私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

佐気都志摩美由

2011-02-13 11:17:59 | Weblog

 沢山の瀬戸の島々を見ながら、ようやく「佐気都志摩」<サケツシマ>に着かれます。
 本居宣長は「古事記伝」の中で、此の島はどこにあるのか、存在が「詳らかならず」と書いておりますが、その「サケツシマ」に上がった仁徳は、そこから島伝いに吉備の国の黒日売のいる所、「山方(やまがた)」に、直接行っています。

 さて、難波津を出発して、瀬戸内の海を航行するのですが、その美しい多島美をゆっくりと鑑賞しながら行くという心のゆとりなんて仁徳にはなかったのです。その道中は、ただ、「黒日売恋し」の夢か幻かのような夢うつつの航海だったに違いありません。恋しい我が恋人黒日売に「すぐ会える」という事ばかり考えた、他の事は一切眼中に入らなかった旅だったのです。
 「オノコロシマ」とか「アジマサノシマ」とか、何ともわけのわからない歌を口ずさみながら航行していたのです。本来なら小豆島など見ながら当然航海したはずでしょうが、そなん島影さえ、仁徳の目には入らなかったのだろうと思われます。気がついてみれば、いよいよ吉備の国というより、あの黒日売のいる所に逢いに行ける港「サケツシマ」です。

 この「サケツシマ佐気都志摩」ですが、何処にあるのか分からないとした宣長先生ですが、私は「サケツ」の「サケ」は[酒」、「ツ」は「津」、そうです。酒津(さかづ)がある島ではないかと思います。往事、高梁川の河口にあったこの港から、盛んに吉備の美酒(うまさけ)を船に積んで諸国に運び出していた所から[酒津」と名がついたと伝えられています。

 なお、この吉備の酒ですが、万葉集にもあります。
         “古の 人の食させる 吉備の酒
                           病めば術無し 貫簀贈らむ”
  「昔から大変うまいという評判な吉備の酒、あんまりおいしいので、飲みすぎて酔っ払って戻すことがあってもお許し下さい。どうぞ、その戻したもので服が汚れるのを防ぐために、竹で出来た簀(よだれかけ)を、私の首にくくり付けてくださいな」という意味の歌なのだそうです。

 話が、又、反れますが、あの須佐之男命がおろち退治したのは、本当は、出雲の国ではなくて、「我が吉備の国であった」という人もいます。「ひのかわ」というのは旭川であり、簸川ではけっしてないのだよと、その人は勢い込んで言われます。
 「あのおろちが飲んだ大量の酒は吉備の酒でなくてはならない。其のお酒のあまりのうまさに、つい、あの大蛇がへどを吐くほど飲んでしまい、不覚にもぐでんぐでんに酔っぱらってしまい、眠ってしまうのだ。出雲の国の酒はそんないおいしくないので酔っ払って寝てしまう事はなく、あんなに易々と、命の剣に打ち負かされる事はなかった。吉備の酒こそ、大蛇が酔い潰れる程飲むうまい日本一の酒だったのだ。それを証明する歌が、この万葉集の歌に現わされているのだ」

 と、誠しやかに話されます。

 

 本当でしょうかね????