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森博嗣の限界?――感想:『科学的とははどういう意味か』『ナニワ・モンスター』

2011年09月07日 18時22分52秒 | 学問
現在の日本は、感情社会、感覚社会といった感がある。科学的、論理的言動が為されず、雰囲気、ムードが重視されているように感じる。

森博嗣『科学的とははどういう意味か』は、そうした日本の現状を危惧して書かれた本である。
まえがきにあるように、声高に科学を薦める内容ではなく、科学的でないと損をするという控えめな立場から書いている。日本においては「文系」「理系」というレッテル付けが一般化されているが、その中で「文系」の人たちの科学離れへの危惧が綴られている。

執筆直前に東日本大震災が発生し、特にその報道への批判は鋭い。インタビュアーが被災した個人個人の感想を訊いていることに対し、「もちろん、個々の「気持ち」を伝えることも大切だけれど、重要なことは、個人がどう感じたか、どう思っているか、ではなくて、現状を客観的に把握できる情報を伝えることではないか」と指摘している。

TVではスタジオのコメンテータたちが自分たちの感想を垂れ流す。視聴者はそれに同調しやすい。「悲しいと自分で感じるよりも、悲しいですよ、ということまで教えてもらいたがっている、といっても良い」という森の意見は今の日本のムード社会の正鵠を射ていると言えるだろう。

数字をはっきり示して量的に把握するものの見方など理系的な発想は参考になる点もある。しかし、残念ながら、この種の本を森が何万冊書こうとも日本社会に変化は起きない。

それは、本という媒体に変える力がないからとか、森の本が読まれないからとかではなく、森の論理に問題があるからだ。

一つは、森の科学への信奉だ。確かに、科学は人類共通の言葉のひとつと言える。また、万人に平等に開かれた存在でもある。人間関係に拘泥せず、研究こそが全てであるという『喜嶋先生の静かな世界』のような象牙の塔の様子は科学の一面を示しているのは確かだ。
だが、現実には科学者もまた人間であり、政治性が必要とされたり、研究予算獲得のために奔走したり、欲やメンツのために合理的とは言えない様々な行為がなされている。また、理系の人間といえども専門分野の研究以外の領域、特に生活の中にまで科学的思考を発揮しているとは言い切れない。

また、子供に対して「お墓参りをするとき、『ここに死んだ人がいるわけではない。死んだ人は生きている人が思い出すだけのもので、このお墓は、それを思い出すためにあるのだよ」と説明すれば良い」と述べているが、非科学の代表とも言える宗教への観点が受け入れられないもう一つの要因となるだろう。
森は現代社会を科学を基盤とした社会と認識している。確かにそれは一面では間違いではない。だが、世界的に見てほとんど全ての人間が宗教を信仰している。日本では無宗教が多いが、それは完全な無神論ではなく、日本古来から続く風習は継続している。

本書を読んでいると、森博嗣が科学教を信仰し、その普及をしているように感じてしまう。私自身昔は、宗教の非科学性や争いの原因になっている点から宗教に対して批判的な見方をしていた。

森の指摘は概ね正しい。
では、なぜ宗教が存在するのか。

当たり前だが自分の力でコントロールできないことは世の中に多数ある。むしろコントロールできることの方が非常に少ないと言えるだろう。コントロール可能なものでも、コストが掛かるものもある。
コントロールできないもの、しなかったものを仕方ないと常に納得できるだろうか。東日本大震災はコントロールできないものの代表ではあるが、被害を受けた人が天災だから仕方ないと全てを受けいるのことは難しい。また、こうしていればという思いを残す人も少なくないだろう。科学的思考で言えば、それは将来に繋げれば良いということになるが、そんな言葉だけで後悔を解消することはできないだろう。

人にとってコントロールの難しい最大の問題が、「死」だ。身近な人の死も重いが、自分がいつか必ず死ぬという認識もまた重いものだ。死は不可逆的なものであり、科学的に考えても答えようがない。こうした重さを軽減するシステムとして宗教が存在している。
多くの人にとって、社会で生きていくためにこうしたシステムは必須のものだ。非科学だからといって無くすことは現状では不可能であるし意味がない。

現代社会、特に先進国ではほとんど全ての人が合理的な思考を身に付けている。ただし、常に合理的に思考しているわけではなく、状況状況で切り替えている。この切り替えを意識的に行うかどうかが、「科学的に考える」うえで重要になる。
本書では、科学的に考えないことを「割り切り」と呼んでいるが、これは森が科学的に考えることが常態だからだろう。
ムード社会は思考停止社会である。森の言う通り思考停止が続くリスクは高い。

森は本書で、科学的でないと損をすると言う。なかなか実感できないが長い目で見ればその指摘は確かだろう。ただ、人は「損」「得」ではなかなか動かないように私は思っている。もちろん誰でも「得」をしたいと願ってはいる。だが、そのための努力をどれだけの人がしているだろう。
森自身が科学を好きであることが伝わってくる。結局、人が動くのは「快」「不快」ではないか。その意味で、人に科学を広めようとするならば、損得を説くよりもいかに面白いかを語る方が長い目で見れば近道なのかもしれない。森の認識ではコミュニケーションが成り立つとは思わないけれど。

