私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

あせん  63

2008-06-27 08:22:46 | Weblog
 政之輔の叔父袋直弥は、それから、また、静かに眉間に苦渋の筋を浮かべながら、自分にでも言い聞かせるように、
 「もう五十も、疾うに過ぎているにも拘らず、上手にも至らず、行末も無いのに、未だ、世俗の事に携わりながら生きております。このような生き方を、あいなく見苦しい下愚の者がする事だと、兼好さんも言っていますが、私は、相変わらず、この年になっても万のしわざをやめず、余生も楽しまず、老人の生き甲斐も何もない、その日その日を追いかけられるように暮らしをしています。おぼつかなからずして止むべしと、言っている、兼好さんの報いかもしれんのじゃが。本当にいつも世事にばっかり心を悩ませているのです。そのためはどうかは分りませんが、今度のような自分の身の置き所のないような酷い事件にも遭遇します。生きていてよかったかどうかは分りませんが、それでも生きています。・・・・・・そんな性もない年寄りの言う事じゃが、おせんさんとやらに、これだけは是非伝えて欲しいのじゃ。政之輔の死を知ったらなば、その二人の恋がどれだけのものだったのかは知りもうさんが、往々にして、特に、娘ごの場合は、その跡を追って自らの死を考える事が、世間一般にはよくあることなのじゃ。でも、死んだらいかん。生まれてから今まで生きた甲斐がない。第一、父母の歎き悲しむ姿も考えてもらいたいのじゃ。どうしようもなく辛く悲しい、自分一人で生きていてもしょうがないと思うじゃろうが。是非、生きていって、これからの全くの新しい今までになかった自分を見つけて欲しいのじゃ。これでもわしも医者の端くれじゃ。死んだらいかん、死んだらいかん、と。死んでしまったら、結局、負けなのじゃと。恥ずかしながら、未だ、世事に携わりながらもんもんと生きているこの年寄りからのたっての願いだと、お伝えくださらんか。比翼連理をお誓い下さったことを、政之輔に成り代わって御礼申し上げますと。・・・・・・・でも、政之輔の事はできる事なら忘れて欲しいと思うのじゃが。できることならお忘れ願いたいものだと思っていますとも」


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