うつむいて、じっと考えるようにしていた政之輔は
「おせんさんがこの前言わはりました、女は損だという話どす。・・・・つい2、3日前のことです。が、こんな事がありました」
と、話します。
「年が50歳かそれぐらいの年老いた女の人の死に、偶然、立ち会いました。その人は、この2、3日間は何も食べてなかったのではと思えるぐらい貧しい貧しい年老いた女の人です。たまたま、そこを私が通りかかり、最期を見取ってやりました」
お店の表のほうから大きな声が響いて聞こえます。その大声が反って、この室の静けさを績んでいるようです。
「近所の人でしょうか、側にいた女の人に水を頼んで、抱きかかえ、飲ませます。すると、今まで目をつぶったままでしたが、2口も飲んだでしょうか、ほそく目を開けて、うれしそうに「ありがとうおぉ・・・・・。」と言ったかと思うと、細い細い一筋の涙が頬を伝わって流れ落ちました。いっぱいも涙はもう持ち合わせがないように。そして、小さく小さく言いはりました。「女でよろしうおました」
それが最期でした。どうしてよかったのか、何がよかったのか、何にもわかりまへんが。この人は女として生きて、何かがよかったんだと思いますねん。そやなかったらそんなこといいよらへんと思うのどすが」
「女で・・」のところで、今まではうつむき加減に話していたのですが、急に政之輔はおせんの顔を見つめて言いました。
店表の賑やかさは相変わらずです。しばらく黙ったままでしたが政之輔はそのまま続けます。
「思うんです。・・・・女だから、男だからどうのこうのというのではなく、女でも男でも、貧しかろうと富んでいようと、お侍であろうと商人であろうと、それぞれの人が、自分の持っている望みに向かって生きていく事が生き甲斐というもんではないのでしゃろか。生きると言うそのものではないのでっしゃろか。人々が持つ生きる望みには人によって随分と差もあると思いますが、誰でもが持って生きているのとちがいますやろか。・・・・端から見れば、「女でよろすうおました」と言って死んでいかはった老婦のように、生きていてどんな得をしはりましたかと、尋ねてみたいような、一日の食事さへままならないような極貧のその日暮らしの中からでも、あの人はきっちりとした人並みの生き甲斐を持って生きていたのだと思います。だから「よろしうおました」と言って笑いながら死んでいかれたのだと思いますねん。そうとちかいますやろか。例え、一時、損だと思えても、それが返って後になってみれば得になることもあるのではないでしょうか」
それだけ言うと、冷えているお酒をぐいと一のみし、おせんをにらめ付けるようにきっとなって言われます。おせんは、ただ、うなずきながらじっと政之輔の話を聞いていました。
「得か損かは、後にならなければ分らないのですが。・・おせんさん・・・・・ちょっといにくいのですが、一緒に、・・・・いや、私と・・・・・それ捜してくれはらへんやろか・・・・・探してほしいのです」
この俄江戸弁と浪速言葉のごちゃごちゃに入り交ざった政之輔の最後の言葉を、とっさには何を言っているのか理解できず、店表から先ほどから聞こえ出した声の一部でもあるかのようにも上の空でおせんは聞いていました。
「おせんさんがこの前言わはりました、女は損だという話どす。・・・・つい2、3日前のことです。が、こんな事がありました」
と、話します。
「年が50歳かそれぐらいの年老いた女の人の死に、偶然、立ち会いました。その人は、この2、3日間は何も食べてなかったのではと思えるぐらい貧しい貧しい年老いた女の人です。たまたま、そこを私が通りかかり、最期を見取ってやりました」
お店の表のほうから大きな声が響いて聞こえます。その大声が反って、この室の静けさを績んでいるようです。
「近所の人でしょうか、側にいた女の人に水を頼んで、抱きかかえ、飲ませます。すると、今まで目をつぶったままでしたが、2口も飲んだでしょうか、ほそく目を開けて、うれしそうに「ありがとうおぉ・・・・・。」と言ったかと思うと、細い細い一筋の涙が頬を伝わって流れ落ちました。いっぱいも涙はもう持ち合わせがないように。そして、小さく小さく言いはりました。「女でよろしうおました」
それが最期でした。どうしてよかったのか、何がよかったのか、何にもわかりまへんが。この人は女として生きて、何かがよかったんだと思いますねん。そやなかったらそんなこといいよらへんと思うのどすが」
「女で・・」のところで、今まではうつむき加減に話していたのですが、急に政之輔はおせんの顔を見つめて言いました。
店表の賑やかさは相変わらずです。しばらく黙ったままでしたが政之輔はそのまま続けます。
「思うんです。・・・・女だから、男だからどうのこうのというのではなく、女でも男でも、貧しかろうと富んでいようと、お侍であろうと商人であろうと、それぞれの人が、自分の持っている望みに向かって生きていく事が生き甲斐というもんではないのでしゃろか。生きると言うそのものではないのでっしゃろか。人々が持つ生きる望みには人によって随分と差もあると思いますが、誰でもが持って生きているのとちがいますやろか。・・・・端から見れば、「女でよろすうおました」と言って死んでいかはった老婦のように、生きていてどんな得をしはりましたかと、尋ねてみたいような、一日の食事さへままならないような極貧のその日暮らしの中からでも、あの人はきっちりとした人並みの生き甲斐を持って生きていたのだと思います。だから「よろしうおました」と言って笑いながら死んでいかれたのだと思いますねん。そうとちかいますやろか。例え、一時、損だと思えても、それが返って後になってみれば得になることもあるのではないでしょうか」
それだけ言うと、冷えているお酒をぐいと一のみし、おせんをにらめ付けるようにきっとなって言われます。おせんは、ただ、うなずきながらじっと政之輔の話を聞いていました。
「得か損かは、後にならなければ分らないのですが。・・おせんさん・・・・・ちょっといにくいのですが、一緒に、・・・・いや、私と・・・・・それ捜してくれはらへんやろか・・・・・探してほしいのです」
この俄江戸弁と浪速言葉のごちゃごちゃに入り交ざった政之輔の最後の言葉を、とっさには何を言っているのか理解できず、店表から先ほどから聞こえ出した声の一部でもあるかのようにも上の空でおせんは聞いていました。
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