私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

おせん 61

2008-06-25 19:13:07 | Weblog
 何もかにもめたやくちゃに荒された部屋に遅桜の花びらが4つ3つ風に運ばれ入って入ってきます。その花びらの一片が投げ出された引き出しの上にも舞い降ります。花びらが舞い降りた所には、真新しいきちんと折畳まれて真っ白な包み紙に包まれている一本の手ぬぐいがありました。
 「どうしてこんな所に」
 と、思いながら、拾い上げ広げます。
 手ぬぐいの斜め上から一本の松の意匠が描きこまれ、松の意匠で分けられた斜め右半分したは藍色で染められています。中央部分の上から斜め下にかけて白の部分は青で、青の部分は白抜きで、
   夕つくよ さやす岡べの 松のはの
            いつともわかぬ 恋もするかな
 と言う貫之が誰かの和歌が崩し字で鮮やかに染め抜かれています。また、右下の青の部分には、錦町 松の葉と白抜きの字が染め出されています。随分と粋な洒落た手ぬぐいです。
 錦町の松の葉と言う店が、なじみの客に何かの記念として配ったものに間違いはなさそうです。それが何かの縁で、政之輔が大切に引き出しの中に入れていたのでしょう。その手ぬぐいが、今回の家捜しで、引き出しと一緒に畳の上に放り投げられるように散らばっていたのです。机の中に大切にしまっていたと言う事は、多分、政之輔にとっては大切な手ぬぐいであったのでしょう。
 袋直弥は、この手ぬぐいで何か政之輔の死に繋がるものがあるかも知れないと思い、懐にそっといと愛しむように仕舞い込みます。
 こうして、袋直弥はゆきの店である松の葉を知るのでした。
 早速、使いを松の葉に遣り、ゆきを袋医療所に呼びます。
 「わざわざご苦労でした。私のほうから松の葉を訪ねて行くのが筋ですが、貧乏暇なしで、女将さんにまでご足労お掛けてしもうた。お詫び申し上げます」
 と、丁寧にご挨拶されます。
 「早速、用件に入るのじゃが、袋政之輔を知っておろうな。どうじゃ」
 「はい、よく知っております、いつも私の店でうなぎ蒲焼を、うまいうまいと食べはっておいでででしたが、なんぞ、ふくろう先生の身に」
 そこで、ゆきも始めて政之輔の死を知らされるのでした。
 「ふくろう先生がどうして死にはったのですか、おせんさんにどういったらよろしゅうおすの。そんなむごい話っておますの。どうしてなのどすか。あんないい先生をどうして殺したたりできるのどす。この世は地獄どすか。おせんさんが可愛そうです、かわいそう過ぎます。ふくろう先生の大先生」
 自分にも、今、何を言っているのかすら分らないように、目にいっぱい涙をためて、必死で直哉に迫ります。
 
 


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