奇想庵@goo

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感想:『夜のピクニック』

2009年11月06日 18時15分33秒 | 本と雑誌
夜のピクニック夜のピクニック
価格:¥ 1,680(税込)
発売日:2004-07-31


初、恩田陸。高校生活最後の学校行事、2日掛かりの歩行祭を少年と少女の視点から描く。

融と貴子は異母兄弟であり、父親の葬式で初めて出会って以来避けるように暮らしてきた。高校三年生になって初めて同じクラスとなったが、二人の関係は変わらなかった。
歩行祭を通して、その関係が変化していく様を鮮やかに描いている。
二人の友人たちの個性を引き出した描写も巧みで、狭い空間を高い密度で描いているにも関わらず、澄んだ空気を感じる素晴らしい作品に仕上がっている。

ただ、融の造型に関しては不満も感じた。融と貴子の視点が切り替わって進行していくが、実際には2/3は貴子の視点だ。その理由はいくつか考えられるが、一つには融というキャラクターに問題があったのではないだろうか。精神面では確かにキチンと形作られた内面を持っているが、高校生男子らしさが感じられない。忍の言う「ぐちゃぐちゃ」に含まれるかどうかは分からないが、こんなに綺麗に割り切れるのかという感じがどうしてもしてしまう。ちらりと名前が出てくる程度だが、達観した雰囲気のある芳岡でさえも、違和感を覚えるほどだ。芳岡の場合はそんなキャラクターという感じで済ませてもいいが、主人公の一方である融に対してはそれでは済まない。

そんな不満はあっても、読むうちに自分の高校時代を振り返ったり、他の作品の高校生活を思い描いたりと、真に迫るものがあった。
歩行祭ほど大規模ではないが、1日かけて近くの山に登るような行事があった。冬場で、1、2年生だけの参加だったと思う。おしゃべりしながらというような感じでもなかった気がする。もう漠然としか覚えていないが。
そんな忘れていたような記憶までも手繰り寄せるような雰囲気を持った作品だ。ストーリーよりも、些細な描写の積み重ねによるものだろう。空気を描く作家なんだな、というのが著者に対する最初の感想となった。(☆☆☆☆☆☆)


感想:『秘密』

2009年11月06日 18時14分27秒 | 本と雑誌
秘密 (文春文庫)秘密 (文春文庫)
価格:¥ 700(税込)
発売日:2001-05


東野圭吾のこれまで読んだ中で、最も苦労して読んだ作品かもしれない。

スキーツアーバスの転落事故に妻と娘が遭遇した。妻は死に、娘はほぼ無傷だった。だが、娘には妻の意識が宿っていた。
この設定に気後れした。

SFであればどんな奇抜な設定でも問題ない。『半落ち』で書いたように、小説にリアリティを求めはしない。しかし、作品世界へ入っていけるかどうかはまた別の問題だ。
幽霊も霊魂も微塵も信じていない人間なので、この小説を無理矢理SFとして読むしか読みようがない。SFとして書かれたものではないので、SFとして読むのも難しい。
この事態を何故という観点から描くのがSFの常道だが、それは描かれない。ミステリとして書かれているから、事故の背景を解いていくがそれがまどろっこしく感じる。それが設定の原因ではないからだ。

本書のタイトルとなっている「秘密」も、SF的視点から見ていくと驚くような内容ではない。以下、反転表示。
娘・藻奈美の肉体に妻・直子の精神が宿るという構図。本書では肉体の影響で精神に変化が起きているように描かれている。そう書かれた時点でもはや直子は直子でなくなっている。SF風に書くならナオコ=モナミといった存在だ。時間と共に変容は大きくなる。その時点で結末は見えている。主人公にとって彼女は妻ではなくなってしまうし、それを自覚するための物語となる。ナオコ=モナミという存在が確立した時、「秘密」もまた必然となるだろう。

繰り返しになるが、この設定で物語がスタートした時点で共感しづらい作品となった。『半落ち』を批判した林真理子のような感じだ。作品の前提条件を受け入れられないのだから、楽しめるわけがない。
この設定が本当かどうかを追うような展開・描写であったなら面白いと思えたかもしれないが。非現実が問題なのではなく、非現実を自明のものとして放置していることに耐えられないのだろう。私にとってはある種踏み絵のような作品である。(☆☆)




これまでに読んだ東野圭吾の本の感想。(☆は評価/最大☆10個)

