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河童の歌声

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箱根駅伝・オープニング曲が替わった時

2023-11-20 07:59:05 | 箱根駅伝
第84回 箱根駅伝 ED


あと1ヵ月と少しで、箱根駅伝がやってきます。
あれは本当に1年に一回、ワクワクします。
さて、あの駅伝のオープニングテーマ曲は、
2008年までは、映画「ネバーエンディング・ストーリー」のサントラ盤であった、
ドイツのクラウフ・ドルディガー作曲の「喜びの飛行」が使われていました。

しかし、ある時テレビで「来年から新しいテーマ曲に変更になります。
現在その曲を、久石襄氏が作曲中です」といった発表があったのですが、
その時私は嫌な予感がしたのをハッキリと覚えています。

新しいテーマ曲は2008年に旧テーマ曲と一緒に使われたのか、
翌2009年から使われたのかはハッキリしませんが、
その曲を初めて聞いた時「あ~、やっぱりな~」と大きな失望感がしました。

Runner of the Spirit


「別に変更などしなくても良かったのに」
「有名な作曲家だから、きっと多額の依頼料が使われたんだろうな」
とは思いましたが、だから言わんこっちゃない。とがっかりしました。
外国の映画のテーマ曲だろうが何だろうが、いい物はいいとずっと思っていたのです。
正月に聞く曲として、何と素晴らしい曲なんだろうと、ずっと思っていたのです。

それに引き換え、新しい曲は、もう言うのもイヤになります。
本当に元に戻して欲しいくらいな失望感しかありませんでした。

でも決まってしまったものは、どうしようもない。
以前の曲を知らない人は、何の抵抗もなく「いい曲だ」と思うのでしょうね。
私も、今になってそんな過ぎ去った事に感傷的になった所で意味はないのですが、
それでも、時々あの名曲を思い出すのです。

そう言えば歌声喫茶でも同じような事を感じる時があります。
以前のままで良かったのに。
何も替える必要などなかったのに、出来たら昔に戻して欲しい、
そんな事を思ったりする事があります。

でもね、もう替わってしまったものは、それに馴染んでいくしかないのですね。
昔など知らない方が良かったのかな~?

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箱根駅伝、遂に100回記念

2023-10-16 18:35:21 | 箱根駅伝
先日行われた、箱根駅伝予選会。
今度の正月に行われる箱根駅伝は、100回の節目となる記念大会です。

駅伝出場校は上位10校までが、シード権を獲り、翌年は自動的に出場できます。
しかし、10位までに入れなかった大学には、死ぬ思いの予選会が待ち受けています。
あれはいつの大会だったか、確か早稲田の最終ランナーがまさかの11位でのゴール。
シード権を失う情けなさ、申し訳なさに手を合わせながらのゴール。
11位でゴールする選手の心は、みな同じだと思います。
「すまん、申し訳ない」泣きたい気持ちなんだと思います。

立川、昭和記念公園で行われる予選会は、全校が必死、死に物狂いです。
それだけ、大学生たちが箱根に出たい気持ちには強烈なものがあります。
それ故に本番より、予選会の方が面白いという予選会ファンが居ると聞きます。



私もコロナの前、2019年10月26日に、
昭和記念公園に予選会を見に行った事があります。
いつかは見に行きたいと思っていただけに、感動しました。





喜びを爆発させる大学もあれば、絶望感に打ちひしがれる大学もあり、
まさに悲喜こもごもです。



長距離ランナーを目指す学生、
そこまで行かなくても、箱根だけには何が何でも出たいと願う学生。
「箱根」という言葉の重みには、本当に凄いものがありますね。

100回と言いますが、
その始まりは、1920年(大正9年)でした。
マラソンの父と言われる金栗四三の「世界に通用するランナーを育成したい」の思いからでした。

それより3年前、1917年(大正6年)
日本で初めての駅伝となる、「東海道駅伝徒歩競争」が、
京都~東京間516キロを昼夜兼行で走る壮大なリレーでした。
このレースが大成功を収め、箱根駅伝の原型となります。
この成功に意を強くした金栗らは各校に参加を呼びかけます。
それに賛同した早稲田・慶應・明治・東京高等師範(現、筑波大)の四校が応じ、
1920年2月14日に、
「四大校駅伝競走」の名称でスタートしました。

