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ブルーリボン賞

2017-02-04 15:09:31 | 船舶
ブルーリボン賞は公式な賞ではなく、
公式なルールに即して行われた事もありません。

19世紀初頭、帆船の時代に、イギリスとオーストラリアの間の、
羊毛積取り船(ウール・クリッパー)に、
最も速く走った船に対し、青い吹き流しとも言える、
ブルーリボンをマストに掲げさせた事から始まりました。



蒸気船による大西洋横断が始まったのは1833年でした。
1850年代からは、北大西洋横断が急速に始まりました。
それはヨーロッパから新興国アメリカへの移民が激増していったのです。
アメリカ移民の数は19世紀の中頃には50万人を超えており、
後半には年間200万人に達し、
この状況は第一次世界大戦勃発(1914年)まで続いたのです。



この膨大な移民輸送は欧米の海運会社にとってはドル箱の魅力でした。
各海運会社は、あの手この手で、この船客集めに注力しましたが、
その最終的な答のひとつが、横断時間の短縮でした。
これは船客の船酔いの苦痛を少しでも短縮する為の最上のサービスでした。

また、もうひとつに時間は多少長くなっても良いが、
船を大型化して揺れを少なくして快適な船旅をしてもらおうというやり方もありました。
(あのタイタニック号は、スピードはさほど速くないが、
船内を豪華にし、船体を大型化して快適に過ごしてもらおうという船でした)

1850年頃の初期の蒸気船の時代は、
北大西洋横断にかかる日数は、9~12日を要していました。
これは帆船時代の20日前後に比べれば大幅な改善でした。

そして1910年には記録的な速力を発揮する大型船が出現し、
所要時間もわずか4日と18時間に短縮されていったのです。
この時の速力は26ノット(時速48キロ)というスピードでした。

軍艦で速力の早い船に、巡洋艦がありますが、
その最高速力は35ノット(時速65キロ)に達しますが、
その高速で北大西洋を横断する事は不可能です。
また、イタリアの駆逐艦には43ノット(時速80キロ)などという、
とんでもなく速い軍艦がありますが、これらの軍艦はいずれも、
大西洋横断記録を達成する事は出来ません。

何故なら、軍艦にはそんな膨大な燃料を補給できる燃料タンクは持っていないからです。
軍艦は、いざ海戦になった時に一時的に最高速力が出ればそれでいいのですから。

戦艦大和は7200海里(約13000キロ)を走る事が出来ますが、
最高速で走り続けたら、その半分も走れないのです。
これでは大西洋横断競争には、無理ですね。

1930年には、ドイツが5万トンの、
オイローパとブレーメンを就航し、
それまでの最高記録であったイギリスの3万トンの、
モリタニア号の持つ26ノットを打ち破る28ノットを記録します。

これに対し、イタリアが1933年に5万トンのレックス号を完成させ、
29ノットで記録を塗り替えたのでした。

これに黙っていなかったのがフランスで、
1935年に8万トンという超巨大豪華客船、ノルマンジー号を建造し、
30ノット(時速55キロ)という大記録を打ち立てたのでした。

しかし、これに対抗したのがイギリスで、
1938年に8万トンのクイーンメリー号で、
33ノット(時速60キロ)を打ち立てました。

この極端までの客船による北大西洋横断時間短縮競争の勝者には、
いつしか(ブルーリボン)という実体の無い、
名誉の称号が与えられる様になっていったのです。

そして、この称号・名誉を得る事が、
北大西洋に航路を持つ海運会社の最高の栄誉につながっていったのです。
これはある意味、国の威信を賭けた競争でもあったのです。

しかし、この競争も第二次世界大戦の勃発と共に、一旦終止符が打たれたのです。
世界大戦が終結した後は、もうあの競争は微塵もなく消え失せていました。

アメリカ最大の海運会社である、ユナイテッド・ステーツ・ライン社が、
1952年に5万トンのユナイテッドステーツ号を建造します。
この船は北大西洋を35,6ノット(時速66キロ)で横断します。
これに要した時間は、わずか3日と10時間40分でした。
この記録で14年間も忘れられていたブルーリボン記録保持者として、
輝くこととなったのでした。

しかし、既に時代は大型旅客機が飛び交う世の中。
もう何処の国にも、これに対抗しようという気はありませんでした。
ユナイッテッドステーツ号のニュースを見ても、
大方の海運会社は「それがどうした」という感想を抱くだけなのでした。

現在に至っても、ブルーリボンは有ります。
しかし往年の、本来の意味とはニュアンスが違ってきています。

1950年には日本の映画界に「ブルーリボン賞」が設けられ、
また、1958年には鉄道の分野で「ブルーリボン賞」が設けられましたが、
何れの賞も、華やかなりし北大西洋横断競争にあやかった賞かと思われます。


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