同じ理系作家、海堂尊は医学という人の生死にまつわる分野だけに、森よりも遥かに「文系」へのメッセージ性が高い。
『ナニワ・モンスター』は、実際に起きた新型インフルエンザのパンデミックを「科学的」な視点を盛り込んで描いている。行政や報道への批判は相変わらず強烈だ。
森が危惧していた報道のあり方をフィクションを通すことでより具体的に認識させている。

海堂は作家、医者である一方で、「Ai」の重要性を社会に説く活動家でもある。最近の作家活動はそのスタンスが強くなっている。本書でもその色は濃い。だが、物語に絡ませてなんとか描き切った。
後半は政治性の強い内容で物語性が減退している。それは批判されても仕方ないことだが、著者の伝えたいものでもある。エンタテイメントとしては決して評価されないだろうが、それでもあえて描くのが海堂尊と言えるだろう。
道州制など私自身必要性を高く感じている政策が語られていた点もあって興味深く読めた。風呂敷はどんどん広がっている。この先どんな日本を描くのかとても楽しみだ。


『数学ガール』になぜ惹きつけられるのか

2011年05月20日 23時23分29秒 | 学問
主人公は、放課後の図書室や自宅でコツコツ数学を解くのが好きな男子高校生。同級生ながら彼よりも数学の高みを知るミルカさんや、数学を教えることとなった後輩のテトラちゃん。彼女たちとのやり取りを通して数学の問題に迫っていく。

第1作はオイラーを主体に母関数など、2作目はフェルマーの最終定理、3作目はゲーデルの不完全性定理、4作目は乱択アルゴリズムをメインに扱っている。
かなり易しい問題から徐々に核心へと導く展開は、本格推理小説のようでもある。テーマと関係のないような数学的エピソードがちゃんと本題へと繋がっていったりするあたりはまさにそんな感じだ。ただ、名探偵の謎解きのシーンに当たる部分は数学的にかなりの難易度になっている。

一般向けの新書などでは数式を一つ載せるたびに手に取る人が大きく減ると言われるとも聞くが、このシリーズは数式のオンパレードである。扱っている数学のテーマも決して易しいものではない。中盤くらいまでならば高校レベルの数学的知識でついていけるが、終盤は相当の専門的知識が必要である。

数学が分からないなりに楽しめるのは、小説部分があるお陰だろう。男性主人公の周りに美少女というハーレム構造でありモテすぎな感はあるが、将来への不安など地に足のついた悩みを抱えていたりで受け入れやすくなっている。

何よりもこのシリーズに惹きつけられるのは、主人公たちと一緒に問題を解いていく感覚を味わえるからだろう。終盤は難しくてついていけなくとも、それまでは頑張れば一緒に考えることが出来る。
例えばサイモン・シンの『フェルマーの最終定理 ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』も非常に面白い作品だったが、あくまでも読み物として過去の出来事をなぞっていくだけだった。内井惣七の『うそとパラドックス――ゲーデル論理学への道』なども上手く書かれてはいたが、『数学ガール』の魅力には及ばないだろう。

数学に限ったことではないが、論理的に考えることは快感をもたらしてくれる。ついついロジックパズルを解くことに夢中になって時間の経つのを忘れることもよくある。数学は論理的厳密性において他の学問の追随を許さない。『数学ガール』を読むたびに数学の勉強をもっとしておけばと思う。そして、今からでも少しくらいは勉強できるだろうかと思ってしまう。

数学がもっと理解できれば、『数学ガール』をもっと楽しめるのに。

数学ガール数学ガール
価格:¥ 1,890(税込)
発売日:2007-06-27
数学ガール/フェルマーの最終定理数学ガール/フェルマーの最終定理
価格:¥ 1,890(税込)
発売日:2008-07-30
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価格:¥ 1,890(税込)
発売日:2009-10-27
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発売日:2011-03-02



『裸はいつから恥ずかしくなったか―日本人の羞恥心』

2011年05月05日 17時58分21秒 | 学問
裸はいつから恥ずかしくなったか―日本人の羞恥心 (新潮選書)裸はいつから恥ずかしくなったか―日本人の羞恥心 (新潮選書)
価格:¥ 1,260(税込)
発売日:2010-05


日本人の羞恥心の変化を江戸末期から明治初期にかけて描いている。理由付けはともかく、資料の豊かさは注目に値する作品だ。

黒船来航以降多くの外国人が日本を訪れ様々な記述を残した。文章だけでなくイラストとしても。ヴィルヘルム・ハイネの描いた銭湯の様子を切り口に当時の日本人の羞恥心のあり方を探っている。
当時の日本では、一部の上層階級を除くと「裸」に対する羞恥心を持っていなかった。江戸期の銭湯が混浴だったことは有名だが、幕府からは何度か禁令が出されている。それによって、全ての銭湯が混浴だったわけではないが、洗い場が男女共同だったりと今から見ればほとんど混浴といった銭湯も少なくなかった。また、地方までそうした禁令が行き渡っていたわけではない。