ちなみにテレビ放送が始まったのは、1987年からです。
私も若い頃、正月の箱根へバイクを駆って走っていたら、
それに遭遇し「これが箱根駅伝か」と思った事があったのですが、
その当時はテレビ放送以前でしたので、それほど沿道にファンは居なかったと思います。

さて、2024年の箱根駅伝は、
駒澤・中央・青山学院・國學院・順天堂・早稲田・法政・創価大・城西・東洋の、
10校が既にシード権を獲得し、本選出場が決まっています。

予選会で本選出場が決まったのは、13校。
大東文化・明治・帝京・日体大・日大・立教・神奈川・国士館・中央学院・
東海・東京農大・駿河台・山梨学院でした。
いつもは20校の出場ですが、100回記念という事で、
3校増やし全部で23校の出場となります。
箱根駅伝は、関東の大学のみが出場を許され、
北海道・東北・中部・四国・九州といった大学は出場資格すら無いのですが、
今回ばかりは規模を拡張して全国区としましたが、
しかし予選会では27位に京都産業大、34位に立命館と、
関東以外の大学のレベルの低さが目に付きました。
という事は来年からは全国規模でやってもいいのではと思いました。
そうでもしないと関東以外の大学はいつまで経っても低レベルで終わってしまいます。

落選となった大学では、
拓殖・専修大・亜細亜・関東学院・といった有名校が泣きました。



劇的、そして象徴的な出来事が起こり、たった3秒の僅差に泣いた大学があります。
それは14位で落選した東京国際大学です。



期待の1年生、留学生のエティーリが、8,4キロ地点で転倒してしまったのです。
それさえなければ、13位での出場は確実だったでしょう。
その悲劇に、棚からぼたもち出場を決めたのは山梨学院でした。

東京国際大学の監督、横溝三郎氏は、頭がパニックになり、
呆然自失、今はショックで何も考えられないと落胆していました。
本当に箱根駅伝というのは生きるか死ぬかと言ったら大袈裟ですが、魂のレースなんですね。

箱根駅伝燃え尽き症候群という選手がいます。
箱根が終わった後は、もう走る気力さえ失くしてしまうんだそうです。
正月の2日間、日本中の人がテレビでこれを観て大興奮。
それは大学三大駅伝・・箱根以外の、出雲、全日本大学駅伝では絶対に味わえない、
箱根だけの魔物なんですね。
大学生から社会人になれば、陸上をやめてしまう人が殆どです。
そういった選手には、箱根が自分の陸上人生の最後の「花道」なんですね。

私も大学生だったら箱根駅伝走りたかった。
中学生の頃など、多少人より速かったし、好きだったし。
大手町のゴールでVサインなどでカッコつけながら、ゴールしたかったよ。

今度の正月がホントに楽しみです。

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来年は100回記念の箱根駅伝

2023-01-05 07:35:01 | 箱根駅伝
毎年、首を長くして待ち続けている箱根駅伝も終了しました。
今年は、青山学院の牙城が崩され駒澤大学に凱歌が上がりましたね。

箱根駅伝の話題は、今日5日になっても絶える事なく続いていますが、
あの「紅白歌合戦」は、3日に視聴率発表があっただけで、以後は何の話題にもなりません。
私は「絶対に観ない」と言っていたのですが、
実は観たのです。
観てしまったのです。
妻が何かの番組を観ている時のCMタイム。
「チョッと紅白観てみようか」と言ったのは私。
ですから観た時間は1分間程度です。
あ~、やってるやってる、原色が乱舞する舞台で、
全く知らない女性歌手が、全く聞いた事もない歌を唄ってた。
「あ~、いやはや」世も末じゃの~。
NHKはこんな事、来年もやる気なんでしょう~かね~?
もういい加減におやめになったらいいのにね~。

