私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

おせん 3

2008-03-29 11:46:06 | Weblog
 時は弘化2年弥生、吉備津神社の春の大祭で大江戸歌舞伎の嵐門三郎・浅尾雷助などを配した嵐新蔵一座の興行が、この宮内で4年振り行われている真っ最中でした。岡山城下など近郷近在の多くの老若男女がこの宮内に繰り出し、本当に久しぶりに下へ上への大活況でした。
 立見屋でも多くの客が詰めかけ、猫の手も借る忙しさです。その為に平蔵への接待も後回しにならざるを得ないといった様相を見せています。
 そんな忙しさの最中でしたのでしょう、宿のお園さんまでもが借り出されてお客の応対に当たっていたらしいのです。
 「今晩は。お客さん。・・大変ご迷惑をお掛けいたしております。ごめんなさいね。折角お泊り頂いたのに。こんな目に合わせてしまって申し訳ありません」
 深々と頭を下げてから、遅くなった夕食の用意をします。膳の上には、お酒の徳利も並べてあります。
 「いやなに、こんな時に来た私も悪いのです。構わんでくださいな。お忙しいのでしょう。私は一人が慣れている者ですから、一人でやります。どうぞお気遣いなさらないでくだしな。それだけあれば結構ですから。」
 そんなやり取りをしながら平蔵は善に着きます。
 「おひとつどうぞ」
 お園は徳利を取ります。
 相変わらず宿の内も外も、がやがやとした大層賑わしい声々がこの部屋にまで伝わってきます。
 「平蔵さんだと伺って参ったのですが、いつもご利用していただいているとかで父も後よりごあいさつに参るとは思います、なにぶん今夜、岡山のご城下より何かご重役様がおいでなさっているとかで、余計に心が張り詰めているようでございます。」
 「ご重役様、ははは・・・。大変な時期にお邪魔したものですね。でも、私への気兼ねは結構ですよ。明日からは玉島などに出向きます。3、4日は留守になると思いますが、よろしくお願いしますね」
  「処で、あなたのお名前は、先ほどお父さんといわれましたが、この屋の娘さんですか」
 「はい、お園と申します。よろしくお願いします」
 そんな会話を交わしながら、夕食を終えた平蔵は
 「明朝は早い出で立ちになる」
 と、言って、周りの喧騒をよそに、早々と床に入ります。