
今日、脳神経外科でMRI機器による検査を受けてきました。
MRIによる検査を受けるのは2度目です。
最初に受けたのは30年くらい前だったか?
車を運転中に一瞬意識が飛んだ気がしました。
それが例え短かろうと、1回だけであろうと、
自分で意識が飛んだという事を感じたので、
これは観過ごす事は出来ない、大事を取った方がいいだろうと、
たまたま近所に脳神経外科があったので、飛び込みで行きました。
結果は、問題なしでした。
そして医者が言ったのは「貴方は疲れていましたか?」
私はじつは疲れていたのです。
医者は即座に「あ、それです」で終わりになりました。

MRI検査は頭を輪切りにして脳を調べる器械です。
そしてこれは放射能とは無関係なんだそうです。
で、今回は何でそんな検査を受けに行ったのでしょう?
そもそもの発端は去年11月29日夜に、椅子から転落して、
隣に置いてあった別の椅子を巻き込み横転し、
その際に肋骨を折った事に気づかずに(酔っていたので)隣室のベッドで一夜を明かし、
翌30日に目が覚めたら左わき腹が痛むので、やっと気がつきました。
しかし椅子から転落した記憶がまるで無いのですから、
「これは内臓にとんでもない病気が発症した」と完全に思い込んでしまったのです。
最初は痛みも軽かったので、(もし医者に行って大病だ)と言われるのが恐かったしで、
6日後になってようやく医者に行きました。
初めはかかり付けの内科医に行くつもりでしたが、
妻が横倒しになっている椅子を見て、
更に額に血痕があるのを見て「これは整形外科に行くべきだ」と言うのです。
それで私も急遽方針を変えて整形外科に行ったら、何の事は無い、肋骨骨折。
という有難い診断で一安心しました。
それから1ヵ月後の12月27日、再び整形外科へ。
その頃になると痛みは増すばかりでした。
それで仕方なく痛み止め薬を服用、湿布薬をわき腹に塗布すると、
痛みからは嘘の様に開放されました。
良かったのはここまででした。
数日後になると、若干風邪気味になったのか、軽く咳が出る様になり、
31日、大晦日になると、身体のコントロールがおかしくなってきました。
元旦になった日、座っていたソファーから立ち上がろうとしたら、
何としても立ち上がれない。
硬い椅子からだと立ち上がれても、フカフカのソファーからだと、
脚の力だけではどうにも立てなくなっていました。
トイレに行って体の向きを変えようとしたら、
身体がふらついて脚力だけでは支える事も出来ずに床に膝を付いていまいました。
そこからが、もう大変、手足を突っ張り何としても立ち上がろうと、
いくらもがいても体勢を立て直す事が出来ずに20分くらいもがいていました。
何とか這いずってトイレから外に身体を出す事が出来た時には、疲労困憊。
それは亡き母が、90歳を超えたある日、風呂場で身体を支えられずに、
恐らく2時間以上身体が横倒しになったままだった、夜の事を思い出しました。
その事件から、私は自宅での介護生活をあきらめたのでした。
俺も遂に母と同じになってしまったか・・
翌日2日になると、昨日の事はどうなったのか?と言わんばかりで、
ソファーから立ち上がれる様になっていました。
しかし、やはり病院には行くべきだという強い思いはあります。
あばら骨骨折の痛みは、夜になると咳が強くなり、
それと共に腹筋に激しい痛みを伴い、もう「痛み止め薬などには頼らない」
などと言えたものではなく、「頼むから痛まないで、俺をゆっくり眠らせてくれ」状態。
今日MRI検査の結果は、異常無し。
私は医者には正確に申告したのですが、要するに酒の呑み過ぎ。
風邪気味だったのと重なった事もあった。
呑み過ぎはコントロールを狂わせ、最近は何の運動もしていないので、
高齢化とそれによる筋力、バランス力の衰え、風邪気味などが複合して、
立ち上がれない、悲劇の一人独演会となってしまった様です。
正月前からしこたまビール、ウィスキー、日本酒を取り揃え、
手ぐすね引いて迎えた、独りどんちゃん騒ぎも、
病気の恐怖におびえるばかりの、史上最悪の正月になってしまいました。
妻からはウィスキーを情け容赦なく没収されてしまい、ヨヨと泣き崩れました。
あ~、今夜は何の痛みも無い静かな夜を迎えたい。
俺はもう二度と酒など飲まないぞ!
ま、深い事は明日また考えよう。