それに比べ、私は今年の箱根駅伝、1分たりと目を離さなかった。
いつもは酒に負けてウトウトする瞬間などあったのですが、
私は毅然として立派に見続けていました。
(まあ、私がいつも毅然としてるのは、皆様ご存じと思いますが)ベーッ。



で、来年は遂に箱根駅伝が100回の大台に乗るのですね。
100年というとんでもない数字に圧倒されるばかりです。
この99年間に箱根を走った選手は、いったい何人いたのでしょうか?
出場チームが平均15校として、単純計算すると、
15×10ですから毎年150人。
それを99倍すると、14850人という計算になります。
しかし、最近は毎年20校とか21校とかになっていますから、
15000~16000人は走った勘定になっているのでしょうか。
その中で既に亡くなられている人は5000人を超えていると思います。
本当に気の遠くなる歴史に、私達は頭を下げるばかりです。

来年の100回記念大会では、いわゆる関東枠を超えて全国区になるのですね。
ですから、例えば関西の有名校、同志社とか立命館が出場するんでしょうか?
大学駅伝には3つあって、箱根、全日本、出雲が、三大駅伝と呼ばれます。

その歴史は、箱根(1919年)全日本(1969年)出雲(1989年)ですから、
もう圧倒的に歴史が違いすぎです。
箱根以外の2つでも、出雲駅伝の優勝校は全部が関東校です。
全日本では、福岡大学が3回の優勝。京都産業大学が1回優勝の4回だけで、
殆ど全部と言い切っていいほど、関東勢が占めているのです。
ですから、箱根が全国区になったと言っても、大勢に変化はないと思われます。
箱根はもっと前から全国区に解禁すべきだったと私は思います。
100回以後がどうなるのかは知りませんが、
11月第一日曜日開催の(全日本)などは、
その2か月後には箱根があるのですから、箱根の前哨戦的に考える大学も多く、
その存在意義すら問われかねません。



本当は全国区になって、関西や九州の強豪校としのぎを削る姿とかが見たいと思うのですが、
箱根駅伝参加校だけが、全国区の駅伝を制している現在となると、
そういったスタイルは夢物語ですね。
でも、関東以外の大学で常勝校とかが出る様になると、
箱根に出たいが為に、はるばる東京の大学まで行く必要がなくなる訳で、
地方に住む高校生の親御さんたちは、ホッと胸を撫でおろすかも知れません。

3大駅伝と言っても箱根だけは別格で、
正月という日本中がお休みしている最中に、2日間に渡ってテレビに映るというのは、
陸上競技の選手たちにとっては一世一代の晴れ舞台。
全日本や出雲じゃテンションが上がらないというのが人間の本質。
沿道のギャラリー数だって箱根だけは桁違いだしね。

100回以後は、箱根も全国区となって、今以上に私達に感動を与えてくれる事を願ってます。
来年、早く来ないかな~、楽しみ~。





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立派だった学連選抜第一走者

2023-01-03 06:13:13 | 箱根駅伝
昨日の箱根駅伝で、私が最も立派だったと思うのは、
関東学生連合チームの第一走者、育英大学の新田颯(はやて)です。



毎年、箱根駅伝の一区となると、お互いが牽制し合って、前に飛び出す選手は殆どいません。
解説者も言ってましたが、皆がスローペースにイライラしながら走っている。
しかし、そこから敢えて飛び出そうという勇気は中々出ないそうです。

普通1キロを早い選手だと2分40秒とかで走る選手もいますが、
あのスローペースは3分5秒とか10秒とかの、遅すぎるペース。
私は、あの(仲良しクラブ)スタイルが大嫌い。
そもそも箱根駅伝は世界に通用するマラソンランナーの育成が基本だったはず。
それなのに日本人だけの、世界にはまるで通用しない(仲良しクラブ)
これは一体なんなんだッ!
こんな馬鹿げた事を君たち、これから世界に羽ばたこうというランナーがやってる場合か。

ケニアからの留学生達は、仲良しクラブなど一切ない。
最初から思い切って飛び出して、持てる力を全力で発揮してくる。
それじゃなくて、世界に通用するランナーなどになれる訳がないだろう。