開国当初多くの外国人(欧米人)が銭湯に見物に行った。それほどその事実は驚きをもって知れ渡っていた。単に混浴だっただけではなく、裸に対する羞恥心の無さが特徴と言えた。
銭湯から裸のまま家まで帰ったり、往来から見えるところで行水することが当たり前に行われていた。

こうした日本人の態度に外国人たちは興味を持って覗きに行く一方で、不道徳として糾弾も行った。間もなく、性的な関心をもって覗かれることに羞恥心を持つ女性たちが現れてくる。(もちろん、そうした羞恥心を持った女性はそれ以前からいたし、羞恥心の広がりも地域差などが大きかった)
更に明治政府が樹立すると、「裸」は文明的でない、遅れている証として取り締まられることになる。

新聞も当初はそんな取り締まりを揶揄する記事を書いたりしていたが、やがて積極的に「裸」への批判を繰り広げるようになる。芸術的な裸婦像に対して公開に批判的な立場を取ったりした。

性的に見られることで隠すようになり、隠すことで羞恥心が芽生える。庶民レベルでは浸透に時間が掛かったが、ある程度以上の階層ではエスカレートしていき水着姿まで人目にさらすことを恥ずかしく感じるようになる。




日本人の羞恥心のなさは戦国期のルイス・フロイスなどの宣教師の残したものからも知られている。布教に際して彼らは日本人の羞恥心のなさを改めようと努力したが十分な効果を上げられなかった。
また、江戸期に来日した朝鮮通信使たちも指摘している。

この「常識」を変革させたのは、明治政府の強権とメディアによる新たな「常識」の構築による。欧米的価値観を是とし、それに近付くことが目的とされた時代だった。それでも温泉地での混浴などはかなり後まで残った。

「常識」の変化は常に起きている。現代では国家権力がそれと分かる形で関与するケースは少ないが、権力やメディアによる変革は今も変わらず存在する。また、科学技術の変革が「常識」の変革に結び付くケースも多い。携帯電話の普及による「常識」の変化の大きさは相当なものだろう。

明治後期に「良妻賢母」という新たな概念が提唱され「常識」化されたが、それが「一家心中」を生み出したという指摘もある。羞恥心の獲得によって性犯罪に影響を与えただろうという指摘が本書でもなされている。

明治維新によって「裸」や「性」に対してオープンだった日本の伝統文化に大きな変革が加えられた。羞恥心に関しては急に昔のようになることはないだろう。一方、風俗関連産業の規模が世界でもトップクラスと言える状況など性のあり方については明確な規範のなさが一因なのかもしれない。


『浮世女房洒落日記』と近世女性日記

2011年03月09日 20時21分29秒 | 学問
木内昇『浮世女房洒落日記』は近世後期の江戸を舞台に、小商いの雑貨屋の女房の日記の体裁を取った物語である。
近世江戸の風俗・慣習を織り交ぜながら、いくつかのエピソードの進展を含みつつ日常を描いている。日々の瑣末な出来事の積み重ねを切り取ることでエンターテイメントが成立する典型ともいえる作品である。

シリーズ「〈江戸〉の人と身分」は昨年刊行された全6巻の歴史研究書である。現在、4巻の『身分のなかの女性』を読んでいるところである。
その中に、藪田貫「商家と女性―河内在方商家西谷家を例に―」という論考が掲載されている。

幕末、大坂近郊の古市の在郷商家の西谷家で、さくという人物の日記が残されている。わずか170日ほどの日記であるが、その内容は興味深い。
さくは当時19歳。父が病に倒れ、婿養子である夫は使い込みや借金が発覚し離縁へ向けた協議が行われている最中である。家を母とさく当人と妹のたづという女三人で守らねばならない状況に置かれていた。

日記といっても本人の心情を述べるものではない。あくまでも家政を綴ったものであり、家長によって書かれた体裁を取っていた。
商いだけでなく、村での農作業や近隣との交流、そして離縁に関する処理と忙しい日々を送っている。こうした家政の中心が手紙のやり取りである。この期間、彼女が多くの手紙を読み、多くの手紙を書いていることが日記に記録されている。

文章による記録の重要性は古くから見られるが、近世後期には庶民レベルにも及んでいる。手紙を通して様々なやり取りを行う点はこのシリーズの他の論考でも見られた。
特に商家では女性でもそれを読み書きするリテラシーがあったことが彼女の例からもよく分かる。さくは12歳のときに四ヶ月堺で学んでいる。妹のたづは17歳のときに大坂で1年弱学んでいる。
こうした教育が家の危機を助けたことが見て取れる。

離縁が成立した直後、父が死去。新たな婿養子探しが行われ、2年後ようやく再婚する。しかし、再婚の3ヵ月後にさくは急逝する。麻疹だった。

『浮世女房洒落日記』でも語られているが、医者は免許制ではなく名乗れば誰でも就ける職であった。もちろん、腕の良し悪しは評判として表れ、そうした情報はかなり流布していたと考えられる。
『浮世女房洒落日記』では描かれなかったが、人の死に易さ、特に子供や老人などの弱者が死に易いこと、そしてそれが当たり前であるという感覚は現代日本では忘れ去られているものだろう。

