月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

朝の散歩日記

2021-06-12 08:43:00 | コロナ禍日記 2021

 

4月25日(日曜日)晴れ 早朝のこと

 

 



 

 今朝は5時に目が覚めた。朝の散歩をするために勢いをつけて飛び起きる。鉄瓶からお湯を1杯だけ飲んで、玄関を出た。

 

1日が生まれたばかり、だと思える!

 

 いつもの道を歩いていたら、家のそばで、花に水をやりながら、ふわーっとのびをしているおじさんがいた。おじさんと目がバッチリ合う。またすぐ歩き出す。と、目の前、宙にうかび、くるくるまわっているものがある。そういえば、昨日もおなじように宙ずりになってくるくる回る葉っぱをみた。なんだろう。透明な蜘蛛の糸のようなものがあるんだろう、じっとみる。小指の先ほどの緑の葉っぱ、小さい円で美しくまわっていた。踊るように、かわいらしく。そういえば、この間、回っていたのは、桜の木からすーっと真っ直下に落ちてきた毛虫の赤ん坊だった。

 わたしが散歩の途中にたちどまって花や葉っぱをみているものだから、さっきのおじさんが、裏庭から表玄関のほうにまわって「なに?」という感じで首をかしげてこちらをみているのと眼があってしまう。不審者におもわれてはいけない、と思い、やや早足で歩く。

おはようございます!

 しばらく行くと、むこうからウォーキング中のおじさんが歩いてきた。両手に黄色と赤のテニスボールを握りしめて、ぶんぶん振り回して歩いている。なぜ、ボールを持っているのだろと、振り返ったらおじさんも振り返った。

 また眼があってしまった!

 

 

 少しいく。3日前の桜の実がどうだっただろうと思い、間近に行くと、3日前とあまり変わらない。

 

 赤黒い桜の実が落ちそうになりながら枝にしがみついていた。八重桜の花が、道にぺちゃんこに潰れて。染井吉野とは違い、八重桜は花びらでなく、一枝の花が椿のようにぽとりと落ちるのか、と思う。真向かいには梅の実がたわわに。

 

 



 

 

 そう。花! 作家吉田修一氏は、「パークサイド」という小説の中に、もう一編「フラワーズ」という小説を書いているが、花はエロいと定義していた。男と女の性そのものである、と花をのぞき、生け花をみて興奮するシーンがあるのだけれど。 

 それからわたしはしばらく散歩のたびに、一度立ち止まっては花の中をのぞき見する。エロいのか。ふむ。そういう風にはわたしにはみえてこない。ただ、わからなくはないけれど。おしべとめしべ。メスとオス。同類である。

 風景とか視覚の対象物って、同じものをみていたとしても、唯一無二というか、固有のものをみているのだな、と思いながら、またてくてく歩く。

 

 

 きょうの散歩はちょっと長い。もう40分は歩いた。

 散歩の途中はいろいろなことを思い出している。とても、とても古い記憶が多い。この日は3歳の頃の自分が浮かんできていて、もっと思い出してみようと頭をひねったら、部屋の中の様子まで脳裏に浮かんできたのだ。灰色のブラウン管、こたつの脚のような4本の茶色の脚が、外側にばっと開いて、立っていた。流れていたのは「ひょっこりひょうたん島」だっただろう。母の声が聞こえる。

「ああ、この子、本当にいつまで寝ているんだろうか。まさか死んではないわよね。本当にねているか、つねってみようかね」

私は、寝たふりをしていながら、びく!としたと思う。

最初、母は、父に話しをしているのかと思ったけれど、よくよく考えると、父は仕事へ行っている時間だから、ひとりごと、だろう、と私はうつらうつらしながら、目をとじていたような気がする。

 

 いま目を覚ましたら、ごはんを無理矢理、口の中にいれられる。いつもごはん!ごはん!それがいやで、寝たふりを決めこんでいたのだった。すると、母が「この子は、4時間も寝て頭がへんになつてしまわないだろうか」とまた、ひとりごとを言った。あれは、何歳だっただろう。記憶って、面白いなと思う。

 時々、黒い海のむこうから、波にゆらり揺られて、いまの時空によみがえってくることがあるのだ。

 

 そんなことやら、あんなこと、ともかくいろいろ思い出しながら、おもしろいものを探して朝の散歩をたのしんでいるのだった。

 

 毎朝家の前の近くの草っ原で、男の子が太極拳をしている。髪の短い、肌のきれいな、イケメン風の6歳児くらいだ。きょうも、いつもの太極拳のポーズ。脚がよく上がるなあ。なんて涼しげな瞳。知的そうな眉毛だな、と思いながら。

 バッドを自分の脇において、サッカーボールを踏んだり、蹴とばしたりしていた。あの子のご両親はどの人だろう。みたことがない。将来はどんな子になるのかしら。男の子を産んだことはないけれど、女の子以上に楽しいだろうな、だって可能性がきらきら耀いているもの。と思いながら、部屋に入る。

 

 誰もいない。ひっそりとした部屋で、仕事の原稿をほっぽり出して、つらつらとこんな朝のひとときを、日記に書いている。

 紅茶1杯ではここまで、で終了。この日は1日中テープおこしと原稿を進めた。