そんな仲良しクラブに巻き込まれず、彼らを見切って飛び出した新田颯選手。
私は心から「あ~、こいつはいい、この選手こそ立派だ」
「これこそ箱根ランナーだ」とワクワクしながら彼を見つめていました。
いいんです、途中で息切れしようが、ズルズル後退しようが、
(俺は最初から行くんだ)という勇気が大切なんです。
世界レベルから見たら、あいつらはアホかと思われる仲良しクラブ。
私はそんな情けない連中の姿など見たくもない。

育英大学・・失礼ながらまるで知りませんでした。
2018年創立の高崎に在る新しい大学だそうです。
新田颯氏は4年生という事で、最初で最後の箱根路走者なんですね。



結局、彼は最後までは保たず3位に引き下がって、
第二走者へタスキを繋げましたが、私は彼に大拍手でした。
「偉い、君は立派だった、よくやった」と心から称賛を贈りました。

往路優勝は駒澤大学、2位は中央大学でしたが、
たった1区であっても、そういった大学を蹴散らして堂々と走り切った、
新田颯の走りは記憶に残る大激走でした。

箱根を始め、駅伝となると主にケニア勢選手が、
仲良しクラブなど見向きもせずに飛び出して行く。
それが出来ない勇気の無い日本選手に、世界に通用しない日本型仲良しクラブが定着し、
それを観る人々も、長距離というものはそういうものだと勘違いすると思うのです。

1区で情けない仲良しクラブで走った選手、それをヨシとする監督。
結果が良ければではなく、あの腰抜けスタイルはもう絶対にやめて頂きたい。
あんな事をいつまでも続けていては日本の長距離界はダメになります。

新田颯さん、貴方は本当に立派でした。
貴方のカッコイイ姿は忘れません。




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今年の箱根駅伝、中央大学が往路で2位

2023-01-02 16:46:49 | 箱根駅伝
箱根駅伝 2001年 第77回 5区


数々のドラマ、心に残る名シーンを産んできた箱根駅伝。
今年の往路でも、そんな名場面を彷彿させるシーンの再来がありました。



山登りと言われる5区でした。
優勝候補と言われる駒澤大学がトップで芦ノ湖のゴールテープを切り、
それから31秒遅れて2位に入ったのは中央大学でした。
駒澤大学と共に優勝候補に挙げられていた青山大学は3位になっていまいました。

私は2001年の第77回、5区でのデッドヒートに心打たれ、
2016年10月16日のブログに、
「箱根駅伝、最高の名場面」という文を書きました。
その時に載せた動画が冒頭のものです。



さて、その時に1位でテープを切った選手は、
誰あろう、動画に出て来る藤原正和選手(2年生)だったのです。
そして、今年、その中央大学の駅伝監督に在るのが、その藤原正和氏なのです。
あの時20歳の2年生だった藤原正和氏は、
現在42歳となって母校を率いている。
何か因縁というか、箱根駅伝の奥深さを感じざるをえません。

中央大学は2位でしたが、これで1位だったら、
その凄さにきっと鳥肌が立ったと思うのです。
藤原監督も何が何でも1位になって欲しかったと思ったでしょうが、
そこは相手がいる世界なので、そう簡単にはさせては貰えませんね。

更に2022年1月5日にも、
私はブログ「元法政大学、箱根駅伝ランナー・大村一さん」というのを書いています。



それには、かつて日大で箱根駅伝ランナーであった、
俳優の和田正人さんが、私と全く同じで、
2001年箱根5区のデッドヒートを最高の名場面として挙げている事を書きました。

箱根駅伝 1999年  第75回 9区  法大 大村選手


和田正人氏も私と同じで、あの大村一選手の魂を揺さぶられる必死の姿に、
涙したのでしょうね。
あれは、かなりの日本人の心に、とんでもないくらいの感動を与えましたね。

あれから22年後に、そんな昔の事を彷彿させるシーンに出会えるなんて・・・
感無量としか言いようがありません。
さて、明日の復路はどうなるのでしょうね?
でも、箱根駅伝って本当に素晴らしいドラマを先達は考えついてくれて、ありがとう。





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