再婚相手は妹のたづと結婚した。このような逆縁婚は当時は珍しくはなかったらしい。たづは二人の子を産み、一人は男の子だった。家の後継者が誕生したことで、姉妹の母と再婚相手との関係が悪化し、明治に入って離婚訴訟を起こすまでになる。
結局、たづの長男が家督を継ぎ、西谷家はようやく平穏を取り戻した。その間、家を守ったのは女たちだった。

姉妹の母あいは79歳まで生き、西谷家の苦難を支え続けた。彼女の肖像画は、たづ、その長男篤三郎、たづの夫平右衛門の肖像と共に正月に飾られ、西谷家にとっての報恩の念を新たにするという。
そこから零れ落ちたさくの存在は、しかし、大量に残された史料によってこうして伝えられた。藪田はそれをあいの仕業と見る。西谷家の存続と共に、そこに生きた者たちの証を残すことが彼女の想いだったのだろう。


感想:『虚数の情緒―中学生からの全方位独学法』第I部

2009年11月12日 23時24分06秒 | 学問
虚数の情緒―中学生からの全方位独学法虚数の情緒―中学生からの全方位独学法
価格:¥ 4,515(税込)
発売日:2000-03


1000ページを越える大著。3部構成より成り、2部で数学、3部で物理学を扱う。中学生向けではあるが、そこから現代科学の最先端までの道筋を示す。また、数学や物理学のみならず文学や歴史学などの知識にまで及ぶ教養書的側面も持つ。
まだ全体の1/4しか読み進めていないが、各部ごとに感想を記すことにする。

第1部は「独りで考える為に」と名付けられている。中学生向けに、なぜ勉強するのかといったことが書かれている。
数学や物理学については論理的に書かれている本書であるが、事がそれ以外の分野に及んだとき、いきなり論理性を著しく欠いてしまう。これを読んで反面教師にするとか、ツッコミの勉強にするとかの目的で書かれていないとすると、中学生や高校生がこの第1部を読むのは百害あって一利なしと思えてしまう内容だ。
なぜなら、数学や物理学に精通すれば、論理的な思考が出来るようになると思っていたら実際はこの有様なのだから。数学や物理学を論理的に捉えられるのに、一端その分野から離れれば全く論理性に欠いてしまうとはどうしたことか。

西洋かぶれに対する非難があちこちで見られる。お歳を召した方ならまだしも、ネットで調べたところ1956年生まれだという。
「人類史上初の活版印刷の開発者グーテンベルグ」という記述を見たときから、どうしたものだろうと思ってしまったが、専門分野を除けば博学という印象は受けない。
例えば、「マスコミ」に対する批判。これは世間一般でなされる「マスコミ」批判と変わらない。だが、論理性があるのなら、十把一絡げに「マスコミ」と括って批判するのが愚かなことだと気付きそうなものだ。
もちろん、卓見に富む指摘もある。それでも全体として評価が一面的過ぎることが非常に気になった。いろんな考え方があって、それぞれにどんな背景でそうした考え方が引き継がれてきたのかについての考察がなく、闇雲に日本的な或いは東洋的な文化を褒めちぎったりするきらいがある。

偏狭的なものの見方が多い。その背景にはコミュニケーション能力の欠如があるのではないか。
「個性なるものは、容姿や衣服などの外見的なものにはない、寧ろそうした外見的なものこそ個性に相反するものである事を知らねばならない」と語っているが、個性の本質はむしろ外見にこそ表れる。顔の美醜はともかく、その人がどう生きてきたか、何を思って生きてきたか、そうしたものはちゃんと外見に表れる。むしろ本人の意識しない部分まではっきりと。身体のケアから筋肉の付き方まで生き様を表している。服装や身だしなみ、装飾品なども同様だ。
人の個性とは、その人だけで成り立つものではない。人との関わりの中でこそ現れるものだ。そして、人との関わりとは自分をどう見せるかであり、どう見られるのかを考えなければ成立しない。外見を見ただけでその人となりは伝わる。それを見抜く力もまたコミュニケーションである。
2部に書かれていることだが、「『読み書き話す』という言語を操る能力の中で、最も程度の低いものが、会話能力である」と述べている。確かに、読み書きできなくとも話せる人はいる。だが、最も能力が必要なのも会話能力だろう。読みや書きは時間を掛けて行う場合が多いのに対して、話すのは瞬時の対応を迫られる。状況判断やタイミングなど適切に話すことは非常に多くの要因を考えて行う必要がある。
こうしたコミュニケーション能力軽視は、専門分野以外での偏狭的な発想に繋がっていると考えられる。これは著者に限らない。日本人の知識人の多くに顕著に見られる悪癖だろう。


感想:『数学ガール』

2009年10月28日 18時36分00秒 | 学問
数学ガール数学ガール
価格:¥ 1,890(税込)
発売日:2007-06-27


小説、というよりも、数学の教科書に限りなく近い。「僕」と二人の少女、ミルカさんとテトラちゃんが出てくるが、物語は展開しない。展開するのは数学である。

三人は高校生。扱われる数学は、高校レベル、ではなく更に進んだものとなる。数学好きの「僕」、「僕」よりも高度な数学を示してくれるミルカさん、「僕」に数学を教えてもらうテトラちゃん。テトラちゃんとのやり取りは高校レベルだが、ミルカさんとのやり取りは大学レベルだろう。

