分くらいの、おもちゃのまちへ。
おもちゃのまちの歌声喫茶は田中純子さん宅で一年に一度だけ開かれるのです。
個人宅なので、人数に制限があり完全予約制。
新宿ともしびから、金指修平さんが司会でやって来るのです。

そういった事なのでUさん達とはラーメン屋でお別れ。
彼等はすぐ近くの、佐野厄除け大師へお参りに行きました。
私たちはそこをお参りする時間は無いので歌声喫茶へと急ぎました。




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すりばん

2019-05-21 07:52:31 | 日記
MBT524 お祭りマンボ 美空ひばり (1952)150711 vL HD


美空ひばりの歌に、この有名な「お祭りマンボ」があります。

この中に(スリバン)という意味不明な言葉があります。
私は古い人間なので、この意味を知っていますが、
(正確には知らなかった)
今の若者にこの意味を知る人は、まず居ないと思います。





昔は消防署の横に火の見やぐらがありました。
その上に吊るしてあったのが半鐘(はんしょう)

火事が起こると消防士がこの半鐘を鳴らしたのです。

半鐘の鳴らし方で火事場までの距離が分かりました。

〇 遠く・・二つ半(二つ半鐘の意味)
          (ジャーン・ジャーン)
〇 少し近くなると・・三つ半(ジャーン・ジャーン・ジャーン)
〇 更に近くなると・・四つ半(ジャーン・ジャーン・ジャーン・ジャーン)
〇 すぐ近くなら激しく打ち続ける。擦り半(すり半鐘)

  これを鎮火するまで鳴らし続け、
  鎮火すると最後に短く(ジャンジャン)と2回鳴らす。
ここから、(おじゃん)が(おしまい)の意味として使われる様になったと、
言われています。
これが、お祭りマンボにある(すりばん)の意味です。

それにしても、火の見やぐら・・懐かしいですね。
私が子供の頃には、消防署の建物の横にやぐらが建っていました。
その上には消防士がいつも立って周囲を見渡している姿がありました。

東京消防庁では1973年(昭和38年)に、
最後の鐘楼(火の見やぐら)が撤去されたそうです。

私の近所(東京都品川区荏原)にも火の見やぐらはありましたが、
それを見た最後はいつだったかの記憶はまるでありません。

私の家は目蒲線(現在の目黒線)洗足駅から、
400メートルくらいの場所で、いい所でした。

隣には伊達政宗の子孫という方が住んでいました。
近所には私を養子にしたいと欲しがった、評論家の戸板康二や、女優の若尾文子。
日ソ交渉で名を挙げた政治家の松本俊一などが住んで居たり、
アメリカ人軍属の家族やフランス人などが沢山住んでいました。

庭の木によじ登ると東京湾の海が見えました。
地図で調べると直線距離で4~5キロなのですが、
「あれが東京湾か」と打ち眺めていたものです。
今では全く海など見える筈もなく、良き時代でした。

チョッと方向違いには丸いドーム型の構造物が見えました。
母はそれを(ほしこーどー)などと言っていましたが、
それは後に知ったのですが武蔵小山駅方面にある、星薬科大学の、
星講堂の事でした。

そう思うと、昔の火の見やぐらは、かなり遠くまで見えたのですね。
火の見やぐら・半鐘・すりばん、全ては死語になりつつあります。

私達、歌声喫茶世代が如何に古い人間ばかりなのか・・・
チョッと淋しくなりますが、
それに反して(お祭りマンボ)は楽しい歌ですね。




  

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さすらいの唄

2019-05-18 20:40:56 | 日記
さすらいの唄 懐メロを歌う緑咲香澄


日活映画(悪太郎)
1963年(昭和41年)の日活映画。





主演は、今は亡き山内賢。
この映画の原作は、あの僧侶の今東光であり、
それは今東光の自叙伝的な映画でもあったとか。



若き日の私はこの映画を観たのですが、
主人公の破天荒な青春にビックリしたものです。
映画のバックに流れていたのが「さすらいの唄」
主題歌ではなかったみたいなのですが、
大正ロマンを感じさせられる、初めて聴くそのメロディーは、
いつまでも私の胸に残ったのでした。

主演の山内賢は、俳優・久保明の実弟ですが、
その演技力は昔から大したものだと感心させられていました。





今東光という有名なこの坊さんの若き日の生き様は、
喧嘩でも女性経験でも破天荒で、
その生き様には、ある種の憧れを感じたものです。

確かに今東光という、破天荒な生ぐさ坊主の生き方は、
そんじょそこらのヤクザなど足元にも及ばぬ凄まじさを感じますね。

若い頃に観た映画で、
私とはまるで違う、やりたくても出来ない生き方。
そんな破天荒ぶりにかなり強い印象を持った映画でした。

そして、映画の所々にかかる「さすらいの唄」
歌声喫茶で、またこの歌に出会えた事はとっても印象的でした。

DVDでこの映画があれば、もう一度観たい映画です。




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ある歌声喫茶

2019-05-18 07:49:07 | 歌声喫茶
あの青い空のように


昨日は、新宿のとある歌声喫茶に行きました。
こじんまりとしたお店で開催されている古い歌声喫茶です。
20名くらいのお客さんだったでしょうか、
それでも、この店としては(大入り)に近い客入りです。

私はリクエストをするにあたり、
歌詞本の50音別の(あ)の項目から順番にリクエストしました。
そこで目に止まったのが「あの青い空のように」でした。

曲が始まるので私は前に出て唄ったのですが、
♫ 喜び(よろこび)広げよう(ひろげよう)と、
()の部分をお客さんが繰り返すのですが、
「あれッ、反響が殆ど返って来ないみたい?」

で、最後まで唄ったら、
司会者が「この歌は初めて聴きました」
「河童さんが来ると新しい歌を覚えられるので毎回来てください」だって。

16.4.12.素晴らしき明日のために


そう言えば、これより数か月前に、
「素晴らしき明日のために」をリクエストしたら、
やはり「この歌は全く知りませんでした」と言われたのです。

この店に来る常連客は、
ここ以外の歌声喫茶は全然行かないという方がかなり居るのです。
それに比べると、私達夫婦は何十か所という歌声喫茶行脚。
だからか、色々な歌を新しく知るチャンスが多いのです。

その時も「河童さん達が来ると新しい歌を覚えられる」と、
歓迎されたのですが、
それって何だか少し淋しくない?

色々な歌声喫茶に行って、新しい歌を知る喜びは、
やっぱりあった方がいいよと、私は思うのですが。

たった2曲だけでこれだから、きっと彼等には知らない歌が
山ほどある様な気がします。
歌声喫茶では、
今までの自分の人生とは無関係だった歌が数多く存在しています。
そんな歌とどんどん知り合って行く事は、歌声人生の大いなる喜びです。

「井の中の蛙大海を知らず」より、
貪欲なくらいに歌を知り、大いに楽しんだ方がいいよと、感じます。






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