放課後』(☆☆)
探偵ガリレオ』(☆☆☆☆☆)
予知夢』(☆☆☆☆)
容疑者Xの献身』(☆☆☆☆☆☆)
卒業 雪月花殺人ゲーム』(☆☆☆)
眠りの森』(☆☆)
どちらかが彼女を殺した』(☆☆☆☆☆☆)
悪意』(☆☆☆)
私が彼を殺した』(☆☆)
嘘をもうひとつだけ』(☆☆)
赤い指』(☆☆☆☆)


感想:『とらドラ!』

2009年11月06日 18時11分35秒 | とらドラ!
とらドラ!1とらドラ!1
価格:¥ 536(税込)
発売日:2006-03-25


TVアニメを見て読みたいと思っていたライトノベル。

キャラクター小説たるライトノベルと青春小説のハイブリッド。それがTVアニメを見たときの感想。そして、第1巻にあたる本書の感想でもある。
本書ではこの両者のバランスが上手く取れている。ただアニメで観た範囲では、常にバランスが取れているとは言えない。

青春小説として、若い世代特有のイライラ、苦悩、怒りといったもやもやした感情がリアルに伝わってくる。だが、これが強くなりすぎるとキャラクターの魅力は弱まる。それでは本書の魅力の半分が消失する。
キャラクター小説として、個性的な登場人物に惹きつけられる。特に、ヒロイン大河の造型は小説の枠を壊しかねないほどの強烈さを持っている。しかし、それは青春小説としてのリアリティを奪い、登場人物たちの想いを薄っぺらなものにしかねない。

TVアニメで強く印象に残ったシーンが本書にある。大河と竜児が夜電信柱に怒りをぶつけるシーンだ。
自分たちを誰も理解してくれないこと、それは今だけの問題ではなく将来に渡る不安でもある。周囲の無理解は目に見えない敵であり、足掻いても足掻いても解決してくれないと分かっている。自分が何者であるのか。
これらは決して若い世代だけの悩みではない。だが、それらにどうにか折り合いを付けていくのが大人だと言えるのかもしれない。
ライトノベルでこんな生の感情が描かれるのは珍しい。クールに気取るか、上辺の感情表現がされることはあっても、思いの丈を言葉で飾らずに描くことはめったにない。それが印象的だった。

TVアニメ以上に、大河と竜児の結び付きが強く描かれているように感じた。この1巻を読めば、二人がくっつくのが自明のように感じられる。TVアニメを観ていて、その展開が面白くなかった。終盤、残り数話を見なかった理由がそれだ。この感情を未だにうまく表現できない。二人がお似合いのカップルであることは間違いない。それでも。それは、『翔んだカップル』の呪縛なのかもしれない。
かなりスローペースになると思うが、ゆっくりとこのシリーズを読み進めていきたいと思う。原作を通して二人の結末をしっかりと見守りたい。そう感じた1巻だった。(☆☆☆☆☆☆)


感想:『半落ち』

2009年11月06日 18時10分44秒 | 本と雑誌
半落ち半落ち
価格:¥ 1,785(税込)
発売日:2002-09


初、横山秀夫。映画化やTVドラマ化された作品。それらは未見だが、話題となった作品だけにある程度落ちは知っていた。いつの間にか耳に入っていた。

アルツハイマーに罹患した妻を殺害した嘱託殺人の罪に問われた実直な警察官。彼は妻殺しの後に自首するまでの二日間の行動を語らない。この事件を周囲に配する6人の視点で描いている。

構成は見事。周囲の視線からこの物語の主人公・梶の人物像を浮き彫りにしている。謎の引っ張り方もうまく読者を惹きつけている。
明かされる梶の意志も私にとっては腑に落ちるものだった。それだけで優れた小説、優れたミステリと評価できる。

この落ちについては直木賞の選考の場でリアリティについての疑義がなされ、特に林真理子による峻烈な批判がなされた。この一件に関しては、林真理子の批判に説得力を微塵も感じない。
そもそもフィクションである小説に厳密なリアリティを求めすぎても意味がない。大切なことは他にあり、それが満たされた上でのリアリティ、否、大切なことを表現するためのリアリティが必要なのであってそれ以上ではない。リアリティにこだわって作品の価値や意図を貶めてしまっては本末転倒と言わねばならない。
小説の本質を理解していない批判に感じる。そんな人物が直木賞の選考委員なのだから失笑ものだ。まあ文学賞に意味があるとは思っていないが。自分が理解できない作品をありがたがる読者に反発を覚える気持ちは痛いほど理解できるが、まして表現者であるならばそれをどう表現するのが適切かは分かるだろうにそれを逸脱した発言が見られたことは残念だ。(☆☆☆☆☆☆)