物語に数学がエピソードとして使われるのではない。数学のエピソードのために物語が進行する。分かりやすく解説してはいるが、易しくはない。無限級数や母関数などになると付いていくのは難しい。それでも、理解は十分にできなくとも、問題を解く楽しみは共有される。ひとつひとつ上質のミステリを解き明かすように問題は解かれる。

私自身は文系を選択したので高校数学は途中までしか学んでいない。本書に、「僕たちは好きで学んでいる。先生を待つ必要はない。授業を待つ必要はない。本を探せばいい。本を読めばいい。広く、深く、ずっと先まで勉強すればいい」という言葉が出てくる。数学は嫌いじゃなかったので、いくつか本を探して読んだ。しかし、それ以上前に進むことは出来なかった。本だけでは限界があると思っていたが、単に見つけるまで探さなかった怠慢のせいだったのだろう。フェルマーの最終定理に関する本や、本書の参考文献にも出てくる『素数の音楽』といった本を読むと、数学の楽しさを再発見する気分となる。そして、本書も。

記憶力の悪い私は、学生時代、公式を覚えるのではなくその導き方を覚えた。二次方程式の解の公式は、後に楽しみとしてセンター試験の問題を解くときには、毎回公式を求めるところから計算した。その後は数学的な面白さを論理パズルを解くことで代用している。でも、時に数学の面白さを再び味わってみたいと思うこともある。私にとって本書はとても切ない本だ。


感想:『ニッポンの思想』

2009年10月01日 20時49分50秒 | 学問
ニッポンの思想 (講談社現代新書)ニッポンの思想 (講談社現代新書)
価格:¥ 840(税込)
発売日:2009-07-17


80年代「ニューアカ」登場以後の「ニッポン」の思想を、80年代、90年代、ゼロ年代に区分し、浅田彰、中沢新一、蓮實重彦、柄谷行人、福田和也、大塚英志、宮台真司、東浩紀をそのプレイヤーとして描いてみせた新書。時代背景やある程度の予備知識があれば、この時代の日本の思想の概略を掴むには適した本だと言えるだろう。

『構造と力』から端を発した思想ブームはまさに時代の要請だった。高度経済成長が終わり、オイル・ショックを乗り越えたその時、思想的には左翼運動が完全に挫折し、ぽっかりと空洞が現れていたそこを埋めるようにポストモダンの風が吹き込んだ。
浅田彰、中沢新一、蓮實重彦、柄谷行人によって代表させた80年代は、「大きな物語」の終わりを提示したが、彼らの意思に拘らずその思想はファッションとして消費された感が強い。先進国となり、他国の背中を追う立場ではなくなったことで、それまでの「追い付け・追い越せ」型の発想は機能しなくなり、過去の法則は価値を失っていった。
新しい価値の創出や新たな時代に相応しい生き方のマニュアル化が表出し、普通の子が一夜にして「アイドル」として光り輝くような空気が誕生した。

80年代批判から福田和也、大塚英志、宮台真司が台頭したと語る90年代。本書においても「オウム」にほぼ一章割かれているが、現在の視点から顧みて90年代の思想に影響を与えたことは認めるにしてもそれがそれほど大きかったかは非常に疑問を持つようになった。バブル崩壊に伴う不況下での閉塞感や、ハルマゲドンに見られる一発逆転の発想は確かに時代の空気に含まれてはいたが、時代の主流はもっと諦観めいたものだったように思う。
1999年のノストラダムスの預言は、思考の根底に漂い、ある種の願望としてありながら、それが在り得ないことも識っている、むしろ非オウム的な心理こそが強かった。オウムに対してはメディアによる輻輳があったのではないか。
時代の空気を描き、「大きな物語」を破壊し尽くしたものが『新世紀エヴァンゲリオン』であり、アニメ史としてはヤマトやガンダムに及ばないが、サブカルチャーとしての影響力は他を圧した。

一つの閉塞感を抜けた先に新たな閉塞感が生み出されたゼロ年代。本書では東浩紀一人勝ちと定義している。徹底した相対主義の先に、《いま・ここ》をただひたすらに生きる社会が構築された。緩やかだが逸脱を許さないコミュニケーションが真綿のように締め付けていく。それは新たなアーキテクチャである、インターネット、コンビニエンスストア、携帯電話、監視カメラによって良くも悪くも支配される。
特に時代のタームとして挙げるならば「ケータイ」依存となろう。ゼロ年代がコミュニケーションの時代となることは、「エヴァ」への返答としての『高機動幻想ガンパレード・マーチ』でも明らかだったが、コミュニケーションの中身ではなくコミュニケーションそれ自体が目的化し、コミュニケーションの場が重視されてしまった。
政治はもとより、戦略的な視点さえ消失し、場の中での振舞いという戦術のみが必要となり、空気を読むことが共通認識となった。

