月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

 きょうも修繕工事は続いています

2021-06-02 00:19:00 | コロナ禍日記 2021








 

  

2021年4月16日(金曜日)

 

 目が覚めても、暗い。明け方というわけではなく、家自体が黒い蚊帳の中にすっぽり収まっている。動物園の野鳥園を思い出す。

 マグナムコーヒーのコーヒー豆を手動で摺り終わり、カップにお湯を通して、マグカップに移して、唇のふちにつけてすーっと吸う。瞬間に。ど、ど、どーー、どーんと外壁の面に穴をあける騒音。わたしは、口をあけて歯を掘り進む時の音を思い出す。今度は、コンコンと金槌のようなもので叩く音。







 テラスヴィラの建物修繕工事を行っているだけにしては、乱暴だなと。ため息をつきながら、まだコーヒーカップを手離さなかった。

 

 家が仕事場だし、カフェや街に出ようとしてもコロナ渦なので、仕方なくここで息を潜めて暮らしている。サッシのむこうは、足場の棒ばかりが、ジャングルジムのようにめぐらされていて、その隙間から空と山がぼんやりと透けてみえている。

 

 昨日は確定申告の書類を提出したので、きょうは神奈川の友達に手紙を書いた。これが精一杯だ。薄暗いし、人の膝の位置が自分の目線のところを忙しく動き回るのだし、ドリルの音や外壁を叩く音がするのだし、どうも落ち着かない。ブックライティングのテープ興しはずっと溜まったまま、はやく進めないといけないのに、わたしは机の前には座らない。

 

 お昼は、卵とほうれん草のチャーハンにした。

5時半になって工事人がいなくなってから、やっと風呂に入って本を読んだ。すごく面白かった。本の世界と同じように、わたしの中にも本と同じ、静謐で美しい時間が流れて、幸福だった。あがって、またコーヒー豆を摺って、一杯のコーヒーを味わって飲む。そのまま、夜の10時45分まで原稿を書いた。

 

 30分前に家人からの「電車マーク」のスタンプが、送られていた。慌てて仕事を切り上げ、いかにもキチンと生活をしていた人であるように、台所を整え、本だらけのテーブルを整えて、キャベツをあられに刻んで、ネギをいれ、粉をおだし、で溶いて、イカにあみえびや天かすをまぜて、お好み焼きの準備をすませて。おしゃもじ一杯分だけ、お好み焼きをじゅーっと焼き始めた。途中、薄切りの豚肉を5枚のせた。

 

 11時半。家人が鍵を自分であけて、ぬっと台所に顔を出す。わたしは、もうとうの昔にいただきましたよ、という涼しい顔をして、「食べる?お好みよ」と聞く。「おいしそうな匂いがしていたから」と家人。

 キッチンのガスコンロでお好み焼きを焼きながら(普段はホットプレートです)、いま、ぺろっと自分のお好み焼きは食べてしまう。あまりにおいしいので、120CCのミニ缶ビールを飲む。お好み焼きはビールといっしょに味わうもの、と教えたのは、大正生まれの叔母である。自分の体の中にするするすると、きれいに消えたイカ豚のお好み焼き。

 まだ欲しい!と体からたまらなく欲するため、家人のを特大サイズに焼いて、お皿をテーブルまで持っていき、ほんの二口分だけ分けてもらった。

 

 それから、ちっとも面白くもないテレビみて、家人と談笑していたが、寝る前に風呂をわかして読書。今度は「完璧な病室」。おしまいまで読んでしまった。この人(小川洋子さん)の書く初期の頃の作品、箱庭のような小さな場所と時間の流れ方がとても好ましい。ラストのおわり方に安心し、深夜3時前、ベッドの中へ、そーっと抜き足で滑り込む。