80年代以降の私自身のタームによる認識と本書をそれにすり合わせて読んだ結果は以上の通りだ。思考の補強としては読む価値があったと思うが、それと同時に強く感じたこともある。
それは思想の世界、論壇や一部ジャーナリズムの世界での椅子の取り合いであって、それ以上の意味がないということだ。それが悪いとは言わない。それを求める人々がいて、そんな狭い世界で成り立っていても問題がないからだ。私自身もそこに完全に重なるわけではないが、狭い世界のみを相手にしていることに変わりはない。
80年代は時代の要請があった。だが、思想と時代は乖離し、今の日本の思想が時代に応えたものとは思えない。日本社会が思想を必要としていないと言えるかもしれないが。
本書で思想の目的を、社会の変革と社会の記述の2点だと指摘している。現在の思想が前者を行う力を持ち得ないと思うが、私が重要視しているのは後者である。だが、それは単なる歴史的な見方、過去の記述で終わるものではない。やはりそこには未来に対する視座がなければならない。残念ながら本書はその期待に応えるものではない。それが物足りないのも事実だ。だがそれを自らの手で明らかにしようとするならば、その手助けには成り得るだろう。一読の価値のある書だと評価する。


感想:『全集 日本の歴史 別巻 日本文化の原型』

2009年09月16日 22時24分30秒 | 学問
全集 日本の歴史 別巻 日本文化の原型全集 日本の歴史 別巻 日本文化の原型
価格:¥ 2,730(税込)
発売日:2009-05-29


近世庶民文化史の副題通り、江戸期における庶民文化を取り上げている。

プロローグ「無事と士農工商の世界」

戦乱に明け暮れた時代から戦乱のない平和な時代へと移り変わり、だからこそ生み出された文化という側面を示している。特に、定住化、巨大消費都市の誕生、職分制国家というシステムの変化による近世の誕生とその特徴を記している。

第1章「ねぐらから住まいへ」

戦乱がなくなり、定住することが可能となった時代、村落において家は掘立式から礎石式へと徐々に変わっていく。とはいえ、その変化は決して早くはない。江戸後期になってようやく庶民レベルまで浸透し、その結果自分の家に対してより住みやすい環境作りに気を回すようになる。

第2章「暮らしを潤す」

絵画が庶民の暮らしにどう関わって来たかを描く。絵画の画題として庶民の暮らしが描かれる一方、それを鑑賞するのは武士層、都市部上層民、村落の有徳人といった階層であり、木版印刷によって浮世絵などが庶民の暮らしに溶け込まれていくのは江戸後期の話となる。

第3章「学ぶ、知る」

参考文献として先日読んだリチャード・ルビンジャー『日本人のリテラシー1600-1900年』も挙げられている(その本の中でも本書の著者青木美智男氏の研究に触れられている)。専門書ではないので概略的な説明だが、外国人の観察による日本人の識字率の高さを示し、一方で教育を受けたとはいえそれは非常に浅いレベルのものに過ぎないことも指摘している。

第4章「文具をつくる、文を書く」

これまで史学においてあまり研究されていない、紙、筆、墨、硯、そろばんなどの文具について書かれている。兵農分離により、文書による社会システムが構築され、その結果識字率の高まりと大量の紙の消費が起こるようになった。文具はやがて庶民でも必需品となり、その生産も多様化し、様々なレベルの文具が生み出されることとなる。

第5章「知と美を広める」

主に出版産業について語られている。日本では木活字は定着せず、木板印刷が普及する。これによりり絵と文章を組み合わせたり、振仮名を多彩に振ったりすることができるようになった。出版は京都、大坂、江戸の三都がその資本力もあって占有し、本屋や貸本屋を通して読者の手に渡った。貸本屋のマーケティングから本が出版されたりもした。地方では村の有徳層が貸本に関わるケースも目立った。

第6章「食べる、着る」

大量消費都市の誕生によって外食文化が定着し、また野菜や魚介類の流通や市場が本格的に生み出されることとなった。塩・酢・味噌しかなかった調味料に、醤油や清酒が加わり、料理屋による専門の料理人の手によって「和食」が形成される。清酒の上方による江戸市場独占や、木綿の普及による庶民の着衣の変革についても述べられている。

第7章「浮世の楽しみ」

三都で圧倒的人気を誇った芝居の隆盛と、それに影響を受けた村芝居への庶民の傾倒が記されている。

第8章「旅への誘い」

街道が整備され、江戸期は旅の時代でもあった。旅への思い入れと、それに対する観光ガイドブックの時代別の切り口の変化を示している。初期は参詣目的主体だったものが、『都名所図会』のようにはっきりと物見遊山目的へと変わり、『東海道中膝栗毛』に至って食い気や色気が目立つようになる。

エピローグ「『ごんぎつね』と環境歴史学」

童話『ごんぎつね』とその話の故郷知多半島を元に、江戸期における環境問題へのアプローチを見る。経済が発展し、産業が確立する中で環境問題は避けて通れないものとなった。その際の尾張藩による一つの取り組みが書かれている。




庶民文化史ではあるが、江戸期の庶民はそれまでの自給自足的な生活環境から大きく様変わりし、産業化し、経済システムが確立する中で消費者としての立場も担うようになる。生産者や流通の立場としても、単に指示されたものを作ったりすればいい時代ではなくなった。江戸後期になると多くの庶民は市場とは無関係に生きていけなくなっていた。そうした日本の経済化の姿が見て取れる本となっている。

江戸が当時世界でも最大級の消費都市であり、大坂堂島では世界最初の先物取引市場も生み出された。アジアの市場にヨーロッパ勢が加わった16世紀、日本は資源大国として金・銀の輸出で中国から絹などを輸入していた。金銀の生産が衰退した時、生糸の自国内での生産などによってその危機を脱しようとした。江戸期において日本は非常に経済化し、近代化の一歩手前まで自力でたどり着いていた。
江戸末期は江戸期の社会システムが最早破綻寸前になっていたのは間違いない。そこに開国による経済危機が拍車を掛け、幕府を転覆へと導いた。だが、崩壊寸前だったとはいえその社会システムは閉じた範囲で言えばかなり豊かな社会状況を生み出していたとも思われる。
19世紀の江戸時代は庶民レベルまで高い文化を享受する環境にあった。庶民の多くは文化の受け手というだけでなく時に生み出す側にさえ回った。大衆文化が成熟し、豊かな国と今の基準から見れば言えただろう。だが、明治維新により海外を相手にするには相当の意識改革が必要だった。ほどほど働き余暇に文化を享受する社会は悪と見なされ、富国強兵・殖産興業の名の下、「頑張る」ことが美徳とされる社会が築き上げられていった。

それでも明治維新による変化は、江戸期開始時の変化に比べると小さいようにも思われる。織田・豊臣・徳川による戦国期からの変革は、兵農分離という強大なものだった。武士を城下町に集め、村落には百姓しか残さない。村は郡代や代官の下に置かれるが村内部は村方三役と呼ばれる村役人によって管理される。武士層と村役人との間では文書によるやり取りがなされる。町や商業に関しても、町役や株仲間などを通した間接支配が基本だ。
幕府は貿易を管理し、大名や朝廷を束ねる。幕藩体制下では、藩内は藩の自治ではあるが、幕府の目も光っており無茶はできない。経済化していく社会によって幕府も藩も財政が最大の課題となっていく。庶民生活への干渉は各種禁令によって行うが、直接の取り締まりは容易ではなく、常に実効性の問題が付きまとった。




横道ばかりとなってしまった。
本書への感想としては、個々の興味深い事例が多かったことだろう。だが、時期、階層、地域の差をもっと明確にしてそれぞれの話題に対して記して欲しかった。『日本人のリテラシー1600-1900年』で明治期の識字率の調査を見ると、鹿児島や愛媛、青森などの識字率は低く、産業化した江戸期日本の辺境に位置していたように思える。江戸期も前期と後期で大きな違いがあり、武士層を除いても庶民とひとくくりにするのが躊躇われるほど身分階層は広い。庶民にさえ含まれなかった人々の暮らしまで目を向けて欲しかった。
私自身の最大の興味は心性にある。何を考え、どんな常識に従い、善悪の基準を何において生きていたのか。何を求め、何を恋し、何を恐れて暮らしていたのか。それは現代とどう同じでどう違い、その違いはいつ生まれたのか。欲について、食欲に関しては1章を割いているけれど、色欲に関しては触れられてはいるものの記述はほとんどない。それらの研究は多いが、庶民文化の本でそれらに触れないのは片手落ちの感がある。
文献からだけでなく、「もの」を通して社会を描いたという意味では画期的な内容だったが、もう少し庶民に関わらずその時代に生きる人々の心に迫って欲しかった。そこまで求めるのが酷だとは思うが。


感想:『日本人のリテラシー―1600‐1900年』――前近代以降の日本人の識字率とその本質

2009年09月04日 17時36分23秒 | 学問
日本人のリテラシー―1600‐1900年日本人のリテラシー―1600‐1900年
価格:¥ 5,040(税込)
発売日:2008-06


インディアナ大学教授リチャード・ルビンジャーによる、江戸時代~明治時代までの日本人の読み書き能力に関する研究書。江戸時代の日本人の識字率が高いという幻想に対して、非常に興味深い検証を行っている。特に、手習所の就学率が単純に識字率を表すものではないという指摘は頷けるものだ。
本書は江戸初期(17世紀)、18世紀、19世紀、明治期と時代を区分し、また都市と農村の差や地域性といった観点から当時の庶民の内実に迫ろうとしている。

江戸時代の史料は大量に残っており、未だ手が付けられていないものも少なくない。しかし、その大部分は読み書き能力に長けた者によって書かれており、読み書き能力のない者たちの実相は掴みにくい。江戸初期では、符牒に使われ方よってその能力を類推しているが、印鑑の普及によって以後は調べられなくなっている。
江戸初期では、大都市、都市、農村に分けて、その状況が述べられている。大都市では高い識字率を誇り、それは女性や下層に位置する者にまで及んでいる。しかし、地方都市や農村では上層の男性に限られている。

江戸中期になり経済の発達によって、地方都市及び郊外の農村部では識字率の向上が見られる。一方で、農村では量的な広がりではなく質的な向上が図られた。農村エリート層はその教養の高さによって農村運営の主導権を得ていると言える。この時代には都市、都市近郊、農村といった各地域に高い教養を備えた層が誕生し、文化を育んでいた。
この当時、農村には大きな文化的格差が存在し、読み書き能力の有無という観点以上にその質においてそれは顕著だった。

18世紀中ごろから徐々に手習所の創設などにより読み書き能力の普及が行われた。19世紀になると社会的な不安定な状況が読み書き能力の価値を上昇させた。道徳的教化としての側面があった当初の目的よりも、必要に迫られて多数の手習所が誕生していく。だが、多数の手習所とはいえ実際にどれだけの効果があったかは不透明だ。農村では農閑期は出席率が高かったが農繁期になるとほとんど閉鎖状態となった。長続きしない手習所も少なくなかっただろうし、教える側の質も多岐に渡っていただろう。エリート層であれば家内や親戚などから初期の教育を受け、その後は都市へ行って学ぶことが行われていた。
そして、読み書き能力の大きな差を生み出したものは地理的条件だった。都市近郊、街道の近く、商業の盛んなところでは下層の人々にまで読み書き能力は広まったが、そうした条件に合わない地域では多くの非識字層を残すことになった。

明治期の文部省及び陸軍省による調査が検証されている。1899年の調査では、全く読み書きできない者とされている率は、仙台、津、長野、福島などでは10%強だったのに対して、沖縄の76.3%はともかく、高知、鹿児島、大村、松山などで40~60%近くと非常に高い数字が残されている。これは陸軍の壮丁教育調査であり、徴兵に際して行われたものなので女性は含まれない。江戸期の調査などから、性差はどの地域でも見られ、もちろん女性の方が非識字率は高い(ただし、地域差に比べると性差は小さい)。
北海道、東北、四国、九州といったところは非識字率が極めて高く、それが改善されるのは1909年頃のことである(あくまでも20歳男性を基準にしたものだが)。

明治期に入っても商業の盛んな地域では識字率は高いが、工業の盛んな地域では就学よりも労働に時間を割かれて識字率は低いままという分析がされている。富国強兵殖産興業という近代化の必要性に迫られ国民の教育の向上が図られ、結果として識字率は上昇する。江戸期は都市部及びその近郊では、確かに高い識字率を誇り、例えば開国期前後にこの国を訪れた海外の知識人を驚かすこともあった。ただそれはあくまでも全国に敷衍できるものではなく、識字率の非常に低い地域も少なくはなかった。
明治期における日本の近代化の成功を単純に江戸期の識字率の高さに求めることは恐らく間違いなのだろう。もちろん、江戸期の文化的蓄積が大きな役割を果たしたことはあっただろうが。

私が関心を抱いている、儒教的思想の浸透は読み書き能力の普及なしには遂げられなかっただろうという予測からすれば、やはり明治期以降にこそ根付いたと考えられる。高い教養を持っていた層による教導はあっただろうが、むしろ明治期の国家的イデオロギーと結び付いてこそ大きな意味合いを持ったのかもしれない。例えば、「武士道」は職分が固定された社会においては、あくまでも武士身分にのみ通用する価値観だった。だが、四民平等となり国民全体に国家への忠誠が要求されるようになると、国民一人一人に身分に関わらず「武士道」のような概念を担うことが求められた。儒教的価値観は江戸期においても庶民を対象にした読み物などにも浸透していたので、明治期に急に広まったとは言えないが、その深度は国家イデオロギーと結び付くことで強まったのだろう。


感想:『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』

2009年08月07日 20時09分28秒 | 学問
フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまでフェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで
価格:¥ 2,415(税込)
発売日:2000-01


フェルマーの最終定理については、アミール・D. アクゼルが書いた『天才数学者たちが挑んだ最大の難問―フェルマーの最終定理が解けるまで』を読んだことがあった。科学解説書は歴史書と共に好きでたまに読んだりする。
今回は著者であるサイモン・シンに関心を持ち、本書を手に取った。読みやすく、息詰まるような描き方に一気に最後まで読み終わった。数学や物理学による謎の解明や探求は優秀なサイエンスジャーナリストの手によって本当に興味深い読み物となる。最良のミステリーに負けない面白さがそこにある。

残念ながら国内ではこうしたノンフィクションが物足りない印象がある。技術系は「プロジェクトX」で取り上げられたりしているが、もっと純粋な学問の分野でのこうした作品、特に日本人研究者を取り扱ったものは少ないのではないか。

サイモン・シンは他に『暗号解読』『ビッグバン宇宙論(宇宙創成)』を著している。これらも是非読んでみたい。

天才数学者たちが挑んだ最大の難問―フェルマーの最終定理が解けるまで (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)天才数学者たちが挑んだ最大の難問―フェルマーの最終定理が解けるまで (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)
価格:¥ 609(税込)
発売日:2003-09